介護職員の安全対策というと、介助中の事故や腰痛防止などを思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし、訪問介護やケアマネジャーなど、利用者の自宅を訪問する仕事では、もう一つ重要な安全対策があります。
利用者や家族からの暴力や暴言、威圧的な言動などから職員を守る防犯対策です。
特に利用者宅では第三者の目が届きにくいため、防犯ブザーやICレコーダーなどを活用する動きも出ています。
介護を必要とする人を支えるためにも、まず介護する人が安心して働ける環境を整える必要があります。
訪問型サービスには特有のリスクがある
介護施設では、周囲に複数の職員がいることが一般的です。
利用者との間で問題が起きた場合には、別の職員や管理者へ助けを求めることができます。
ところが、訪問介護やケアマネジャーの訪問では事情が違います。
職員が一人で利用者宅を訪問し、利用者や家族と長時間接することがあります。
利用者宅は事業所の管理が直接及びにくい空間です。
暴言や威圧的な言動を受けても、その場で第三者に助けを求めることが難しい場合があります。
介護という仕事には、利用者の生活の場に入ってサービスを提供するからこそのリスクがあるのです。
防犯ブザーは助けを求めるための道具
比較的簡単に導入できる防犯機器の一つが防犯ブザーです。
危険を感じたときに大きな音を出し、周囲に異常を知らせることができます。
防犯ブザーを持っているだけですべての危険を防げるわけではありません。
しかし、緊急時に職員が助けを求める手段を持っていることには意味があります。
さらに、職員自身が緊急時の対応手段を持っているという安心感にもつながります。
重要なのは、単に機器を配るだけではなく、どのような場合に使用するのか、その後どこへ連絡するのかまで決めておくことです。
ICレコーダーは事実関係を確認する手段になる
カスタマーハラスメントでは、後になって職員と利用者側の説明が食い違うことがあります。
職員は暴言を受けたと主張している一方、利用者や家族はそのような発言をしていないと主張するケースです。
こうした場合、事実関係を確認することが難しくなります。
そこで活用が考えられるのがICレコーダーなどの記録機器です。
記録が残っていれば、何が起きたのかを事業所が確認しやすくなります。
ただし、録音については利用者のプライバシーへの配慮も必要です。
何でも無条件に録音すればよいということではありません。
事業所として利用目的や管理方法などのルールを整備したうえで活用することが重要です。
自治体による購入支援もある
防犯対策には費用がかかります。
大規模な事業者であれば対応できても、小規模な介護事業所では職員全員に防犯機器を用意することが負担になる場合があります。
そこで自治体による支援も進められています。
埼玉県では、カスタマーハラスメント対策として複数人訪問への支援に加え、防犯ブザーやICレコーダーなどの購入費を支援する取り組みが行われています。
これは介護職員の安全確保を事業者だけの責任にしないという考え方でもあります。
介護は社会全体を支える重要なインフラです。
その担い手を守るための費用についても、社会全体で負担するという視点が必要になります。
防犯機器だけでは職員を守れない
一方で、防犯ブザーやICレコーダーを持たせれば安全対策が完了するわけではありません。
最も避けなければならないのは、危険な利用者への対応を職員個人に任せてしまうことです。
例えば、ある職員が利用者から暴言を受けたとします。
その情報が事業所内で共有されなければ、次に訪問した別の職員が同じ被害を受ける可能性があります。
過去にどのような問題が起きたのかを記録し、職員間で共有することが重要です。
必要であれば複数人訪問へ切り替えたり、管理者が対応したりする必要があります。
防犯機器は組織的な安全対策を補完する道具として考えるべきです。
職員の心理的な安心も重要
防犯対策には、実際の事故を防ぐこととは別の効果もあります。
職員が安心して働けるという心理的な効果です。
一人で利用者宅を訪問する職員が、何かあっても会社は助けてくれないと感じていれば、大きな不安を抱えながら働くことになります。
反対に、危険を感じれば防犯機器を使える、事業所へ連絡できる、必要なら複数人訪問へ変更できるという仕組みがあれば安心感は高まります。
安全対策を整えることは、職員に対して組織があなたを一人にしないと示すことでもあります。
それは人材の定着にもつながります。
防犯対策は人手不足対策でもある
介護業界では人材不足が大きな問題になっています。
その対策というと、賃金を引き上げたり、資格取得を支援したりする政策に注目が集まりがちです。
もちろん待遇改善は重要です。
しかし、人が働き続けるためには安全な職場であることも欠かせません。
暴言や暴力を受けても我慢しなければならない職場では、いくら人材を採用しても離職が続く可能性があります。
防犯対策は単なる設備投資ではありません。
介護人材を守り、定着させるための人材政策でもあるのです。
結論
訪問介護やケアマネジャーなどの仕事では、職員が一人で利用者宅へ入ることがあります。
第三者の目が届きにくい場所だからこそ、施設とは異なる安全対策が必要になります。
防犯ブザーは緊急時に助けを求める手段となり、ICレコーダーなどはトラブルが起きた際の事実関係を確認する手段になり得ます。
しかし、防犯機器を職員に持たせるだけでは十分ではありません。
危険情報を組織で共有し、必要なら複数人で訪問し、深刻なケースでは行政や警察など外部機関とも連携する仕組みが必要です。
介護サービスでは利用者の安全が重要なのは当然ですが、サービスを提供する職員の安全も同じように重要です。
介護する人を守れなければ、介護される人を長期的に支えることもできません。
防犯対策は、これからの介護サービスを維持するための基盤の一つなのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月10日 朝刊 ケアマネ8割に「カスハラ」