ステークホルダー資本主義とは何か 株主第一主義から企業経営はどう変わるのか編

経営

企業は誰のために経営されるべきなのでしょうか。株主だけでなく、従業員、顧客、取引先、地域社会など、企業を取り巻く幅広い関係者の利益を考えながら経営する考え方が「ステークホルダー資本主義」です。近年注目されているパーパス経営を理解するうえでも重要な考え方です。

ステークホルダーとは何か

ステークホルダーとは、企業活動によって利益を受けたり影響を受けたりする利害関係者のことです。

代表的なのは株主ですが、それだけではありません。

従業員、顧客、取引先、金融機関、地域社会、行政など、さまざまな主体が企業活動に関係しています。

例えば企業が工場を建設すれば、株主だけでなく、そこで働く従業員や取引先、工場周辺の住民や自治体にも影響します。

企業は社会から独立して存在しているわけではありません。

さまざまなステークホルダーとの関係によって事業を続けています。

こうした現実を企業経営の中心に置こうという考え方がステークホルダー資本主義です。

株主資本主義とは何が違うのか

ステークホルダー資本主義と対比されることが多いのが、株主を重視する企業経営です。

企業の所有者である株主から経営を委託された経営者は、企業価値を高め、株主に利益を還元することを重視します。

この考え方に大きな影響を与えた人物の一人が、経済学者ミルトン・フリードマンです。

フリードマンは1970年、企業経営者の重要な責任は、ルールの範囲内で企業の利益を増やすことにあるという考え方を示しました。

株主を重視する経営には合理的な側面があります。

誰に対して経営責任を負うのかが明確になるからです。

株価や利益、ROEなどの数値によって経営成果を評価しやすいという特徴もあります。

しかし、株主利益を極端に優先すると別の問題が生じます。

短期的な利益を増やすために人件費や研究開発費を削減すれば、長期的な競争力が低下する可能性があります。

取引先への値下げ要求を強めすぎれば、サプライチェーンそのものが弱くなることもあります。

環境対策を後回しにすれば、将来大きな社会的コストを生み出すかもしれません。

そこで企業価値を長期的に考えるためには、株主以外のステークホルダーにも目を向ける必要があるという考え方が広がってきました。

従業員を重視することは企業のためでもある

ステークホルダー資本主義というと、

「株主の利益を減らして従業員や社会に配分する考え方」

と思われることがあります。

必ずしもそうではありません。

例えば従業員への賃上げや人材育成は、短期的には企業のコストになります。

しかし従業員の定着率が高まり、能力が向上すれば、生産性や競争力の向上につながる可能性があります。

優秀な人材を採用できる企業になることも重要です。

人的資本への投資は、単なる福利厚生ではありません。

長期的な企業価値を生み出すための投資という側面があります。

つまり、

「従業員か株主か」

という単純な二者択一ではないのです。

従業員への投資が結果として企業価値を高め、株主にも利益をもたらすことがあります。

取引先を重視する理由

同じことは取引先にもいえます。

企業が利益率を高めるため、仕入れ価格を可能な限り引き下げれば、短期的には利益が増えるかもしれません。

しかし取引先の経営が疲弊すればどうでしょうか。

品質が低下したり、必要な投資ができなくなったり、最悪の場合には廃業したりする可能性があります。

特に製造業では、一社だけでは製品をつくれません。

部品メーカー、物流会社、システム会社など、多数の企業によってサプライチェーンが形成されています。

自社だけが利益を最大化すればよいとは限らないわけです。

取引先を含めた事業基盤全体を持続可能にすることが、結果として自社の競争力につながります。

ステークホルダー資本主義には、このような長期的な視点があります。

顧客や地域社会も重要なステークホルダー

当然ながら顧客も重要です。

短期的な利益だけを考えれば、企業はできるだけ高い価格で商品を販売したいでしょう。

しかし顧客の信頼を失えば、長期的な事業は成り立ちません。

地域社会との関係も同じです。

工場や店舗を運営する企業にとって、地域住民との信頼関係は重要な経営資源になります。

環境問題や人権問題についても、企業が社会からどのように評価されるかがブランド価値や採用力、資金調達などに影響する時代になっています。

企業と社会の境界が以前よりも曖昧になっているのです。

ビジネスラウンドテーブルの転換

ステークホルダー資本主義を考えるうえで象徴的な出来事が、2019年の米国ビジネス・ラウンドテーブルによる企業の目的に関する声明です。

ビジネス・ラウンドテーブルは米国を代表する大企業の経営者によって構成される団体です。

