カスタマーハラスメント対策を考えるとき、企業にとって難しい問題の一つが、悪質な顧客へのサービス提供をどこまで続けなければならないのかという点です。
顧客から暴言を受けても接客を続けなければならないのか。
何度注意しても迷惑行為を繰り返す顧客の利用を断ることはできるのか。
従業員への脅迫や暴力があった場合でも、お客様だからという理由で対応しなければならないのか。
2026年10月1日から企業にカスハラ対策が義務付けられることで、こうした問題を現場の従業員だけに判断させることは難しくなります。
重要なのは、顧客だから無条件にサービスを提供し続けなければならないと考えるのではなく、正当なクレームと悪質な行為を区別し、企業として対応方針を決めておくことです。
企業にはすべての顧客へサービスを提供する義務があるのか
一般的な商取引では、企業があらゆる顧客からの要求を無条件に受け入れなければならないわけではありません。
企業と顧客との間では、契約の内容やそれぞれの業種に適用される法律などに基づいて権利と義務が生じます。
そのため、すでに契約が成立している場合と、これから商品やサービスを提供する場合でも状況は異なります。
さらに、交通、宿泊、医療など、公共性が高かったり個別の法律による規制があったりする業種では、サービス提供を拒否できる条件について特別なルールが存在する場合があります。
したがって、
カスハラだから自由に取引を拒否できる
と単純に考えることはできません。
一方で、顧客であることを理由として、暴力や脅迫、著しい迷惑行為まで企業が受け入れなければならないわけでもありません。
まず正当なクレームかどうかを確認する
サービス提供を拒否する前に重要なのが、顧客の要求内容を確認することです。
たとえば購入した商品に欠陥があった場合、顧客が交換や返金を求めることには合理性があります。
企業側の説明不足によって顧客に不利益が生じていれば、説明や謝罪を求められることもあるでしょう。
こうした正当な要求について、
強い口調で苦情を言われたからカスハラだ
として対応を拒否することは適切ではありません。
まず、
企業側に問題があったのか
顧客の要求に合理性があるのか
契約上どのような対応が必要なのか
を確認します。
カスハラ対策と通常のクレーム対応を混同しないことが重要です。
要求内容が正当でも行為まで許されるわけではない
一方、顧客の要求内容が正当だからといって、どのような要求方法でも許されるわけではありません。
企業側に明らかなミスがあったとしても、
従業員へ暴力を振るう
人格を否定する暴言を繰り返す
危害を加えると脅す
長時間にわたり従業員を拘束する
土下座を強要する
従業員個人を撮影してSNSへの投稿をほのめかす
といった行為まで正当化されるものではありません。
ここでは、
何を要求しているのか
と
どのように要求しているのか
を分けて考える必要があります。
商品交換という要求には応じながら、暴言についてはやめるよう求めるという対応もあり得ます。
いきなりサービスを拒否するとは限らない
カスハラの疑いがある行為が発生した場合でも、直ちにサービス提供を永久に拒否するという対応だけが選択肢ではありません。
行為の程度に応じて段階的に対応することが考えられます。
まず顧客の要求内容を確認します。
そのうえで暴言などがあれば、行為をやめるよう求めます。
それでも続く場合には、責任者へ対応を交代します。
さらに改善されなければ、これ以上の対応はできないことを伝えます。
それでも暴力や脅迫などが続く場合には、対応を終了し、必要に応じて警察への通報などを検討します。
このように段階を設けておけば、従業員がその場の感情だけでサービスを拒否したという問題も避けやすくなります。
警告のルールを決めておく
企業が悪質な顧客への対応を打ち切る場合、重要になるのが事前の警告です。
たとえば、
そのような発言はお控えください
同じ行為が続く場合には対応を終了します
ほかのお客様にも影響がありますので退店をお願いします
といった形で、問題となっている行為と、その行為が続いた場合の対応を明確にします。
これによって顧客にも行動を改める機会を与えることができます。
同時に企業側としても、
注意したにもかかわらず行為が続いた
という経緯を記録できます。
ただし、暴力など安全に関わる重大な行為では、段階的な警告よりも従業員や周囲の安全確保を優先する必要があります。
対応を打ち切る基準を会社として決める
現場の従業員にとって最も判断しにくいのが、
いつまで顧客対応を続けるのか
という問題です。
そこで企業が対応終了の基準をあらかじめ決めておくことが重要です。
たとえば、
必要な説明を繰り返しても同じ要求が続く
暴言をやめるよう求めても改善されない
通常の業務に重大な支障が出るほど対応が長時間化している
従業員やほかの顧客の安全が脅かされている
合理的な理由のない要求が繰り返される
