スタートアップには、優れた技術やサービスがあっても銀行からお金を借りにくいという問題があります。
理由の一つは、土地や建物など担保にできる資産をあまり持っていないことです。
設立直後なら十分な利益実績もありません。
成長のために先行投資をしている企業では、赤字になっていることもあります。
一方で、スタートアップの価値は不動産だけで決まるわけではありません。
技術、知的財産、ソフトウエア、ブランド、顧客基盤、データ、そして人材などが競争力の源泉になっている企業があります。
2026年5月に始まった企業価値担保権は、こうした事業全体の価値を踏まえて融資する仕組みです。
そのため不動産を持たない成長企業の新しい資金調達手段としても注目されます。
スタートアップの資産構造には特徴がある
昔ながらの製造業を考えると、会社が工場や土地、機械などを所有している場合があります。
こうした資産は銀行融資の担保として利用しやすいものです。
一方、スタートアップでは事情が違います。
オフィスは賃貸です。
工場を持っていません。
サービスはインターネット上で提供します。
大きな設備もありません。
会社の重要な資産が、技術やソフトウエア、データ、人材などに集中している場合があります。
事業に大きな成長可能性があっても、不動産担保という視点では評価しにくいのです。
土地を持っていないことと会社に価値がないことは違う
例えば同じ売上高1億円の会社が2社あるとします。
A社は土地や工場を持っています。
B社は土地を持っていませんが、独自のソフトウエアを開発し、利用者が急速に増えています。
不動産担保だけを基準にすればA社の方が融資を受けやすくなる可能性があります。
しかし将来どちらの会社が大きな利益を生み出すかは別の問題です。
B社のサービスが成長し続ければ、大きなキャッシュフローを生み出す可能性があります。
企業価値を見る場合には、現在保有している資産だけでなく、将来稼ぐ力まで考える必要があります。
赤字でも企業価値がある場合がある
スタートアップは赤字だから価値がないとも限りません。
成長段階では、将来の売上を増やすために先行投資することがあります。
例えば売上高1億円なのに、研究開発や人材採用、広告などに1億5000万円を使えば赤字になります。
しかし、その投資によって数年後に売上高が5億円、10億円へ増える可能性があるかもしれません。
もちろん必ず成功するわけではありません。
重要なのは、現在の赤字が事業そのものの不振によるものなのか、それとも将来成長するための先行投資によるものなのかを区別することです。
知的財産が価値になる
スタートアップでは、特許などの知的財産が競争力の源泉になる場合があります。
例えば他社には簡単にまねできない技術について特許を持っている企業を考えます。
現在の売上はまだ小さくても、その技術が将来幅広い製品に使われれば大きな収益につながる可能性があります。
ただし特許を持っているだけで価値があるとは限りません。
その技術に市場があるのか。
競合技術より優れているのか。
製品化できるのか。
顧客がお金を払うのか。
こうした点まで確認する必要があります。
企業価値の評価では、知的財産の数ではなく、それをどのように収益へつなげるかが重要です。
人材も重要な価値になる
スタートアップでは人材が企業価値を大きく左右することがあります。
創業者に独自の技術力があります。
優秀なエンジニアがいます。
業界に詳しい営業担当者がいます。
新しい製品を開発できるチームがあります。
こうした人材は土地や建物のように会社が所有できる資産ではありません。
従業員は会社を退職することもできます。
それでも、その人材が集まって生み出す技術やノウハウは会社の将来性を判断するうえで重要です。
銀行には、組織として競争力を維持できるかまで見る力が求められます。
顧客基盤も企業価値を生む
すでに多くの利用者を持つスタートアップでは、その顧客基盤にも価値があります。
例えば毎月一定料金を支払う顧客が1万人いるサービスを考えます。
毎月継続して利用する顧客が多ければ、将来の売上をある程度予測しやすくなります。
反対に顧客が頻繁に離れていくサービスなら、現在の売上が大きくても将来性には不安があります。
そのため、
顧客数
継続率
解約率
顧客単価
新規顧客の獲得状況
なども事業価値を考える材料になります。
決算書だけでは分からない情報です。
ブランドも成長力につながる
ブランドも無形の企業価値です。
参考記事では、クラフトジンを製造するコカゲが企業価値担保権を利用しています。
コカゲは2022年に設立された比較的新しい企業です。
2024年に蒸留所を開設し、飲食や宿泊などへ事業を広げる計画を進めています。
同社の経営者は、決算書だけでなくブランドを評価してもらえる仕組みであることを企業価値担保権の利点として挙げています。
設立から年数が浅い企業では過去の決算実績が十分ではありません。
