世界の富裕層マネーを誰が握るのか ウェルスマネジメント競争の新局面

経営

世界の金融機関の競争が、企業への融資や証券取引だけでなく、富裕層の資産をいかに獲得するかという分野に広がっています。

その中心にあるのが、ウェルスマネジメントと呼ばれる富裕層向け資産管理事業です。

スイスの金融大手UBSは、世界有数のウェルスマネジメント事業を持ち、顧客運用資産は約7兆ドルに達しています。

米国のモルガン・スタンレーも、富裕層向け資産管理事業を経営の重要な柱として位置づけています。

両社が統合する可能性が報じられている背景には、スイスの自己資本規制の強化があります。

しかし、仮に統合が実現すれば、単なる規制対応を超えて、世界の富裕層向け金融市場の競争構造を変える可能性があります。

富裕層向け資産管理事業は、顧客から預かる資産に応じて継続的な手数料収入を得られるため、金融機関にとって魅力的な事業です。

一方、富裕層の資産は国境を越えて移動し、金融機関同士の顧客獲得競争も激しくなっています。

今回は、世界の金融機関が富裕層マネーの獲得を競う理由と、日本の金融機関にとっての成長機会を解説します。

ウェルスマネジメントとは何か

ウェルスマネジメントとは、富裕層の金融資産や不動産などを総合的に管理し、資産運用や資産承継を支援する金融サービスです。

一般的な証券営業では、株式や投資信託などの金融商品を販売することが中心になります。

一方、ウェルスマネジメントでは、顧客の資産全体を把握し、長期的な運用方針や資産承継計画を検討します。

例えば、金融資産10億円、不動産5億円、非上場株式15億円を保有する企業オーナーを考えてみます。

資産総額は30億円ですが、すべての資産を同じ方法で管理することはできません。

金融資産については、株式や債券などへの分散投資が重要になります。

不動産については、収益性や流動性、相続時の分割方法などを考慮する必要があります。

非上場株式については、事業承継や相続税評価などの問題があります。

こうした課題を総合的に整理し、必要に応じて税理士や弁護士などの専門家と連携するのがウェルスマネジメントの役割です。

単なる金融商品の販売ではなく、顧客の資産と人生設計を長期的に支援する事業といえます。

世界の金融機関が富裕層ビジネスを重視する理由

金融機関がウェルスマネジメント事業を重視する理由の一つは、継続的な手数料収入を確保できることです。

銀行の融資業務では、貸出金利と資金調達金利の差が主な収益源になります。

一方、ウェルスマネジメントでは、顧客から預かる資産に応じた管理報酬や運用関連手数料などが収益源になります。

例えば、ある金融機関の顧客運用資産が100兆円あり、平均年間手数料率が0.5%だったと仮定します。

この場合、単純計算で年間5,000億円の手数料収入になります。

顧客運用資産が200兆円に増加すれば、同じ手数料率で年間1兆円の収入になります。

もちろん、実際の手数料率は顧客の資産規模や運用商品、契約内容によって異なります。

また、株価下落などによって顧客資産が減少すれば、手数料収入も減少する可能性があります。

それでも、巨額の顧客資産を継続的に管理することは、金融機関の収益基盤を安定させる重要な要素になります。

さらに、富裕層顧客との関係が深まれば、融資や相続対策、事業承継などの関連サービスを提供する機会も広がります。

UBSが世界的な富裕層金融機関となった背景

UBSは、スイスの伝統的なプライベートバンキングを基盤として、世界的な富裕層向け金融事業を発展させてきました。

スイスは長年、国際的な資産管理の拠点として知られてきました。

政治や経済の安定性、金融サービスの専門性、国際的な顧客基盤などが、その発展を支えてきました。

UBSは欧州だけでなく、米国やアジアなどでも富裕層向け資産管理事業を展開しています。

また、2023年には経営危機に陥ったクレディ・スイスを救済買収しました。

この買収によって、UBSは世界的な顧客基盤をさらに拡大しました。

一方、クレディ・スイスの買収によってUBSの規模は巨大化し、スイスの金融システムにおける重要性も高まりました。

今回、スイス政府が自己資本規制の強化を進めている背景には、巨大金融機関の経営危機が国全体に及ぼす影響への懸念があります。

UBSにとっては、世界的な事業規模が競争力の源泉である一方、規制負担を増やす要因にもなっています。

この点に、巨大金融機関の経営上の難しさがあります。

モルガン・スタンレーが資産管理事業を強化した理由

米国のモルガン・スタンレーは、伝統的に投資銀行業務や証券取引業務に強みを持つ金融機関です。

しかし、世界金融危機以降、富裕層向け資産管理事業の強化を進めてきました。

