社員を信用することと、仕事をチェックすることは矛盾するのでしょうか。
長年働いている社員だから任せておけば大丈夫。
経験豊富な管理職だから細かな確認は必要ない。
悪いことをするような人ではないから承認手続きはいらない。
こう考えたくなることがあります。
しかし、企業の管理は社員個人の善意だけに依存することはできません。
人は間違えることがあります。
忙しければ確認を忘れることがあります。
業績目標や納期に追われれば、普段ならしない判断をする可能性もあります。
そして一人の社員に権限が集中すれば、不正をしようと思った場合に誰にも発見されないことがあります。
そこで必要になるのが内部統制です。
内部統制とは、社員を疑うための仕組みではありません。
誰かが間違えたり、不適切な判断をしたりしても、会社全体として重大な問題へ発展する前に発見し、修正できるようにする仕組みなのです。
内部統制とは何か
内部統制とは、企業が業務を適切に行うために社内へ組み込むさまざまな仕組みをいいます。
例えば、
担当者が作成した書類を上司が確認する。
一定額以上の支払いには複数の承認を必要とする。
製品の設計変更には品質保証部門の確認を求める。
重要なシステムへのアクセス権限を限定する。
定期的に内部監査を行う。
こうした仕組みはすべて内部統制を構成する要素になります。
重要なのは、問題が起きた後に誰かを処分することではありません。
問題が起きにくくし、起きても早く発見できる仕組みを普段の仕事の中へ組み込むことです。
社員を信用していても内部統制は必要になる
例えば、会社の支払い業務を考えてみます。
一人の社員が、
請求書を受け取る。
支払金額を入力する。
振込先を登録する。
銀行へ振込を依頼する。
会計帳簿へ記録する。
というすべての仕事を担当していたとします。
非常に信頼できる社員であっても、この状態にはリスクがあります。
単純な入力ミスがあっても誰も気づかないかもしれません。
さらに本人が不正をしようと思えば、架空の振込先へ送金し、それを会計帳簿上で隠すことも可能になります。
そこで仕事を分けます。
入力する人と承認する人を分ける。
振込を実行する人と会計記録を確認する人を分ける。
こうすれば、一人の判断だけで会社のお金を動かすことが難しくなります。
これは担当者を信用していないからではありません。
会社の重要な業務を一人の善意だけに依存させないためです。
職務分掌とは何か
内部統制で重要な考え方の一つが職務分掌です。
一連の業務を複数の人や部署へ分け、一人に権限が集中しないようにします。
製造業であれば、
製品を設計する人。
製品を作る人。
品質を確認する人。
出荷を承認する人。
を適切に分けることが考えられます。
製造部門が製品を作り、自分で品質を判定し、自分で出荷まで決められる状態では、納期や業績を優先した判断が入り込む可能性があります。
品質保証部門を独立させることも、職務分掌の考え方につながります。
異なる立場の人が確認することで、一人や一部門の判断がそのまま会社全体の判断になることを防ぎます。
承認は何のためにあるのか
会社ではさまざまな場面で上司の承認を求められます。
承認が多すぎると、面倒な手続きに感じることもあります。
しかし、本来の承認には意味があります。
例えば、材料を変更するとします。
担当者は価格や性能を確認しました。
しかし、別の立場から見ると問題があるかもしれません。
顧客との契約上、事前承認が必要ではないか。
製造設備との相性に問題はないか。
安全性への影響はないか。
他の製品でも同じ材料を使っていないか。
複数の視点から確認することで、担当者一人では気づけなかったリスクを発見できる可能性があります。
承認とは単に上司の印鑑をもらう作業ではありません。
別の人が判断内容を確認するための内部統制なのです。
業務の有効性と効率性
内部統制というと、不正防止だけを想像しがちです。
しかし、それだけではありません。
企業の業務を有効かつ効率的に行うことも重要な目的です。
例えば、同じデータを複数の部署が別々に入力していれば、時間がかかるだけでなく入力ミスも増えます。
担当者によって作業方法がまったく違えば、品質にばらつきが生じる可能性があります。
そこで業務手順を標準化します。
誰が担当しても一定の手順で仕事を進められるようにする。
必要な情報が適切な人へ届くようにする。
不要な作業を減らす。
これらも内部統制の一部です。
内部統制は仕事を増やすための仕組みではなく、本来は会社の仕事を安定して効率的に進めるための仕組みでもあります。
財務報告の信頼性を守る
内部統制では、企業が公表する財務情報の信頼性も重要になります。
売上高はいくらなのか。
利益はいくらなのか。
会社にはどれだけ資産や負債があるのか。
投資家や金融機関などは、企業が公表する財務情報を基に判断します。
もし売上高を過大に計上したり、損失を隠したりすれば、会社の実態を正しく判断できません。
そこで、
売上高を計上する条件を決める。
会計処理を上司が確認する。
決算時に残高を照合する。
重要な会計処理を専門部署が確認する。
といった統制を設けます。
品質問題と会計問題は別の問題に見えますが、どちらも適切なチェックが機能しているかという内部統制の観点から考えることができます。
法令や契約を守る仕組みも必要になる
前回取り上げたコンプライアンスも内部統制と深く関係しています。
社員へ法律や契約を守ってくださいと言うだけでは十分ではありません。
