スポーツは、競技を楽しみ、選手を応援するだけのものではなくなっています。世界では、プロスポーツチームや競技場、放映権、選手の肖像権などを投資対象とする動きが広がっています。
その象徴的な出来事が、米国の大手スポーツ投資会社レッドバード・キャピタル・パートナーズの日本進出です。
日本政策投資銀行が同社の運営するファンドに数十億円を出資し、日本のスポーツ産業との協業を後押しする方針です。
今回の動きは、単なる海外ファンドの日本進出ではありません。日本のスポーツ産業を、企業スポンサーに依存する構造から、自ら収益を生み出す産業へ転換させる可能性を持っています。
税理士・FPの視点からも、スポーツ投資は企業経営、地域経済、金融市場、知的財産、資産運用を考えるうえで重要なテーマです。
世界で拡大するスポーツ投資
スポーツ投資とは、スポーツに関連する事業や資産に資金を投じ、事業収益や資産価値の向上を目指す投資です。
投資対象は、プロスポーツチームだけではありません。
・プロスポーツチームやリーグの運営会社
・競技場やアリーナなどの施設
・テレビやインターネットの放映権
・選手の肖像権やチームの商標権
・スポーツ関連のメディア事業
・スポーツ用品やデジタルサービス
・競技場周辺の商業施設や不動産
こうした幅広い事業が投資対象となっています。
従来、プロスポーツチームの所有者は企業や富裕層が中心でした。しかし、近年は投資ファンドが資金を供給し、経営改善によって企業価値を高める事例が増えています。
米大リーグでは2019年に一定の条件のもとでファンドによる出資が認められ、欧州サッカーでも海外資本の流入が進んでいます。
スポーツチームは、地域に根差した存在であると同時に、世界中の投資家が注目する事業資産になりつつあります。
ACミランを所有する巨大ファンドの経営戦略
今回、日本進出を進めるレッドバード・キャピタル・パートナーズは、2014年に設立された米国の投資会社です。
スポーツ、メディア、エンターテインメント分野を中心に投資を行い、運用資産残高は約210億ドル、日本円で約3兆3,000億円に達します。
2022年には、イタリアの名門サッカークラブであるACミランを約12億ユーロ、約2,100億円で買収しました。
また、米大リーグのボストン・レッドソックスや、イングランドのリバプールFCに関係する運営会社にも出資しています。
注目すべきは、単に有名チームを買収しているわけではないことです。
同社は、スポーツチームが持つブランド力、ファンとの関係、知的財産、データを活用し、収益力を高める経営を重視しています。
ACミランでは、買収後3年間で商業活動やライセンス供与に関連する収益が約2.4倍になったとされています。
スポーツチームの価値は、試合の勝敗だけで決まるものではありません。
長年蓄積された歴史、ブランド、世界中のファンとの関係そのものが、大きな経済価値を持っているのです。
スポーツビジネスを変える知的財産の価値
スポーツ産業の成長を考えるうえで、重要なのが知的財産、いわゆるIPです。
代表的なものには、チームの名称やロゴ、選手の肖像、試合映像、キャラクター、ブランドなどがあります。
例えば、人気チームのロゴを使用した衣料品や雑貨の販売、選手を登場させたゲーム、トレーディングカードなどは、知的財産を活用した事業です。
レッドバードは2019年、米大リーグや米プロフットボールNFLの選手会と共同で、選手の肖像権などを一括管理する会社を設立しました。
2022年までに1万人を超える選手が登録する基盤となり、ゲームやカードなどへの使用許諾を通じて、新たな収益機会を生み出しました。
この仕組みの特徴は、選手が競技で活躍することに加え、自身の知名度やブランド価値を収益化できる点です。
チーム側も、入場料やスポンサー収入以外の収益源を確保できます。
日本でも、プロ野球、Jリーグ、バスケットボールのBリーグなどには、長年にわたって蓄積されたブランド資産があります。
これらを適切に管理し、国内外で活用できれば、収益拡大の余地は大きいと考えられます。
AIとデータが変えるファンビジネス
スポーツビジネスでは、人工知能(AI)やデータ分析の重要性も高まっています。