その代表的な取り組みが、2020年の米国オンライン証券大手Eトレードの買収です。

Eトレードは、個人投資家向けのオンライン証券取引サービスを提供してきました。

モルガン・スタンレーは、この買収によって個人投資家との接点を拡大しました。

さらに、2021年には資産運用会社イートン・バンスを買収しました。

これにより、資産運用商品の開発や運用能力を強化しました。

こうした買収の背景には、収益構造を安定させる狙いがあります。

投資銀行業務は、M&Aや資本市場の取引状況によって収益が大きく変動する場合があります。

一方、資産管理事業では、顧客資産に応じた継続的な手数料収入を確保できます。

モルガン・スタンレーは、投資銀行業務と資産管理事業を組み合わせることで、収益の多様化を進めてきたのです。

富裕層向け資産管理事業とROEの関係

ウェルスマネジメント事業が金融機関にとって魅力的なのは、資本効率の面でも特徴があるためです。

銀行の融資業務では、貸倒損失などに備えて一定の自己資本を確保する必要があります。

融資を拡大すれば、一般に信用リスクに応じたリスクアセットも増加します。

一方、資産管理事業では、顧客の資産を預かって運用サービスを提供することが中心になります。

顧客資産のすべてが金融機関自身の貸借対照表に計上されるわけではありません。

そのため、事業構造によっては、融資業務と比較して少ない自己資本で手数料収入を生み出せる可能性があります。

例えば、ある事業に必要な資本が5,000億円で、年間500億円の利益を生み出すと仮定します。

単純な利益対資本比率は10%です。

一方、別の事業では必要資本が2,000億円で、年間400億円の利益を生み出すとします。

この場合、利益対資本比率は20%です。

利益の絶対額では前者が大きいものの、資本効率では後者が優れています。

ただし、ウェルスマネジメント事業にも市場リスク、オペレーショナルリスク、信用リスクなどがあります。

富裕層向け融資や自己勘定取引を伴う場合には、追加的な資本負担が生じることもあります。

したがって、ウェルスマネジメント事業が常に高いROEを実現できるとは限りません。

重要なのは、必要な資本とリスクに対して、どれだけ持続的な利益を生み出せるかという点です。

富裕層マネーはどの地域に集まるのか

世界の富裕層向け金融市場では、米国、欧州、アジアが重要な地域となっています。

米国では、株式市場の発展や企業価値の上昇などを背景に、多額の金融資産を保有する個人が存在します。

また、起業家が企業を売却したり、株式公開によって資産を形成したりする事例もあります。

欧州では、伝統的な富裕層や企業オーナーなどを対象とした資産管理サービスが発展してきました。

スイスの金融機関は、こうした国際的な資産管理市場で重要な役割を担っています。

アジアでは、経済成長や企業の発展を背景に、富裕層向け金融サービスへの需要が拡大してきました。

特に、シンガポールや香港などは、国際的な資産管理の拠点として知られています。

富裕層の資産は、居住国だけでなく、複数の国や地域に分散して保有される場合があります。

そのため、金融機関には国際的な税制や金融規制、相続制度などに対応できる専門能力が求められます。

世界の富裕層マネーを獲得するためには、単に運用成績が優れているだけでは十分ではありません。

国境を越えた総合的な金融サービスを提供できるかどうかが重要になります。

企業オーナーの事業承継が巨大な金融需要を生む

ウェルスマネジメント事業で注目される分野の一つが、企業オーナーの事業承継です。

企業オーナーは、個人資産の多くを自社株式として保有している場合があります。

例えば、非上場株式20億円、金融資産5億円、不動産5億円を保有する経営者を考えてみます。

資産総額は30億円ですが、非上場株式の割合が高いため、金融資産として自由に運用できる金額は限られています。

この経営者が会社を第三者に売却した場合、売却条件や税負担などによっては、多額の現金を取得することになります。

その結果、資産構成が大きく変化します。

事業経営に集中していた経営者が、今度は多額の金融資産をどのように管理するかという問題に直面します。

金融機関にとっては、事業売却後の資産運用を支援する機会が生まれます。

また、事業承継の過程では、M&A助言、株式評価、相続対策などの専門的なサービスも必要になります。

投資銀行業務とウェルスマネジメント事業を組み合わせることで、こうした顧客を長期的に支援できます。

UBSやモルガン・スタンレーが両方の事業を重視する背景には、このような顧客ニーズがあります。

相続と資産承継が富裕層ビジネスを変える

