企業が巨額損失を計上して財務体質が悪化すると、資産や事業の売却が検討されることがあります。
特に高い価格で売却できるのは、競争力があり利益を生み出している優良事業です。
しかし、ここには大きな矛盾があります。
財務を立て直すためには優良事業を売ったほうがよい。
一方で、将来の利益を考えれば優良事業は残したほうがよい。
企業再建では、この難しい判断を迫られることがあります。
東芝は経営危機の中で半導体メモリー事業を売却しました。
ニデックも2026年3月期に6,321億円の減損損失を計上し、最終損益は5,646億円の赤字となりました。
今後の企業再建を考えるうえで、優良事業を守りながら財務体質を回復できるかは重要な論点です。
赤字企業でも売れる事業はある
会社全体が巨額赤字でも、すべての事業が赤字とは限りません。
競争力の高い事業。
安定してキャッシュを生み出す事業。
高い市場シェアを持つ事業。
成長が期待できる事業。
こうした事業には買い手が現れる可能性があります。
企業が資金を必要としているとき、優良事業を売却すれば短期間で大きな資金を確保できることがあります。
その資金を借入金の返済や財務基盤の強化に使うことができます。
本当に売りたい事業ほど売りにくい
企業再建では、本来なら不採算事業を売却したいところです。
しかし、不採算事業には買い手が見つかりにくいという問題があります。
設備が古い。
市場が縮小している。
赤字が続いている。
将来の成長が期待できない。
こうした事業を高い価格で買いたい企業は多くありません。
逆に、会社が本当は残したい優良事業ほど買い手から見れば魅力的です。
企業再建では「売りたいものは売れず、残したいものほど売れる」という状況が起こることがあります。
東芝は半導体メモリー事業を売却した
東芝は米国の原子力事業で巨額損失を抱え、2017年3月期には1兆円近い最終赤字を計上しました。
債務超過に陥り、財務基盤の立て直しが急務となりました。
その過程で大きな焦点となったのが半導体メモリー事業です。
競争力があり、大きな企業価値を持つ事業でした。
本来であれば将来の成長を支える重要な事業です。
しかし、財務危機を乗り切るために売却することになりました。
短期的な財務再建のために、将来の収益源を手放すという判断です。
優良事業を売れば財務は改善する
優良事業を売却する最大のメリットは、まとまった資金を確保できることです。
例えば1兆円で事業を売却できれば、その資金をさまざまな用途に使えます。
借入金を返済する。
手元資金を増やす。
債務超過を解消する。
再建事業へ投資する。
資本構成を改善する。
危機的な財務状況では、将来の利益よりも現在の会社存続を優先せざるを得ない場合があります。
会社そのものが存続できなければ、将来の成長もないからです。
しかし将来の利益も一緒に売っている
事業売却では、資産だけを売っているわけではありません。
その事業が将来生み出す利益やキャッシュフローも買い手へ移ります。
年間500億円のキャッシュを生み出す事業を売却したとします。
売却時には大きな資金が入ります。
しかし翌年から、その500億円は会社に入ってきません。
売却によって財務諸表は一時的に改善しても、将来の収益力が低下する可能性があります。
優良事業の売却は、将来利益の前倒しとも考えることができます。
売却価格だけでは判断できない
事業売却では「いくらで売れるか」に注目が集まります。
しかし、それだけでは十分ではありません。
今後10年間保有した場合、どれだけのキャッシュを生み出すのか。
追加投資はいくら必要なのか。
市場は成長するのか。
競争力を維持できるのか。
他の事業との相乗効果はあるのか。
売却資金を何に使うのか。
こうした点まで考える必要があります。
高値で売却できても、その事業が将来さらに大きな価値を生み出すのであれば、会社にとって得とは限りません。
ニデックにも競争力の高い事業がある
ニデックには世界的に競争力のある事業があります。
代表例がハードディスク駆動装置向けモーターです。
世界市場で高いシェアを持つ事業であり、ニデックの技術力を象徴する事業の1つです。
巨額減損を計上したからといって、こうした事業の競争力まで一瞬で失われるわけではありません。
企業再建では、優良事業が生み出すキャッシュを活用して会社全体を立て直せるかが重要になります。
ニデックにはまだ自己資本が残っている
2026年3月期末のニデックの自己資本は7,647億円です。
自己資本比率は前年の42%から25%へ低下しました。
財務体質が大きく悪化したことは間違いありません。
しかし、当時の東芝のような債務超過とは状況が異なります。
さらに戒田理夫社長は2027年3月期について980億円のフリーキャッシュフローを見込むと説明しています。
本業からキャッシュを生み出し続けることができれば、優良事業を急いで売却せずに財務体質を改善できる可能性もあります。