だからこそ、その会社が何を強みにして将来売上を増やすのかを見る必要があります。
スタートアップは株式で資金調達することが多い
スタートアップの代表的な資金調達方法には、投資家から出資を受ける方法があります。
投資家へ株式を発行し、その代わりに資金を受け取ります。
この方法には、銀行融資のように毎月元本を返済する必要がないという利点があります。
赤字の成長企業にとって大きなメリットです。
一方、新しい株式を発行すると既存株主の持分割合が低下する場合があります。
創業者の議決権割合が下がることもあります。
そのため会社の成長段階や資金の使い道によって、出資と融資を使い分けることが重要です。
銀行融資という選択肢が増える意味
企業価値担保権によってスタートアップが銀行融資を利用しやすくなれば、資金調達の選択肢が増えます。
例えば会社が1億円必要だとします。
すべてを株式発行によって調達する方法があります。
一部を出資で調達し、残りを銀行融資で調達する方法もあります。
十分なキャッシュフローが見込める企業なら、借入金を利用することで創業者などの株式持分の希薄化を抑えられる可能性があります。
出資か借入れかという二者択一ではありません。
企業の成長段階に応じて組み合わせることができます。
すべてのスタートアップが借りられるわけではない
ただし、企業価値担保権がスタートアップ向けの簡単な融資制度というわけではありません。
土地がなくても借りられるということは、何も評価せずに貸すという意味ではないからです。
むしろ金融機関には難しい判断が求められます。
その市場は本当に成長するのか。
技術に競争力があるのか。
顧客は増えるのか。
経営者には計画を実行する能力があるのか。
いつ黒字化するのか。
将来どれだけキャッシュフローを生み出せるのか。
銀行はこうした点を詳しく確認する必要があります。
返済できることが融資の前提になる
スタートアップの企業価値が高くても、銀行融資である以上、最終的には返済できることが重要です。
例えば将来大きな企業価値になる可能性があっても、今後何年間もキャッシュフローが生まれない事業では借入金を返済することが難しくなります。
こうした企業では株式による資金調達の方が適している場合があります。
一方、すでに顧客が増えていて、近い将来安定したキャッシュフローを見込める企業なら銀行融資を利用できる余地が大きくなります。
企業価値があることと融資返済能力があることは、完全に同じではありません。
銀行の目利き力が問われる
スタートアップへの企業価値担保権を使った融資では、銀行の目利き力が特に重要になります。
不動産なら、周辺の取引価格などから一定の評価をしやすい面があります。
しかし新しい技術やサービスの将来価値を評価するのは簡単ではありません。
数年後に大きく成長する可能性があります。
反対に競合企業が登場し、急速に価値を失う可能性もあります。
金融機関には財務分析だけでなく、技術、市場、ビジネスモデルなどを理解する能力が必要になります。
融資後のモニタリングも重要になる
スタートアップは事業環境が短期間で変化することがあります。
そのため融資時点で企業価値を評価して終わりにはできません。
顧客数は計画通り増えているか。
新商品の開発は進んでいるか。
資金の消費速度は予定通りか。
黒字化の時期は遅れていないか。
主要人材が退職していないか。
こうした状況を継続的に確認する必要があります。
問題を早く把握できれば、企業と金融機関が対応策を考える時間も確保できます。
企業価値担保権と伴走支援が密接につながる理由です。
結論
企業価値担保権は、不動産などの有形資産をあまり持たないスタートアップにとって、新しい資金調達の可能性を広げる仕組みです。
スタートアップの価値は土地や建物だけでは決まりません。
技術。
知的財産。
ソフトウエア。
ブランド。
顧客基盤。
ノウハウ。
人材。
こうした無形の要素が将来のキャッシュフローにつながる場合があります。
従来の不動産担保を中心とした融資では評価しにくかった企業でも、事業全体の価値を評価することで銀行融資につながる可能性があります。
ただし、成長可能性があるだけで融資を受けられるわけではありません。
銀行融資である以上、最終的には事業から現金を生み出し、元本と利息を返済する必要があります。
そのため企業価値担保権が特に力を発揮するのは、無形資産を強みに成長しており、将来のキャッシュフローを具体的に説明できる企業だと考えられます。
土地をどれだけ持っているかではなく、その会社がこれからどれだけ価値を生み出せるのかを見る。
企業価値担保権は、スタートアップと銀行との関係をその方向へ変えていく可能性を持っているのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月2日朝刊 小さくても勝てる 企業価値担保に借り入れ 資産に頼らずブランド評価