同団体は従来、企業は基本的に株主のために存在するという考え方を示していました。

ところが2019年の声明では、企業が価値を提供する対象として、顧客、従業員、取引先、地域社会、そして株主を掲げました。

株主だけではなく、幅広いステークホルダーに価値を提供することを企業の目的として明確にしたのです。

この声明は、米国企業が株主第一主義から完全に離れたことを意味するものではありません。

実際の経営では株主利益が依然として極めて重要です。

それでも、企業の目的を考える対象が株主だけではないと米国を代表する経営者団体が表明したことには大きな象徴的意味がありました。

ステークホルダー資本主義にも難しさがある

もっとも、ステークホルダー資本主義には難しい問題があります。

それは、

「誰の利益をどこまで重視するのか」

という問題です。

株主利益であれば、利益や株価、配当など比較的分かりやすい指標があります。

ところがステークホルダーは多数存在します。

株主は配当を増やしてほしい。

従業員は賃金を上げてほしい。

顧客は価格を下げてほしい。

取引先は仕入れ価格を上げてほしい。

地域社会は環境対策を強化してほしい。

これらすべてを同時に満たすことは簡単ではありません。

むしろ、それぞれの要求が対立することの方が多いでしょう。

そのためステークホルダー資本主義では、経営者がどのステークホルダーをどの程度重視するのかという判断が非常に重要になります。

経営者の裁量が大きくなりすぎる問題

もう一つ注意したいのが、経営者の裁量です。

「すべてのステークホルダーを大切にします」

と言えば聞こえはよいでしょう。

しかし経営目標が曖昧になれば、経営者が自分に都合のよい説明をする余地も広がります。

業績が悪化しても、

「従業員を大切にした結果です」

「社会貢献を優先しました」

と説明できてしまう可能性があります。

だからこそステークホルダー資本主義では、単に幅広い関係者を重視すると宣言するだけでは不十分です。

どのような価値を生み出すのか。

どの指標で成果を確認するのか。

社会的価値と経済的価値が衝突したとき、どのように判断するのか。

こうした経営の仕組みまで整える必要があります。

パーパス経営とどうつながるのか

ここで重要になるのがパーパスです。

ステークホルダーが増えるほど、企業はさまざまな要求に直面します。

そこで、

「そもそも私たちの企業は何のために存在するのか」

という判断軸が必要になります。

これがパーパスです。

例えば環境問題の解決を企業の存在意義としているのであれば、短期的な利益が減ったとしても環境投資を優先するという判断が考えられます。

一方、すべての社会問題に対応する必要はありません。

自社のパーパスに照らして、取り組む課題と取り組まない課題を選択することも必要です。

ステークホルダー資本主義が、

「誰に価値を提供するのか」

という問いだとすれば、パーパス経営は、

「なぜその価値を提供するのか」

という問いだと考えることができます。

両者は非常に密接につながっています。

株主を軽視する経営ではない

最後に重要なのは、ステークホルダー資本主義は株主を軽視する考え方ではないということです。

株主も重要なステークホルダーの一人です。

企業が継続的に赤字を出し、資本を失い続ければ、社会貢献も雇用維持もできません。

利益を上げることは企業が存続するための重要な条件です。

したがって本当の課題は、

「株主か社会か」

ではありません。

従業員、顧客、取引先、地域社会などとの良好な関係を築くことで、長期的な企業価値をどのように高めるのか。

そこにステークホルダー資本主義の本質があります。

結論

ステークホルダー資本主義とは、企業を株主だけのものとして考えるのではなく、従業員、顧客、取引先、地域社会など幅広い利害関係者との関係から経営を考える考え方です。

背景には、短期的な利益だけでは企業の持続的な成長を説明できなくなってきたことがあります。

人材、サプライチェーン、顧客からの信頼、環境、地域社会との関係なども、長期的な企業価値を左右します。

ただし、多くのステークホルダーを重視すれば、それだけ経営判断は複雑になります。

誰を優先するのか。

利益と社会的価値が衝突したときにどうするのか。

その判断軸として重要になるのがパーパスです。

株主第一主義からステークホルダー資本主義への変化は、単に企業が社会貢献を増やすという話ではありません。

「企業は誰のために、そして何のために存在するのか」

という企業経営の根本そのものを問い直す動きだと考えることができるでしょう。

参考

日本経済新聞 2026年8月10日朝刊
エコノミクス トレンド
企業のパーパスを再考する
若林直樹・京都大学教授

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