カスタマーハラスメントは、顧客と従業員の間だけで起きる問題ではありません。
顧客から暴言や脅迫を受けている従業員を会社が放置した場合、会社自身の責任が問題になる可能性があります。
そこで重要になるのが安全配慮義務です。
企業には、従業員が生命や身体などの安全を確保しながら働けるよう、必要な配慮をすることが求められています。
2026年10月1日から企業にカスハラ対策が義務付けられることで、
顧客がやったことだから会社には責任がない
という考え方では対応できなくなります。
カスハラを防ぐことだけではなく、問題を把握した会社がどのように従業員を守ったのかが重要になります。
安全配慮義務とは何か
安全配慮義務とは、従業員が生命や身体などの安全を確保しながら働けるよう、使用者が必要な配慮をする義務です。
労働契約法では、使用者は労働契約に伴い、労働者がその生命や身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をするものとされています。
ここでいう安全は、工場で事故を起こさないようにするといった物理的な安全だけを意味するものではありません。
従業員が働く過程で心身に深刻な影響を受けることを防ぐことも重要になります。
そのため、職場のハラスメントや過重労働などと安全配慮義務との関係が問題になる場合があります。
カスハラについても、従業員が顧客から深刻な被害を受けていることを会社が把握しながら適切な対応を取らなければ、安全配慮義務との関係が問題になる可能性があります。
カスハラをしたのは顧客でも会社の問題になる
カスハラで特徴的なのは、問題となる行為をするのが会社の上司や同僚ではなく、顧客や取引先など社外の人だということです。
そのため企業側には、
会社が暴言を言ったわけではない
顧客の行動までは管理できない
という感覚があるかもしれません。
確かに企業がすべての顧客の行動を完全に防ぐことはできません。
しかし、カスハラが発生する可能性がある職場で、企業が何の対策も講じなくてよいということにはなりません。
顧客からの暴言が繰り返されていることを把握していた。
同じ顧客から何度も問題が起きていた。
従業員から会社へ相談があった。
それにもかかわらず会社が対応せず、同じ従業員に顧客対応を続けさせた。
このような場合には、会社が従業員を守るために必要な対応を取ったのかが問われることになります。
会社はすべてのカスハラを防げるわけではない
安全配慮義務があるからといって、企業がカスハラを一件も発生させてはいけないという意味ではありません。
店舗やコールセンターなどでは、不特定多数の顧客と接します。
企業が十分な対策をしていても、突然顧客が暴言を吐いたり、暴力を振るったりする可能性はあります。
重要なのは、
カスハラが発生したかどうか
だけではありません。
企業がどのようなリスクを把握し、どのような予防策を講じ、発生後にどのような対応を取ったのかという点です。
企業に求められるのは、すべてのトラブルを完全に防ぐことではなく、合理的に必要な対策を講じることだと考える必要があります。
従業員から相談を受けた後の対応が重要になる
安全配慮義務との関係で特に重要になるのが、会社がカスハラを認識した後の対応です。
たとえば従業員から、
特定の顧客から毎日のように電話がかかってくる
人格を否定する暴言を受けている
店外で待ち伏せされている
SNSで自分の名前を出されている
といった相談を受けたとします。
この段階で会社は問題の存在を認識します。
それにもかかわらず、
お客様なのだから我慢してください
もう少し様子を見てください
あなたの接客にも問題があるのではないですか
として何も対応しなければ、従業員の被害が拡大する可能性があります。
相談を受けた後は、事実関係を確認し、必要な保護措置を検討することが重要です。
担当者を交代することも安全配慮になる
カスハラ対策では、必ずしも顧客との関係を直ちに終了する必要があるわけではありません。
まず従業員を顧客対応から外す方法があります。
たとえば、
担当者を上司へ交代する
本社のお客様相談室が対応する
複数人で対応する
特定の従業員への直接連絡を禁止する
といった方法です。
従業員本人が対応を続ける必要がなくなるだけでも、心理的な負担を軽減できる場合があります。
会社が顧客対応を組織として引き取ることは、重要な従業員保護策になります。
危険があれば顧客対応より安全を優先する
カスハラの中には、単なる暴言を超えて身体的な危険につながるケースもあります。
顧客が暴力を振るう。
物を投げる。
危害を加えると脅す。
店内で暴れ続ける。
従業員を待ち伏せする。
こうしたケースでは、通常の接客を続けることより従業員や周囲の人の安全確保を優先する必要があります。
警察への通報や避難などを検討することになります。
そのため企業は、
どのような場合に警察へ通報するのか
誰が通報するのか