富裕層向け資産管理事業では、相続や資産承継への対応も重要です。

高齢の富裕層が保有する資産は、将来的に子どもや孫などの次世代へ移転します。

このとき、金融機関が次世代との関係を構築できなければ、相続を契機として顧客資産が流出する可能性があります。

例えば、ある金融機関が10億円の資産を管理している顧客を担当していたとします。

顧客が亡くなり、資産が3人の相続人に分割された場合、相続人がそれぞれ異なる金融機関を利用する可能性があります。

その結果、従来の金融機関から資産が流出することがあります。

金融機関にとっては、現在の顧客だけでなく、次世代の家族との信頼関係を構築することが重要になります。

また、相続対策では、税務や法務の専門家との連携が不可欠です。

金融機関が提供できるサービスと、税理士や弁護士などの専門家が担当する業務を適切に区分する必要があります。

富裕層向け金融サービスの競争では、運用商品の販売能力だけでなく、長期的な資産承継を支援する体制が重要になるのです。

日本の金融機関にとっての成長機会

日本でも、富裕層向け資産管理事業の重要性が高まっています。

背景には、高齢化、相続の増加、企業オーナーの事業承継などがあります。

また、金融資産の運用方法が多様化し、個人投資家の資産管理に対する関心も高まっています。

三菱UFJ、三井住友、みずほなどのメガバンクは、法人顧客や富裕層との取引関係を持っています。

野村などの証券会社も、個人向け金融商品や資産運用サービスに強みがあります。

今後は、銀行と証券会社が連携し、企業オーナーの事業承継から個人資産の運用まで総合的に支援することが重要になります。

例えば、銀行が企業の事業承継を支援し、証券会社が売却後の資産運用を担当することが考えられます。

さらに、税理士や司法書士などの専門家と連携すれば、相続や財産管理に関する課題にも対応しやすくなります。

日本の金融機関が世界の大手金融機関と競争するためには、単に金融商品を販売するだけでなく、顧客の資産全体を長期的に管理する能力が求められます。

ウェルスマネジメント事業のリスクと課題

ウェルスマネジメント事業は魅力的な収益機会を持つ一方、課題もあります。

第1に、市場環境による収益変動です。

株価や債券価格が下落すれば、顧客運用資産が減少し、手数料収入が減少する可能性があります。

第2に、顧客資産の流出です。

富裕層は複数の金融機関を利用することが多く、運用成績やサービスに不満があれば資産を移す可能性があります。

第3に、専門人材の確保です。

富裕層向け資産管理では、金融商品の知識だけでなく、税務、相続、事業承継などに関する幅広い理解が必要になります。

第4に、利益相反の管理です。

金融機関が高い手数料を得られる商品を優先して販売すれば、顧客の利益と金融機関の利益が一致しない場合があります。

そのため、顧客本位の業務運営が重要になります。

第5に、国際的な金融規制への対応です。

富裕層の資産が国境を越えて移動する場合、マネーロンダリング対策や税務情報の適切な取り扱いなどが必要になります。

金融機関は、収益性だけでなく、顧客保護と法令遵守を重視する必要があります。

結論

世界の金融機関が富裕層向け資産管理事業を重視する背景には、継続的な手数料収入と資本効率への期待があります。

UBSは世界的なプライベートバンキングを基盤として、巨額の顧客資産を管理しています。

モルガン・スタンレーも、買収などを通じて資産管理事業を強化してきました。

両社が統合すれば、世界最大級の富裕層向け金融グループが誕生する可能性があります。

しかし、巨大化することだけで競争力が高まるわけではありません。

顧客との信頼関係を維持し、専門人材を確保しながら、継続的な収益を生み出すことが重要です。

また、富裕層向け金融サービスは、単なる資産運用から、事業承継や相続対策を含む総合的な資産管理へと広がっています。

日本でも、高齢化や企業オーナーの事業承継を背景に、こうしたサービスへの需要が高まる可能性があります。

日本の金融機関にとって、ウェルスマネジメント事業は重要な成長分野です。

ただし、顧客資産の獲得だけでなく、顧客本位の業務運営と長期的な信頼関係の構築が不可欠です。

今後の世界金融業界では、どれだけ多くの顧客資産を管理できるかに加え、その資産をどれだけ適切に守り、次世代へ引き継ぐ支援ができるかが競争力を左右するでしょう。

参考

日本経済新聞 2026年10月23日朝刊 金融PLUS 山下晃 UBS、スイス脱出の切り札 メガバンク・野村は統合相手の伏兵か

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