実際の仕事の中で守れる仕組みにする必要があります。
例えば、顧客の承認が必要な設計変更について、担当者が自由に変更できないシステムにする方法があります。
必要な承認が登録されなければ次の工程へ進めない。
変更履歴が自動的に保存される。
誰がいつ承認したか記録される。
こうした仕組みを作れば、社員の記憶や注意力だけに依存する必要がなくなります。
ルールを守ることを個人の努力から組織の仕組みへ変えることが内部統制の重要な役割です。
予防する統制と発見する統制
内部統制には、大きく考えると問題を起こりにくくする仕組みと、起きた問題を発見する仕組みがあります。
例えば、担当者だけでは重要な設計変更を実行できず、品質保証部門の承認が必要な仕組みは、問題を予防する役割を持ちます。
一方、定期的に変更履歴を確認し、無断変更がないか調べる監査は、問題を発見する役割を持ちます。
どれだけ予防策を整えても、すべての問題を防ぐことはできません。
反対に、発見する仕組みだけでは問題が起きるたびに事後対応になってしまいます。
予防と発見の両方を組み合わせることが重要です。
内部統制にも限界がある
内部統制を整備すれば、不正を完全になくせるわけではありません。
例えば、担当者と承認者が共謀すれば、二重チェックをすり抜ける可能性があります。
上司自身がルール違反を指示すれば、通常の承認制度では防げない場合があります。
経営トップが内部統制を無視することも考えられます。
また、制度があっても確認する人が形式的に承認しているだけなら機能しません。
書類を読まずに承認ボタンを押す。
前任者が承認していたから今回も承認する。
忙しいので細かな確認をしない。
これでは承認手続きが存在していても実質的なチェックにはなりません。
形だけの内部統制が生まれる理由
企業が大きくなると、ルールや承認手続きが増える傾向があります。
すると現場から、
手続きが多すぎる。
誰も内容を見ていない。
承認に時間がかかる。
という不満が出ることがあります。
必要性の低い承認まで大量に設けると、本当に重要な確認まで形式化する危険があります。
100件の書類すべてに同じように承認を求めれば、承認者は一件一件を詳しく見ることが難しくなります。
内部統制では、チェックを増やせば増やすほど良いわけではありません。
重要なリスクに重点を置き、必要なところを確実に確認することが大切です。
会社が成長すると内部統制も変える必要がある
社員100人の会社と、社員数万人のグループ企業では必要な内部統制が違います。
国内に一つの工場しかない会社なら、経営者自身が現場の状況を把握できるかもしれません。
しかし、M&Aによって海外を含む多数の子会社を抱えるようになれば、同じ管理方法では対応できなくなります。
誰が子会社を管理するのか。
重大な品質問題を本社へどう報告するのか。
グループ共通の品質基準をどう適用するのか。
各拠点を誰が監査するのか。
会社の規模や事業の複雑さに合わせて内部統制も成長させる必要があります。
事業だけが急速に拡大し、管理部門や情報システムが以前のままであれば、経営陣から見えない領域が増えていく可能性があります。
内部統制は経営者のための仕組みでもある
内部統制は、現場の社員を管理するためだけのものではありません。
むしろ経営者が会社の実態を知るために重要な仕組みです。
経営者はすべての工場や子会社を毎日確認することはできません。
その代わり、
重大な問題は必ず報告される。
重要な変更には適切な承認がある。
定期的に内部監査が行われる。
問題があれば別ルートからも情報が届く。
という仕組みを作ります。
これによって経営者は、自分が直接見ていない現場についても一定の信頼を持って経営判断ができるようになります。
結論
内部統制とは、企業が業務を適切に行い、不正やミスを防ぎ、問題が起きた場合には早く発見するために社内へ組み込む仕組みです。
社員を信用しているからチェックは必要ないという考え方では、企業の重要な業務を個人の善意や注意力だけに依存することになります。
人は間違えます。
業績や納期のプレッシャーによって判断が変わることもあります。
だからこそ、職務を分ける。
別の人が承認する。
記録を残す。
独立した部署が確認する。
定期的に監査する。
という仕組みが必要になります。
ただし、承認や規則を増やせば内部統制が強くなるわけではありません。
形だけのチェックが増えれば、本当に重要な問題を見落とす可能性もあります。
重要なのは、会社が抱えるリスクに応じて必要なチェックを設計し、それを実際に機能させることです。
内部統制とは社員を信用しないための制度ではありません。
一人の社員が間違えても、一人の管理職が誤った判断をしても、それだけで会社全体が重大な問題へ進まないようにするための組織の安全装置なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 ニデック、品質不正850件
日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 ニデックの品質不正「業績圧力が原因」 コスト低減、強く要求
日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 ニデック社長「顧客の信頼失った」 一問一答
日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 調査報告書要旨