従業員はどこへ避難するのか
といったルールを事前に決めておくことが重要です。
緊急時に現場の従業員へ判断を丸投げしないことも安全配慮の一つです。
損害賠償問題につながる可能性もある
企業が必要な安全配慮を怠った結果、従業員に損害が生じれば、損害賠償をめぐる紛争につながる可能性があります。
たとえば会社が深刻なカスハラを把握しながら適切な対応を取らず、従業員が被害を受け続けたような場合です。
実際に会社の法的責任が認められるかどうかは、個別の事情によって判断されます。
どのようなカスハラだったのか。
会社は問題を把握していたのか。
被害を予測できたのか。
どのような対策を取ったのか。
従業員から相談があった後に何をしたのか。
こうした事情が重要になります。
だからこそ、カスハラ対策を単なる接客マニュアルの問題としてではなく、労務管理や企業リスクの問題として考える必要があります。
会社が記録を残すことが重要になる
安全配慮義務との関係でも、カスハラの記録は重要です。
いつ相談があったのか。
どのような言動があったのか。
会社はいつ事実確認をしたのか。
誰が対応方針を決めたのか。
担当者を交代したのか。
顧客へどのような警告をしたのか。
警察や弁護士などへ相談したのか。
こうした経緯を記録します。
記録がなければ、後になって会社がどのような対応をしたのか確認できなくなる可能性があります。
また、同じ顧客による問題が再発した場合にも、過去の記録が重要な判断材料になります。
記録は会社を守るためだけではない
カスハラ対応の記録というと、将来の訴訟に備えて会社を守るためのものと考えがちです。
しかし、それだけではありません。
記録を蓄積することで、
どの店舗でカスハラが多いのか
どのような要求が多いのか
どの段階で対応が長時間化しているのか
どのようなケースで従業員の負担が大きいのか
を分析できます。
その結果、
商品説明を改善する
責任者への引き継ぎを早める
人員配置を見直す
研修内容を変更する
といった予防策につなげることができます。
記録は、カスハラ対策を改善するための経営情報でもあります。
カスハラ対策義務化で会社の責任が明確になる
2026年10月からカスハラ対策が法律上義務付けられることで、企業にはより明確に組織的な対応が求められます。
会社としての方針を示す。
相談体制を整備する。
発生した場合には迅速に事実確認する。
被害を受けた従業員へ配慮する。
再発防止策を講じる。
こうした仕組みを整えることが重要になります。
これまで、
顧客対応は現場の仕事
と考えていた企業ほど、考え方を変える必要があります。
カスハラは接客担当者個人の問題ではなく、企業の雇用管理の問題でもあるからです。
従業員を守ることは経営を守ることでもある
安全配慮義務への対応は、単に損害賠償リスクを避けるためだけのものではありません。
カスハラを放置すれば、従業員の休職や離職につながる可能性があります。
さらに、
あの会社は従業員を守ってくれない
という認識が社内に広がれば、ほかの従業員の働く意欲にも影響します。
採用にも悪影響を与える可能性があります。
反対に、
困ったときには会社が対応してくれる
という信頼があれば、従業員は安心して顧客対応に取り組みやすくなります。
従業員を守ることは、結果として企業のサービスや事業そのものを守ることにつながります。
結論
カスハラを行うのは顧客や取引先など社外の人であっても、企業が従業員を守る責任と無関係になるわけではありません。
企業には、従業員が安全を確保しながら働けるよう必要な配慮をすることが求められています。
特に重要なのは、会社がカスハラの存在を把握した後です。
相談を受けたにもかかわらず放置する。
同じ顧客への対応を被害を受けた従業員に続けさせる。
暴力などの危険があるのに現場だけで対応させる。
こうした状態を避けるため、相談、報告、担当者交代、対応終了、警察への通報などのルールをあらかじめ整えておく必要があります。
そして、会社がいつ問題を把握し、どのような対応を取ったのかを記録として残すことも重要です。
2026年10月からのカスハラ対策義務化によって、
顧客との問題は担当者が何とかする
という従来型の発想は一段と通用しにくくなります。
顧客対応を続けることより、従業員を守ることを優先しなければならない場面もあります。
カスハラと安全配慮義務を考えることは、会社が従業員をどこまで組織として守るのかを考えることでもあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 カスハラ対策に企業奔走
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 官民で広がるサポート
厚生労働省 2026年2月26日 事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針