キャッシュフローが事業売却を左右する
企業再建で最も重要なものの1つがキャッシュです。
会計上赤字でも、十分なキャッシュがあれば時間を確保できます。
逆に利益が出ていても、資金が流出し続ければ経営は苦しくなります。
そのためニデックを見る場合にも、今後のフリーキャッシュフローが重要です。
営業活動からどれだけ資金を生み出せるか。
設備投資をどこまで抑えられるか。
運転資金を改善できるか。
不採算事業からの資金流出を止められるか。
これらによって、事業売却を迫られる可能性は変わってきます。
過剰投資を止めることが先になる
戒田社長は巨額減損について、過剰な設備投資の蓄積が原因との認識を示しています。
企業再建で重要なのは、資産を売って資金を作ることだけではありません。
資金が流出する原因を止めることです。
優良事業を1,000億円で売却しても、その後に新たな過剰投資で1,000億円を失えば意味がありません。
投資基準を厳格化する。
需要予測を現実的にする。
投資後の検証を行う。
不採算投資から早く撤退する。
こうした仕組みを作ることが先になります。
売却するなら事業の選別が重要になる
企業再建で事業売却が必要になった場合、何を残し、何を売るかが経営戦略そのものになります。
利益が出ているかだけでは判断できません。
自社が競争優位を持っているか。
将来市場が成長するか。
他の事業との相乗効果があるか。
多額の追加投資が必要か。
売却した場合に高い価格が付くか。
会社の将来像に必要な事業か。
こうした基準で事業ポートフォリオを見直す必要があります。
非中核事業から整理する考え方
一般的には、企業再建でまず検討しやすいのが非中核事業です。
本業との関連性が低い。
競争優位が弱い。
将来成長が期待しにくい。
他社が保有したほうが価値を高められる。
こうした事業を売却できれば、企業価値への影響を抑えながら資金を確保できます。
一方、会社の技術力や競争力の中心となる事業を売却する場合には、より慎重な判断が必要になります。
時間を失うと売却条件も悪くなる
企業再建では時間も重要です。
財務状態が悪化してから売却すると、買い手は会社が資金を必要としていることを知っています。
売り手側の交渉力が弱くなる可能性があります。
早く売らなければ資金が足りない。
期限までに財務を改善しなければならない。
こうした状況では、十分な価格交渉が難しくなることがあります。
問題が深刻になる前に事業ポートフォリオを見直すことが重要です。
信頼回復が事業価値にも影響する
会計問題が続いている企業では、事業売却にも信用問題が影響します。
買い手は慎重になります。
本当にこの利益は正しいのか。
将来計画は信頼できるのか。
追加損失はないのか。
簿外の問題はないのか。
確認項目が増えます。
財務報告への信頼を失うことは、株式市場だけでなくM&Aにも影響する可能性があります。
信頼回復は企業再建のあらゆる場面で重要になります。
企業再建の目的は会社を小さくすることではない
事業売却を続ければ会社の規模は小さくなります。
しかし、企業再建の目的は単純な縮小ではありません。
競争力のない事業を整理する。
過剰投資を止める。
財務体質を改善する。
そして競争力のある事業へ経営資源を集中する。
結果として以前より規模が小さくなっても、利益率やキャッシュ創出力が高まれば企業価値を回復できる可能性があります。
大きな会社を維持することより、強い会社を作ることが重要です。
結論
企業再建で優良事業を売却すれば、大きな資金を確保できます。
しかし、その代わりに将来の利益やキャッシュフローも失います。
東芝の経験は、財務危機が深刻になれば、本来残したい優良事業まで売却せざるを得なくなることを示しています。
ニデックは2026年3月期に巨額赤字を計上しましたが、7,647億円の自己資本が残り、競争力の高い事業も持っています。
今後重要になるのは、優良事業から生まれるキャッシュを維持しながら財務体質を改善できるかです。
過剰投資を止める。
不採算事業を整理する。
設備投資を厳選する。
内部統制を立て直す。
そして本業からキャッシュを生み出す。
これができれば、将来の成長を支える優良事業を守りながら再建できる余地があります。
企業再建で本当に難しいのは、売れる事業を売ることではありません。
会社が将来も利益を生み続けるために、何を売り、何を絶対に残すのかを決めることなのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 過去との決別がニデック存続の条件だ
日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 東芝の「転落」繰り返すか
日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 ニデック減損、過剰投資の蓄積原因 戒田社長「最後に貢献」