従来のスポーツチームは、観客動員数やグッズ販売額などを中心に経営状況を把握してきました。
しかし、デジタル技術を活用すれば、ファンの行動をより詳細に分析できます。
例えば、次のような情報です。
・どの地域にファンが多いか
・どの年代が試合を観戦しているか
・どの選手の商品が人気なのか
・どのような情報発信が購買につながるか
・年間を通じてファンとの接点を維持できているか
こうした分析によって、商品開発や広告、会員サービス、チケット販売などを改善できます。
さらに、海外のファンに向けてデジタルコンテンツを提供すれば、競技場に来場できない人からも収益を得られます。
重要なのは、ファンを単なる観客としてではなく、長期的な関係を築く顧客として捉えることです。
ただし、個人情報の保護やデータ利用への同意、過度な商業化への配慮も欠かせません。
日本のスポーツ産業に残された成長余地
日本政策投資銀行によると、日本のスポーツ関連GDPは2022年時点で10兆2,582億円でした。
国内GDPに占める割合は1.83%で、ドイツや英国を下回っています。
一方、米国のスポーツ産業は70兆〜80兆円程度との試算があります。
もちろん、人口規模や市場構造が異なるため、単純な比較だけで日本の成長余地を判断することはできません。
それでも、日本にはスポーツを産業として成長させる余地が残されています。
政府は2016年、スポーツ市場を2025年までに15兆円規模へ拡大する目標を掲げました。しかし、その達成時期は2030年へ先送りされています。
背景には、日本のスポーツビジネスが抱える構造的な課題があります。
代表的なのが、企業スポンサーへの依存です。
日本のプロスポーツでは、親会社やスポンサー企業の支援がチーム経営を支える重要な役割を果たしてきました。
しかし、この構造ではスポンサー企業の業績悪化や経営方針の変更が、チームの財務状況に直接影響します。
今後は、スポンサー収入に加えて、放映権、デジタル配信、商品販売、会員サービス、施設運営などの収益を増やすことが求められます。
放映権収入に見る日本と米国の格差
スポーツ産業の収益力を象徴するのが放映権です。
米国のNFLでは、年間の放映権契約総額が約100億ドル、日本円で約1兆6,000億円に達します。
一方、日本のJリーグは年間200億円程度とされています。
競技人口や視聴者数、広告市場などの違いがあるため、同じ水準を目指すことが適切とは限りません。
しかし、放映権がスポーツチームの経営基盤を大きく左右することは確かです。
放映権収入が増えれば、選手の育成、競技施設の整備、優秀な指導者の確保などに資金を投入できます。
その結果、競技の魅力が高まり、さらに視聴者やスポンサーを獲得する好循環が期待できます。
一方で、視聴料金の高騰や無料視聴機会の減少は、ファン離れを招く可能性があります。
収益最大化とスポーツの公共的な価値を両立させることが重要です。
日本政策投資銀行が果たす役割
今回の日本進出で注目されるのが、日本政策投資銀行の存在です。
同行は、長期的な視点から産業の発展や地域経済の活性化を支援する金融機関です。
これまでも、競技場やアリーナの整備を通じた街づくり、スポーツ産業に関する調査などに取り組んできました。
今回、レッドバードが運営するファンドに出資することで、海外の経営ノウハウと国内スポーツ産業を結び付ける役割が期待されています。
当面は日本のプロチームを直接買収するのではなく、国内チームとの協業を中心に事業機会を探る方針です。
これは、海外資本によるチーム買収そのものよりも、まず経営能力や事業開発の仕組みを導入することを重視した動きと捉えられます。
日本のスポーツ産業に不足しているのは、必ずしも資金だけではありません。
知的財産の管理、データ活用、収益構造の多様化、企業統治などに精通した経営人材も重要です。
地域経済を成長させるスポーツ投資
スポーツ投資の効果は、チーム経営だけにとどまりません。
競技場やアリーナを中心とした街づくりにも広がります。
試合開催日に多くの観客が集まれば、飲食店、宿泊施設、交通機関、小売店などにも経済効果が生まれます。
さらに、競技場をコンサートや展示会、地域イベントなどに活用すれば、試合のない日にも収益を確保できます。
