企業で会計不正が発覚すると「なぜ普通の会社員が不正に手を染めたのか」と疑問に感じることがあります。
不正をする人には、もともと特別な性格や資質があると考えたくなるかもしれません。
しかし、不正は個人の倫理観だけで説明できるものではありません。
企業の内部に、不正を引き起こしやすい環境が生まれている場合があります。
その仕組みを理解するうえで重要なのが「不正のトライアングル」という考え方です。
不正のトライアングルとは何か
不正のトライアングルとは、不正が発生する背景を3つの要素から考える考え方です。
その3つとは「動機やプレッシャー」「機会」「正当化」です。
これらがそろうと、不正が発生するリスクが高まると考えます。
例えば、厳しい業績目標を課された社員がいるとします。
目標を達成できなければ評価が下がるというプレッシャーがある。
自分一人で会計処理を変更できる環境がある。
さらに「来期には業績が回復するから、今期だけ数字を調整しても問題ない」と自分を納得させる。
こうした条件が重なると、不正に踏み込む可能性が高まります。
1つ目は動機やプレッシャー
最初の要素が、動機やプレッシャーです。
会計不正では、会社や個人が強い業績達成圧力を受けていることがあります。
例えば会社が市場に対して高い利益目標を公表している場合です。
実際の業績が目標に届かなければ、株価が下落するかもしれません。
経営者の責任が問われる可能性もあります。
銀行との融資契約で一定の財務条件を維持する必要があるケースもあります。
個人レベルでも、売上目標や利益目標の達成が昇進や賞与に直結していれば、強いプレッシャーになる可能性があります。
こうした状況が直ちに不正につながるわけではありません。
しかし、不正を行う動機が生まれる土壌になることがあります。
2つ目は機会
動機があっても、不正を実行できる環境がなければ不正は起こりにくくなります。
そこで2つ目の要素となるのが「機会」です。
例えば、一人の担当者が取引の承認から会計処理、銀行振込、帳簿の管理まで行っている会社を考えてみます。
チェックする人がいなければ、数字を操作しても発見されにくくなります。
反対に、取引の承認者と会計処理をする人を分けたり、定期的に上司が確認したりすれば、不正を行う機会を減らすことができます。
これが内部統制の重要な役割です。
不正防止では「悪い人を採用しない」という発想だけでは十分ではありません。
誰であっても簡単には不正を実行できない仕組みを作ることが重要です。
経営者には特別な機会がある
不正の機会を考えるうえで特に注意したいのが経営者です。
経営者は企業内部で大きな権限を持っています。
通常の社員なら従わなければならない承認手続きを、経営者の権限によって変更できる場合があります。
本来、不正を防ぐための内部統制が存在していても、経営者自身がそれを無効化する可能性があります。
これを「経営者による内部統制の無効化」といいます。
そのため監査では、経営者による不正リスクが重要な論点になります。
3つ目は正当化
3つ目の要素が「正当化」です。
不正をする人が「自分は悪いことをしている」と明確に認識したまま行動するとは限りません。
自分の行為を合理化することがあります。
例えば「会社のためにやっている」「来期に売上が立つのだから少し早く計上しても同じだ」「業績が回復すれば元に戻せる」と考えるケースです。
横領の場合でも「会社から正当に評価されていない」「一時的に借りるだけだ」と考えることがあります。
こうした考えによって、本人のなかで不正への心理的な抵抗が小さくなります。
正当化は外部から見えにくいため、不正リスクを考えるうえで難しい要素でもあります。
小さな不正から拡大することがある
会計不正は、最初から巨額の粉飾として始まるとは限りません。
例えば「今期だけ売上を少し前倒ししよう」と考えたとします。
翌期になれば、その分の売上がなくなります。
そこで翌期の目標を達成するため、さらに翌々期の売上を前倒しする必要が出てくる可能性があります。
こうして最初は小さかった会計操作が、毎年積み重なって大きくなることがあります。
一度不正を始めると、それを隠すために新たな不正が必要になることがあるのです。
不正防止では3つの条件を減らす
不正のトライアングルを理解すると、企業がどのように不正を防止すればよいのかも見えてきます。
例えば、達成不可能なほど高い業績目標を社員に課さないことは、過度なプレッシャーを減らすことにつながります。
職務分掌や承認制度を整備することは、不正を行う機会を減らします。
経営者が倫理を重視する姿勢を明確にし、不正を容認しない企業文化を作ることは、正当化を難しくします。
内部通報制度を整備することも重要です。
誰かが不正を発見したときに報告できる仕組みがあれば「不正をしても発見されない」という環境を変えることができます。
監査人も不正の背景を見る
監査人が不正リスクを評価するときも、決算数字だけを見るわけではありません。
企業に過度な業績達成プレッシャーがないか、内部統制に弱点がないか、経営者が内部統制を無効化できる状況がないかなどを検討します。
日本公認会計士協会が進めている不正に関する監査基準の改正では、不正リスクへの監査対応がさらに強化される方向です。
重要な不正リスクについては、KAMとして監査報告書に記載されることも想定されています。
不正を防ぐには、不正が発生した後に数字を調べるだけではなく、不正が起きやすい環境そのものを見る必要があります。
結論
不正のトライアングルとは、不正が発生する背景を「動機やプレッシャー」「機会」「正当化」の3つから考えるものです。
強いプレッシャーがあっても、不正を実行する機会がなければ不正は起こりにくくなります。
機会があっても、不正を自分のなかで正当化できなければ踏みとどまる可能性があります。
反対に、この3つが重なると不正リスクは高まります。
だからこそ企業の不正対策では、個人の倫理観だけに頼るべきではありません。
過度なプレッシャーを生まない経営、職務分掌や承認制度によって不正の機会を減らす内部統制、不正を正当化させない企業文化を組み合わせる必要があります。
会計不正は、ある日突然一人の悪意によって発生するとは限りません。
不正を生みやすい環境が企業内部で少しずつ形成され、その条件が重なったときに表面化することがあります。
不正のトライアングルは「誰が不正をしたのか」だけではなく「なぜその会社で不正が起きる環境ができたのか」を考えるための重要な視点なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月12日 朝刊 監査報告書、不正リスク記載