税務行政では、全国のすべての申告内容を詳細に調査することは現実的ではありません。限られた職員数や時間の中で、公平かつ効率的に税務調査を実施するためには、調査対象を適切に選定する必要があります。
その際の基本的な考え方となるのが「リスクベースアプローチ」です。これは、申告漏れや不正の可能性が高い案件を優先的に確認し、行政資源を効果的に配分する考え方です。
近年では、AIやデータ分析の発展によって、このリスクベースアプローチはさらに高度化しています。
今回は、その仕組みや考え方について分かりやすく解説します。
リスク評価
リスクベースアプローチでは、まず「どの案件にリスクがあるのか」を評価します。
ここでいうリスクとは、「必ず不正がある」という意味ではありません。
あくまでも、
- 申告漏れの可能性
- 計算誤りの可能性
- 不正還付の可能性
- 法令違反の可能性
などが相対的に高いと考えられる状態を指します。
例えば、
- 売上や利益が急激に変動している
- 同業他社と比べて数値に大きな差がある
- 過去に修正申告や更正処分があった
- 多額の還付申告が行われている
といった情報は、リスク評価の参考になります。
近年は、こうした情報をAIが分析し、リスクの高い案件を抽出する仕組みも活用されています。
効率的な税務調査
税務調査には、多くの時間と人員が必要です。
そのため、すべての申告書を同じように調査することは現実的ではありません。
そこで、リスクベースアプローチでは、リスクが高いと判断された案件を優先的に確認します。
これにより、
- 調査の効率化
- 不正の早期発見
- 適正申告の推進
- 行政コストの削減
などの効果が期待できます。
一方、リスクが低い案件については、必要以上の調査を避けることで、納税者の負担軽減にもつながります。
つまり、リスクベースアプローチは行政だけでなく、納税者にとっても合理的な仕組みといえます。
国際的な考え方
リスクベースアプローチは、日本独自の考え方ではありません。
経済のグローバル化やデジタル化が進む中、多くの国の税務当局が採用しています。
また、税務分野以外でも、
- 金融機関のマネーロンダリング対策
- 金融商品のリスク管理
- 情報セキュリティ
- 内部監査
- コンプライアンス
など、幅広い分野で活用されています。
限られた資源を最大限に活用するという考え方は、行政運営全体に共通する基本原則となっています。
税務行政でも、国際的な動向を踏まえながら、データ分析やAIを組み合わせた高度なリスク管理が進められています。
AIがリスク評価を支援する時代へ
近年は、AIによるリスク分析が急速に発展しています。
AIは、
- 過去の税務調査結果
- 申告データ
- 各種資料情報
- 業種別の特徴
など、多数のデータを分析し、人では見つけにくいパターンも検出できます。
もっとも、AIが高いリスクと判定した案件でも、実際には正当な理由がある場合も少なくありません。
例えば、新規事業への投資や一時的な設備投資により利益率が大きく変化することもあります。
そのため、AIの分析結果だけで判断するのではなく、職員が個別事情を確認したうえで最終判断を行うことが重要です。
リスクベースアプローチにおいても、「AIによる分析」と「人による判断」の組み合わせが基本となっています。
納税者が理解しておきたいこと
リスクベースアプローチを知ることは、納税者にとっても意味があります。
税務調査は無作為に行われるものではなく、さまざまな情報を基に必要性が判断されています。
だからといって、AIの分析結果だけで調査対象になるわけではありません。
日頃から、
- 正確な記帳
- 適切な証憑書類の保存
- 正しい申告
を行っていれば、必要以上に不安を感じる必要はありません。
むしろ、適正申告を行う納税者にとっては、リスクベースアプローチによって不要な調査が減るというメリットもあります。
結論
リスクベースアプローチとは、申告漏れや不正の可能性が高い案件を優先的に調査し、限られた行政資源を効率的に活用する考え方です。近年ではAIやデータ分析の活用により、リスク評価の精度はさらに向上しています。
しかし、AIはあくまで分析を支援するツールであり、最終的な判断は国税職員が行います。公平性と効率性を両立するためには、AIの分析力と人の判断力を組み合わせることが、これからの税務行政においてますます重要になっていくでしょう。
参考
税のしるべ「国税庁におけるAIの活用を公表、9月にKSK2の導入で予測モデルの精度が向上へ」2026年8月3日
国税庁「国税庁におけるAIの活用」2026年7月27日
OECD「Tax Administration」シリーズ(税務行政に関する報告書)