地方都市にとっては、スポーツ施設が交流人口を増やし、地域ブランドを高める拠点になる可能性があります。
ただし、競技場の建設には多額の資金が必要です。
自治体が財政負担を伴う場合には、建設費だけでなく、維持管理費、将来の修繕費、利用率などを慎重に検証する必要があります。
スポーツによる地域活性化を実現するためには、民間投資と公共投資の役割分担を明確にすることが欠かせません。
税理士・FPの視点から考えるスポーツ投資
スポーツ投資の拡大は、税務、会計、金融の分野にも新たな課題をもたらします。
まず、企業経営の視点では、スポーツチームの価値をどのように評価するかが重要になります。
スポーツチームには、選手契約、商標、放映権、スポンサー契約、顧客基盤など、さまざまな価値が存在します。
企業買収では、これらの資産の評価や、買収後の収益見通しが投資判断を左右します。
会計上も、取得した無形資産やのれんの認識、減損の検討などが重要になります。
税務面では、スポンサー契約、ライセンス収入、国際的な権利使用料、選手の移籍に伴う取引などについて、契約内容や取引実態に応じた適切な処理が必要です。
また、海外企業との取引では、源泉徴収や租税条約、移転価格税制などの検討が必要になる場合があります。
FPの視点では、スポーツ投資を新しい資産運用分野として理解することも大切です。
ただし、スポーツ関連ファンドには、競技成績、人気の変動、放映権契約、規制変更、為替変動など、固有のリスクがあります。
非上場ファンドでは、換金性の低さや情報開示の制約にも注意が必要です。
スポーツ産業の成長性が高いことと、投資商品として安定した利益が得られることは別問題です。
投資マネーがもたらす負の側面
スポーツへの投資拡大には、慎重に考えるべき側面もあります。
投資ファンドは、一般に投資先の企業価値向上と投資回収を目指します。
その過程で、チケット価格の引き上げ、商品価格の上昇、放映権の有料化などが進む可能性があります。
欧州サッカーでは、商業化の進展が地元サポーターの負担増や反発につながったとの指摘もあります。
また、巨額の資金を投じても、必ず成功するとは限りません。
サウジアラビアの政府系ファンドが支援してきた新たなプロゴルフツアーでは、巨額投資に見合う収益確保の難しさが浮き彫りになっています。
スポーツは一般的な事業と異なり、地域文化やファンの感情、競技の公平性などと深く結び付いています。
短期的な収益だけを追求すれば、長年築いてきたブランド価値を損なうおそれがあります。
そのため、スポーツ投資では、財務的な収益性に加えて、地域社会やファンとの関係を維持する経営が不可欠です。
結論
米国の巨大スポーツファンドによる日本進出は、日本のスポーツ産業が新たな成長段階に入る可能性を示しています。
これまで日本のスポーツは、企業の支援や地域の熱意によって支えられてきました。
今後は、それらの強みを維持しながら、知的財産、データ、放映権、デジタル技術などを活用し、自ら収益を生み出す産業へと発展することが期待されます。
日本政策投資銀行とレッドバードの協業は、その転換を後押しする取り組みの一つです。
ただし、投資資金が流入するだけでスポーツ産業が成長するわけではありません。
経営の透明性、適切な企業統治、長期的な収益構造、地域社会との共存が求められます。
税理士・FPとして注目したいのは、スポーツが単なる娯楽ではなく、知的財産、金融、企業経営、地域振興が交差する産業になっていることです。
スポーツ産業の成長は、企業の新たな事業機会を生み出すとともに、地域経済の活性化にもつながる可能性があります。
一方で、投資家にとっては、成長期待だけでなく、投資回収の仕組みや事業リスクを冷静に見極める姿勢が欠かせません。
スポーツの価値を高めることと、持続可能な収益を生み出すこと。この両立こそが、日本のスポーツ産業の将来を左右する重要な課題です。
参考
日本経済新聞 2026年11月8日 朝刊
「ACミランを所有の世界最大級スポーツファンド、日本進出 政投銀出資」
日本経済新聞 2026年11月8日 朝刊
「スポーツ投資とは ファンドや選手個人も担い手に」