コンサルタントの暗黙知とは何か 生成AIはベテランの経験まで学習できるのか編

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生成AIの活用が広がる中で、コンサルティング会社が持つ知識の価値が改めて注目されています。

報告書や提案資料、業界データなど、文章や数字として残されている情報はAIが扱いやすい知識です。

しかし、ベテランコンサルタントが長年の経験から身につけた勘所は、それほど簡単ではありません。

顧客の表情を見て提案の順番を変える。

経営者の一言から本当の問題を察する。

数字上は合理的な改革でも、この会社では実行できないと判断する。

こうした経験に基づく知識を暗黙知といいます。

生成AIがコンサルタントの暗黙知まで利用できるようになれば、個人の経験を会社全体で共有できる可能性があります。

一方で、そもそも言葉になっていない知識をAIに学ばせられるのかという難しい問題もあります。

暗黙知とは何か

人間が持つ知識は、大きく形式知と暗黙知に分けて考えることができます。

形式知とは、文章や数字、図表などによって表現できる知識です。

業務マニュアル。

報告書。

提案資料。

契約書。

統計データ。

社内規程。

こうしたものは形式知です。

他人に説明したり、保存したり、検索したりしやすい特徴があります。

これに対して暗黙知とは、経験を通じて身につけているものの、完全には言葉で説明しにくい知識です。

熟練者の勘や判断、仕事のコツなどが代表例です。

コンサルタントには大量の暗黙知がある

経験豊富なコンサルタントは、教科書に書かれていない多くの知識を持っています。

例えば経営者への提案です。

同じ内容を説明する場合でも、すべての経営者に同じ話し方をするわけではありません。

数字から説明した方がよい経営者もいます。

最初に結論を聞きたい人もいます。

リスクから説明した方が納得する人もいます。

複数の選択肢を提示して自分で決めたい人もいます。

こうした違いを、経験豊富なコンサルタントは相手との会話や過去の経験から判断します。

この判断を完全なマニュアルにするのは困難です。

暗黙知だからです。

企業改革では数字だけでは判断できない

暗黙知が特に重要になるのが、企業改革です。

例えばAIによる分析で、ある事業から撤退すべきだという結論が出たとします。

数字だけを見れば合理的かもしれません。

しかし、その事業が創業以来の中核事業かもしれません。

担当役員が強い影響力を持っているかもしれません。

重要顧客との関係に影響するかもしれません。

撤退すると社員の士気が大きく低下するかもしれません。

経営判断では、数字だけでは表現できない要素が大量に存在します。

経験豊富なコンサルタントは、こうした事情を踏まえて、何をどの順番で進めるべきかを判断します。

ここに暗黙知の価値があります。

これまで暗黙知は個人についていた

暗黙知には企業経営上の問題があります。

個人に依存しやすいことです。

優秀なパートナーが20年間かけて身につけた経験があるとします。

その人が会社にいる間は、周囲のコンサルタントが相談できます。

しかし退職すれば、その知識の多くが会社から失われる可能性があります。

もちろん後輩へ指導することで一部は伝えられます。

それでも、長年の経験をすべて移転することは困難です。

コンサルティング会社にとって、優秀な人材が退職することは単なる一人分の労働力を失うことではありません。

長期間蓄積された知識まで失う可能性があるのです。

生成AIによって知識を会社へ残せる可能性

生成AIは、この問題を変える可能性があります。

例えばベテランコンサルタントが過去に作った提案資料や報告書が大量に保存されているとします。

そこには、

どの問題を重要視したのか。

どのような分析をしたのか。

どの選択肢を採用したのか。

どのような説明を顧客にしたのか。

といった情報が残っています。

AIがこれらの情報を利用できれば、新しい案件でも過去の知識を検索しやすくなります。

若手コンサルタントが、過去の類似案件についてAIに質問することも可能になります。

個人の経験の一部を組織全体で再利用できるわけです。

提案資料そのものより判断理由が重要

ただし、過去の資料を大量にAIへ与えるだけでは十分ではありません。

完成した資料には、最終的な結論しか残っていない場合があるからです。

本当に重要なのは、その結論に至るまでの判断です。

なぜA案ではなくB案を選んだのか。

なぜこの数字を重視したのか。

なぜ顧客への説明順序を変えたのか。

なぜ合理的に見える案を採用しなかったのか。

こうした判断理由が記録されていなければ、AIは結果だけを学ぶことになります。

暗黙知をAIで利用するためには、ベテランの思考過程をできるだけ言語化して残す必要があります。

ベテランへのインタビューも知的資産になる

そのため今後は、ベテラン社員の経験を意識的に記録する企業が増える可能性があります。

例えば案件終了後に、

最も難しかった判断は何だったのか。

当初の仮説はどこで変わったのか。

顧客が反対した理由は何だったのか。

成功した最大の要因は何だったのか。

もう一度行うなら何を変えるのか。

といった質問をします。

その回答を文章や音声として保存します。

こうした情報が蓄積されれば、単なる成功事例集ではなく、専門家の判断過程を記録した知識データベースになります。

生成AIは、その大量の情報から必要な事例を探すための入り口になります。

失敗した案件にも大きな価値がある

暗黙知を考えるうえでは、成功事例だけでは不十分です。

むしろ失敗した案件に重要な知識が含まれていることがあります。

なぜ改革が進まなかったのか。

なぜ経営者を説得できなかったのか。

