日本基準からIFRSへ移行した企業の決算を見るとき、注意したいのが単純な前年比較です。
売上高が増えた。
営業利益が増えた。
純資産が減った。
ROEが上がった。
こうした変化が見えても、それだけで企業の経営状態が改善した、あるいは悪化したとは判断できません。
会計基準そのものが変わっているからです。
IFRS移行によって、資産や負債の認識方法、のれん、リース、減損などの会計処理が変わります。
その結果、事業の実態がほとんど変わっていなくても財務諸表の数字が大きく動く場合があります。
IFRS移行企業を見るときには、少なくとも5つの数字を確認することが重要です。
1つ目は売上高
最初に確認したいのが売上高です。
売上高は企業の事業規模を見る基本的な数字です。
IFRS移行前後で売上高がどのように変化しているのかを確認します。
ただし、ここでも単純比較には注意が必要です。
取引によっては、企業が本人として商品やサービスを提供しているのか、代理人として取引を仲介しているのかによって、売上高の表示方法が変わる場合があります。
取引総額を売上高として計上するのか、手数料相当額だけを売上高とするのかによって、数字は大きく変わります。
そのため、IFRS移行によって売上高が減少していても、販売数量や顧客数まで減少したとは限りません。
まず会計上の表示変更がないかを確認する必要があります。
売上高は利益率とセットで見る
売上高だけでは企業の収益力は分かりません。
例えば売上高が1兆円から9,000億円へ減少していても、営業利益が500億円から600億円へ増加していれば、収益性は改善している可能性があります。
反対に売上高が増えていても、利益率が低下していれば必ずしも良い成長とはいえません。
IFRS移行企業では、売上高の変化と利益率の変化をセットで確認することが重要です。
2つ目は営業利益
次に確認したいのが営業利益です。
営業利益は本業の収益力を見る代表的な指標として利用されます。
しかし、IFRS移行では営業利益の数字が大きく変化することがあります。
代表的なのが、のれんです。
日本基準ではのれんを原則として20年以内の合理的な期間で規則的に償却します。
一方、IFRSでは毎期の規則的な償却を行いません。
そのため、これまで毎年100億円ののれん償却費を計上していた企業がIFRSへ移行すると、その費用がなくなることで利益が増える場合があります。
本業が改善したわけではなくても、営業利益が増加して見える可能性があります。
リースや減損も営業利益を動かす
リース会計の変更も営業利益に影響することがあります。
従来は賃借料として計上されていた費用が、IFRSでは使用権資産の減価償却費とリース負債の利息費用に分かれる場合があります。
さらに減損損失などの表示も営業利益に影響することがあります。
したがって、IFRS移行後に営業利益が増減している場合には、何が原因なのかを確認する必要があります。
3つ目は純資産
IFRS移行で特に大きく変化する可能性があるのが純資産です。
出光興産では、2025年4月1日のIFRS移行日時点で資産が約2,300億円減少する一方、負債が約2,400億円増加し、純資産が約4,700億円減少しました。
土地評価の見直しやリース負債の計上などが要因とされています。
このような大幅な純資産減少を見ると、企業の財務状態が急激に悪化したように感じるかもしれません。
しかし、IFRS移行時には資産や負債を新しい会計基準で評価し直します。
その結果として純資産が変化する場合があります。
重要なのは、純資産がいくら変化したのかではなく、なぜ変化したのかを見ることです。
純資産の調整項目を見る
純資産が大きく変化している場合には、その内訳を確認します。
減損によるものなのか。
みなし原価によるものなのか。
リース負債によるものなのか。
退職給付によるものなのか。
その他の会計処理によるものなのか。
IFRS移行時に開示される調整情報を見ることで、企業がどのような資産や負債を抱えているのかが見えてきます。
純資産の変化は、企業の財務構造を理解する重要な手掛かりです。
4つ目は有利子負債とリース負債
IFRS移行企業では、負債にも注目する必要があります。
特に重要なのがリース負債です。
店舗や事務所、倉庫、設備などを借りている企業では、将来支払うリース料を基礎とした金額がリース負債として貸借対照表に計上されます。
そのため、IFRS移行によって負債が大きく増えることがあります。
ただし、負債が増えたからといって、移行時に新たな銀行借入を行ったとは限りません。
以前から存在していた賃借契約上の支払義務が貸借対照表に表れた場合があります。
