会社員などが毎年負担している税金には、大きく分けて国に納める所得税と、都道府県や市区町村に納める個人住民税があります。
どちらも所得を基礎として計算される税金であり、所得から一定額を差し引く基礎控除があります。
そのため、所得税の基礎控除が変われば個人住民税の基礎控除も同じように変わると思われがちです。
しかし、両者は別々の法律に基づく税金です。
所得税の基礎控除を引き上げても、個人住民税の基礎控除が自動的に同じように引き上げられるわけではありません。
令和8年度税制改正によって所得税では物価上昇に応じて基礎控除などを見直す仕組みが導入されたことで、今後は個人住民税をどうするのかが重要な問題になっています。
所得税と住民税にはそれぞれ基礎控除がある
基礎控除とは、所得税や個人住民税を計算するときに所得から一定額を差し引く所得控除です。
基本的な考え方は、所得のすべてを課税対象とするのではなく、一定額について課税対象から除外するというものです。
たとえば、所得が同じ500万円の人でも、基礎控除が大きくなれば課税対象となる所得は小さくなります。
課税所得が小さくなれば、原則として税負担も軽くなります。
ただし、所得税と個人住民税では基礎控除の制度が完全に同じではありません。
所得税は国税です。
これに対して個人住民税は地方税です。
同じ基礎控除という名称を使っていても、それぞれ別の税制として設計されています。
所得税と個人住民税では控除額が同じとは限らない
所得税と個人住民税には、基礎控除以外にも生命保険料控除や扶養控除などさまざまな所得控除があります。
しかし、控除額は必ずしも同額ではありません。
これは所得税と個人住民税の役割が異なるためです。
所得税では、所得が増えるほど税率が高くなる超過累進税率が採用されています。
所得の多い人により大きな負担を求めることで、所得再分配の役割を担っています。
一方、個人住民税には地域社会を構成する住民が行政サービスの費用を広く分担するという考え方があります。
個人住民税が地域社会の会費的な税と説明されることがあるのはこのためです。
所得税と個人住民税では、税の目的や性格が完全には一致していません。
したがって、所得控除についても必ず同じ金額にする必要があるとは考えられていないのです。
基礎控除は税額から直接差し引く制度ではない
基礎控除について理解するときに注意したいのは、控除額そのものだけ税金が安くなるわけではないという点です。
基礎控除は税額控除ではなく所得控除です。
所得から基礎控除などを差し引き、その残額である課税所得に税率を掛けて税額を計算します。
したがって、基礎控除が4万円増えたからといって税金が4万円減るわけではありません。
たとえば個人住民税の所得割について単純化して考えれば、課税所得が4万円減少した場合、その4万円に対応する税負担が減少することになります。
この違いは、基礎控除の引上げによる減税効果を考えるうえで重要です。
所得税の改正だけでは住民税の基礎控除は変わらない
所得税と個人住民税の違いが特に表れるのが法律です。
所得税は所得税法を中心として制度が定められています。
これに対して個人住民税は地方税法を中心として制度が定められています。
したがって、所得税法上の基礎控除が改正されたとしても、それだけで地方税法上の基礎控除まで変更されるわけではありません。
個人住民税の基礎控除を変更するためには、原則として地方税法についても必要な改正を行うことになります。
ここが給与所得控除との大きな違いです。
給与所得控除は所得税の改正が住民税にも反映される
給与所得控除については事情が異なります。
個人住民税の所得割における所得金額の計算は、基本的に所得税の計算の例による仕組みとなっています。
そのため、所得税で給与所得控除が変更されれば、その変更は個人住民税の所得計算にも反映されます。
令和8年度税制改正では、給与所得控除の最低保障額について物価上昇を踏まえた引上げが行われています。
この部分については個人住民税にも反映されます。
ところが基礎控除はそうではありません。
所得税の基礎控除が引き上げられても、個人住民税の基礎控除については別途判断しなければならないのです。
物価上昇が基礎控除の問題を大きくした
なぜ今、基礎控除がこれほど注目されているのでしょうか。
背景にあるのが物価上昇です。
物価と賃金が上昇すると、家計の実質的な生活水準がほとんど変わっていなくても、名目上の所得は増えることがあります。