といったケースです。
そして、
担当者
管理職
本社
というように判断権限を段階的に設定しておけば、現場の従業員だけに責任を負わせずに済みます。
今後の利用を断る場合はより慎重な判断が必要になる
その場の対応を終了することと、今後一切の利用を断ることは同じではありません。
一度のトラブルを理由として将来にわたって取引を拒否する場合には、より慎重な判断が必要になります。
過去にどのような行為があったのか。
会社は何度注意したのか。
同じ行為が繰り返されているのか。
従業員の安全にどの程度の危険があるのか。
契約や業界特有の法律上の問題はないのか。
こうした事情を確認します。
特に継続的な契約関係がある顧客については、契約解除の条件などを確認する必要があります。
重大なケースでは、弁護士など専門家へ相談したうえで判断することも考えられます。
顧客差別にならないための注意も必要になる
カスハラ対策を理由に、企業が恣意的に顧客を排除することは避けなければなりません。
判断すべきなのは、
その人がどのような人なのか
ではなく、
どのような行為をしたのか
です。
年齢、性別、国籍、障害の有無など、顧客の属性を理由としてサービス提供を拒否することとは区別する必要があります。
特に障害のある人への対応では、障害者差別解消法に基づく合理的配慮との関係にも注意が必要です。
コミュニケーションの方法に特別な配慮が必要なことと、カスハラに該当する行為とは別に考える必要があります。
カスハラ対策を顧客差別の口実にしてはいけません。
サービス拒否の方針を事前に示す方法もある
企業によっては、カスハラに対する基本方針をホームページや店舗のポスターなどで顧客へ示しています。
たとえば、
暴力
脅迫
従業員への人格否定
長時間拘束
無断撮影
過度な要求
などについて、悪質な場合にはサービス提供を断ったり、警察へ通報したりする可能性があることを事前に伝えます。
これは実際に問題が発生したときだけのためではありません。
顧客に、
この会社ではこうした行為は認められない
と知らせる抑止効果も期待できます。
同時に従業員に対しても、会社が自分たちを守るという姿勢を示すことになります。
記録を残すことが重要になる
サービス提供を拒否するような重大な判断をする場合には、対応記録を残しておくことが重要です。
いつ問題が起きたのか。
顧客は何を要求したのか。
どのような言動があったのか。
会社はどのような説明をしたのか。
何回注意したのか。
誰が対応終了を判断したのか。
こうした記録を残します。
電話録音や防犯カメラの映像などが事実確認に役立つ場合もあります。
同じ顧客から再び連絡があった場合にも、過去の対応記録があれば会社として一貫した対応を取りやすくなります。
サービスを断ることは従業員を守る選択肢でもある
従来の接客では、
お客様は大切にしなければならない
という考え方が強くありました。
もちろん顧客を大切にすることは企業経営の基本です。
しかし、それは従業員が暴言や暴力を無制限に受け入れるという意味ではありません。
悪質な顧客一人への対応に何時間も費やせば、ほかの顧客へのサービスにも影響します。
従業員が疲弊して休職や退職につながれば、企業全体のサービス提供能力そのものが低下します。
場合によっては、一人の悪質な顧客との取引を断ることが、多くの従業員や顧客を守ることにつながります。
結論
カスハラが発生したからといって、企業が自由にすべてのサービス提供を拒否できるわけではありません。
正当なクレームには誠実に対応し、契約関係や業種ごとの法律上のルールにも配慮する必要があります。
一方で、顧客だからという理由で暴力や脅迫、長時間拘束、人格を否定する暴言などまで企業が受け入れなければならないわけでもありません。
重要なのは、
顧客の要求内容に合理性があるか
要求方法が社会通念上許容される範囲なのか
注意しても問題行為が続いているのか
従業員やほかの顧客の安全に影響しているのか
を確認し、会社として判断することです。
そして、警告、責任者への交代、対応終了、将来のサービス提供拒否というように、段階的な対応基準をあらかじめ決めておくことが重要です。
2026年10月からのカスハラ対策義務化では、顧客を大切にすることと従業員を守ることを対立させるのではなく、両方を守るためのルールづくりが企業に求められます。
悪質な行為に対してサービス提供を断るという判断も、そのための重要な選択肢の一つになるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 カスハラ対策に企業奔走
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 官民で広がるサポート
厚生労働省 2026年2月26日 事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針