負債の増加理由を分けて考える
例えば、負債が1,000億円増加した企業があるとします。
銀行借入が1,000億円増加した場合と、既存のリース契約を認識した結果としてリース負債が1,000億円計上された場合では意味が異なります。
どちらも将来の支払義務ではありますが、その背景は違います。
IFRS移行企業では、有利子負債の総額だけでなく、その内訳を見る必要があります。
5つ目は営業キャッシュフロー
最後に確認したいのが営業キャッシュフローです。
IFRS移行前後の企業を比較するとき、キャッシュフローは非常に重要な情報になります。
会計基準が変わると利益の見え方は変化します。
しかし、商品の販売によって顧客から受け取る現金や、仕入先、従業員などへの実際の支払いが、会計基準の変更だけで突然増減するわけではありません。
そのため、利益が大きく変化しているときには、キャッシュフローと比較することで、その変化の実態を考えることができます。
利益が増えてもキャッシュフローが増えるとは限らない
例えばIFRS移行によってのれん償却費がなくなり、利益が100億円増加したとします。
しかし、のれん償却費はもともと現金支出を伴わない費用です。
したがって、利益が100億円増えても、それだけで営業キャッシュフローが100億円増えるわけではありません。
リース会計についても、損益計算書上の費用区分やキャッシュフロー計算書上の区分が変化する場合があります。
利益とキャッシュフローの両方を見ることが重要です。
5つの数字をつなげて考える
IFRS移行企業では、5つの数字を別々に見るのではなく、つなげて考えることが重要です。
売上高はどう変化したのか。
営業利益はどう変化したのか。
純資産はどう変化したのか。
有利子負債やリース負債はどう変化したのか。
営業キャッシュフローはどう変化したのか。
例えば営業利益が大きく増えている一方、売上高と営業キャッシュフローがほとんど変わっていなければ、会計処理の変更による影響が大きい可能性があります。
反対に売上高、営業利益、営業キャッシュフローがそろって増えているなら、本業の成長が背景にある可能性があります。
ROEは最後に確認する
この5つを確認したうえで見ると分かりやすいのがROEです。
ROEが上昇していても、利益が増えた結果なのか、純資産が減少した結果なのかによって意味が違います。
例えば利益が同じままでIFRS移行によって純資産が大幅に減少すれば、ROEは上昇します。
そのためROEだけを最初に見るのではなく、利益と純資産がそれぞれどのように変化したのかを確認することが重要です。
日本基準の数字とIFRSの数字をそのまま並べない
IFRS移行企業を見るときに最も注意したいのが、日本基準で作成された数字とIFRSで作成された数字をそのまま比較することです。
例えば2025年度が日本基準、2026年度がIFRSだった場合、単純な前年比だけでは事業の実態を把握しにくくなります。
企業が比較年度についてIFRSベースに組み替えた数字を開示している場合には、その数字を使って比較することが重要です。
同じ物差しで比較して初めて、企業の本当の変化が見えてきます。
調整表は必ず確認したい
IFRS移行時には、日本基準とIFRSとの差額を示す調整情報が開示されます。
ここには企業分析に役立つ情報が詰まっています。
利益がなぜ変化したのか。
資産がなぜ減少したのか。
負債がなぜ増加したのか。
純資産がなぜ変化したのか。
これらを確認することで、会計基準変更による影響と事業そのものの変化を分けて考えられます。
IFRS移行企業を見る場合、調整表は決算書本体と同じくらい重要な資料といえます。
結論
IFRS移行前後の決算を比較するときには、単純な前年比だけでは企業の実態を判断できない場合があります。
特に確認したいのは5つの数字です。
売上高。
営業利益。
純資産。
有利子負債とリース負債。
営業キャッシュフロー。
これらを組み合わせて見ることで、企業の変化が本業によるものなのか、会計基準変更によるものなのかを判断しやすくなります。
さらに、IFRS移行時の調整表を確認することが重要です。
決算書の数字が大きく変わったときに必要なのは、その数字だけを見て驚くことではありません。
なぜ変わったのかを確認することです。
IFRS移行は企業の決算を分かりにくくする面がありますが、逆に調整内容を丁寧に見ることで、その企業の資産、負債、収益構造をより深く理解する機会にもなるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 IFRS移行時の注目点