なぜ想定した効果が出なかったのか。

なぜ現場から反発されたのか。

成功した提案書だけを保存していると、こうした知識は失われます。

AI時代には、失敗の理由まで組織の知的資産として蓄積することが重要になるでしょう。

何をすれば成功するかだけでなく、何をすると失敗するかを知っていることも専門家の価値だからです。

AIはベテランそのものにはなれない

それでも、AIがベテランコンサルタントを完全に再現できるとは限りません。

暗黙知の一部は、その場の状況と結び付いているからです。

会議室の空気。

相手の表情。

声の調子。

沈黙。

部門間の微妙な力関係。

経営者との過去のやり取り。

こうした情報は文書だけでは十分に残りません。

さらに、過去に正しかった判断が現在も正しいとは限りません。

市場環境や企業文化が変われば、同じ問題でも別の判断が必要になります。

AIは過去の経験を利用できますが、現在の状況でその経験をどう使うかという判断には人間の役割が残ります。

暗黙知をAIに入れることにはリスクもある

コンサルティング会社の知識をAIで利用する場合、情報管理も重要です。

コンサル会社が扱う情報には、顧客企業の機密情報が大量に含まれます。

M&A計画。

未公表の経営戦略。

新商品情報。

財務情報。

人事情報。

これらを不適切にAIへ入力することはできません。

ある顧客の情報が別の顧客への回答に利用されるようなことがあれば、重大な問題になります。

そのため、どの情報をAIが利用できるのかを厳格に管理する必要があります。

AIによる知識共有が進むほど、情報管理やアクセス権限の設計が重要になります。

個人の知識は誰のものなのか

さらに難しい問題があります。

コンサルタントが持つ知識は誰のものなのかという問題です。

会社で経験した案件から得た知識には、企業の情報とコンサルタント個人の経験が混在しています。

優秀なコンサルタントの思考方法までAIに取り込み、会社が長期間利用できるようになれば、個人の知識が会社の資産へ転換されることになります。

これはコンサル業界だけの問題ではありません。

税理士。

弁護士。

医師。

技術者。

営業担当者。

さまざまな専門職で同じ問題が起こり得ます。

AI時代には、社員が仕事を通じて身につけた知識をどこまで会社が利用できるのかという新しい論点が重要になるでしょう。

若手は会社中のベテランから学べるようになる

一方、AIによる暗黙知の共有には大きなメリットがあります。

従来、若手が学べる範囲は近くにいる先輩に大きく左右されていました。

優秀な上司と一緒に働けば多くを学べます。

しかし、その機会は限られています。

会社全体の過去案件やベテランの判断がAIから検索できるようになれば状況が変わります。

例えば若手が顧客から難しい質問を受けたとき、類似した問題を過去に経験した社内の専門家の考え方を確認できます。

東京の若手が海外拠点のベテランの知識を利用することも可能になります。

一人の師匠から学ぶ仕組みから、会社全体の経験から学ぶ仕組みへ変わる可能性があります。

コンサル会社の競争力は知識の蓄積量で決まる

AI時代には、コンサルティング会社の規模を見る物差しも変わるかもしれません。

何人のコンサルタントがいるのかだけではありません。

どれだけ多くの案件経験を蓄積しているのか。

その経験がどの程度整理されているのか。

AIがその知識をどこまで利用できるのか。

さらに、その知識を新しい案件へ応用できる専門家がいるのか。

こうした要素が重要になります。

大量の社員を抱えることより、大量の知識を再利用できることが競争力になる可能性があります。

知識を持つ人から知識を設計する人へ

コンサルタント自身の価値も変わります。

これまでは、多くの経験を積み、自分の頭の中に大量の知識を持つことが専門家としての強みでした。

AIによって会社全体の知識へ簡単にアクセスできるようになれば、単に知識を記憶しているだけでは差別化しにくくなります。

重要になるのは、

どの知識を使うべきか。

過去の事例を今回の企業へ適用できるのか。

AIが示した事例との違いは何か。

どの判断を採用すべきか。

を考える能力です。

知識そのものを持つ能力から、知識を組み合わせて判断する能力へ価値が移っていくわけです。

結論

暗黙知とは、文章やマニュアルとして完全には表現しにくい、経験を通じて身につけた知識や判断のことです。

コンサルタントの仕事には、こうした暗黙知が大量に存在します。

生成AIによって、過去の提案資料、案件記録、ベテランの判断理由などを検索し、再利用することが容易になれば、これまで個人に依存していた経験の一部を会社全体の知的資産へ変えられる可能性があります。

一方、完成した資料を大量にAIへ与えるだけでは、本当の暗黙知は残りません。

なぜその判断をしたのか。

なぜ別の選択肢を捨てたのか。

なぜ顧客が動いたのか。

こうした思考過程まで意識的に言語化して蓄積する必要があります。

それでも、会議室の空気や人間関係、その場で感じる違和感まで完全にデータ化することは難しいでしょう。

AIがベテランの経験を利用できるようになっても、過去の知識を現在の状況に合わせて判断する人間の役割は残ります。

AI時代のコンサル会社で重要になるのは、優秀な人材を採用することだけではありません。

優秀な人材が生み出した知識を、個人の頭の中だけで終わらせず、次の世代が利用できる形で残すことです。

人材を抱える会社から、経験を蓄積し続ける会社へ。

生成AIは、コンサルティング会社の競争力そのものを変える可能性があります。

参考

日本経済新聞 2026年8月 AIでコンサルもう不要?(下)代替される危機感ない

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