たとえば物価が上昇して給与もそれに合わせて増えた場合、給与の数字だけを見れば所得が増えています。
しかし、同じ割合で生活費も増えていれば、実質的な購買力が増えているとは限りません。
それにもかかわらず基礎控除が固定されていれば、名目所得の増加によって課税対象となる所得が増えます。
結果として、実質的な生活水準が変わっていないのに税負担率が高くなる可能性があります。
こうした問題に対応するため、所得税では物価の動きを基礎控除などに反映させる考え方が導入されました。
住民税にも物価連動を導入すべきなのか
そこで問題になるのが個人住民税です。
所得税について物価上昇に応じて基礎控除を調整するのであれば、個人住民税でも同じように調整すべきだという考え方があります。
納税者から見れば、所得税と住民税の両方で物価上昇による負担増が発生する可能性があるからです。
一方で、個人住民税は地方自治体にとって重要な財源です。
基礎控除を引き上げれば課税所得が減少し、地方税収にも影響します。
さらに個人住民税には所得割だけではなく均等割があり、一定の所得以下の人を対象とする非課税制度もあります。
単純に基礎控除だけを所得税と同じように動かせばよいとは限りません。
住民税非課税の判定にも注意が必要になる
個人住民税を考えるうえでもう一つ重要なのが、住民税非課税という仕組みです。
住民税が非課税になるかどうかは、さまざまな社会保障制度や給付制度にも関係しています。
そのため、個人住民税の制度変更によって非課税となる人の範囲が変われば、影響は税収だけにとどまりません。
給付金、保険料負担、医療や福祉に関する負担軽減など、住民税の課税状況を基準としている制度にも影響する可能性があります。
ここで重要なのは、基礎控除を引き上げることと非課税限度額を引き上げることは同じではないという点です。
基礎控除は課税所得を計算するための所得控除です。
一方、非課税限度額は、一定以下の所得の人について個人住民税を課税しないための基準です。
両者を混同すると、制度変更の影響を正しく理解できません。
2年ごとの見直しには実務上の問題もある
所得税では原則として2年ごとに物価上昇を踏まえて基礎控除などを見直す仕組みが導入されました。
個人住民税でも同じ周期を採用すれば、所得税との整合性は取りやすくなります。
しかし、地方税には独自の実務があります。
全国の自治体が住民税を計算し、課税通知を行わなければなりません。
会社員については企業が特別徴収によって給与から住民税を差し引きます。
制度変更が頻繁になれば、自治体のシステム改修だけでなく、企業の給与計算や事務処理にも影響します。
そのため、物価連動を導入する場合でも、所得税とまったく同じ2年周期にするのが適切なのかは検討が必要になります。
物価が下がった場合をどうするのか
物価連動にはさらに難しい問題があります。
物価が上昇したときに基礎控除を引き上げるのであれば、物価が下落したときには基礎控除を引き下げるのでしょうか。
純粋な物価連動であれば、そのような仕組みも考えられます。
しかし、基礎控除の引下げは納税者から見れば実質的な増税につながります。
一度引き上げた控除を物価下落を理由として引き下げることが政治的、社会的に可能なのかという問題があります。
物価連動制度を設計するのであれば、インフレのときだけではなくデフレになった場合まで考えておく必要があります。
結論
個人住民税にも所得税と同じように基礎控除がありますが、両者は同じ制度ではありません。
所得税は国税、個人住民税は地方税であり、それぞれ異なる法律と目的に基づいて設計されています。
そのため、所得税の基礎控除が引き上げられても、個人住民税の基礎控除が自動的に引き上げられるわけではありません。
個人住民税の基礎控除を変更するには、地方税法上の対応が必要になります。
さらに物価連動を導入する場合には、地方税収への影響、自治体や企業の事務負担、住民税非課税制度や社会保障との関係、物価下落時の取扱いまで考えなければなりません。
これからの基礎控除は、単にいくら控除するのかという問題ではなくなっています。
物価上昇の時代に、国税と地方税の負担をどのように調整していくのか。
個人住民税の基礎控除は、その制度設計を考える重要な論点になっています。
参考
税のしるべ 2026年8月10日 物価に連動した基礎控除等の引上げに関連して総務省の検討会が今後の個人住民税での対応を検討