長寿社会が変える事業承継 経営者の高齢化と後継者問題

経営

人生100年時代の到来によって、中小企業の事業承継のあり方が大きく変わろうとしています。

日本では経営者の高齢化が進み、後継者不足が重要な経営課題となっています。

一方、健康寿命の延伸によって、70代や80代になっても経営の第一線で活躍する経営者が増える可能性があります。

長く経営を続けられることは、企業にとって必ずしも悪いことではありません。

経験豊富な経営者が長年の取引関係や経営ノウハウを生かし、企業の成長を支えることもあります。

しかし、経営者が健康であることと、事業承継の準備を先送りしてよいことは別の問題です。

経営者が高齢になるほど、突然の病気や判断能力の低下などによって、事業運営に支障が生じる可能性があります。

また、後継者候補が十分に育たないまま経営者の年齢が上がれば、企業の存続そのものが難しくなることも考えられます。

長寿社会における事業承継では、経営者が何歳まで働くかという問題と、いつ経営権を次世代へ移すかという問題を分けて考える必要があります。

今回は、経営者の高齢化が事業承継に与える影響と、企業を次世代へ引き継ぐための経営戦略について考えます。

経営者の長寿化は企業にとって機会でもある

経営者の高齢化というと、後継者不足や廃業の増加など、否定的な問題が注目されがちです。

しかし、長年の経営経験を持つ経営者には、企業にとって重要な強みがあります。

例えば、取引先との信頼関係、金融機関との関係、業界に関する知識、従業員の能力に対する理解などです。

こうした経営資源は、短期間で獲得できるものではありません。

また、過去の景気後退や金融危機、取引先の経営悪化などを経験した経営者は、危機への対応力を持っている場合があります。

長寿社会では、こうした経験を生かして、70代以降も企業経営に貢献することが可能になります。

ただし、経験が豊富であることと、すべての経営判断を一人で続けることは同じではありません。

経営環境が変化するなかでは、新しい技術や市場への対応が重要になります。

経験豊富な経営者の判断力と、次世代経営者の新しい発想を組み合わせることが、企業の成長につながる可能性があります。

長寿社会では、経営者が長く活躍できることを、事業承継の遅れではなく、次世代育成の機会として活用することが重要なのです。

経営者の高齢化と後継者不足は別の問題

経営者の高齢化と後継者不足は、密接に関係していますが、同じ問題ではありません。

経営者が80歳でも、後継者が育っており、経営権の移転計画が明確であれば、事業承継の準備は進んでいると考えられます。

一方、経営者が60歳でも、後継者候補が存在せず、経営ノウハウが本人に集中している場合には、事業承継上のリスクがあります。

重要なのは、経営者の年齢だけではなく、企業が経営者の交代に対応できる状態になっているかどうかです。

例えば、社長がすべての重要な取引先との交渉を担当し、資金繰りや設備投資の判断も一人で行っている企業があります。

この場合、社長が突然業務を継続できなくなると、企業活動に大きな影響が生じる可能性があります。

こうしたリスクを防ぐためには、重要な経営情報を共有し、後継者候補に段階的に権限を移す必要があります。

また、金融機関や取引先との関係も、社長個人だけに依存しない体制へと移行することが重要です。

事業承継とは、社長の肩書を引き継ぐことだけではありません。

企業が継続して経営できる仕組みを整えることなのです。

親族内承継の難しさが増している

中小企業の事業承継では、子どもなどの親族が後継者となる方法が従来から重要な役割を果たしてきました。

しかし、少子化や職業選択の多様化によって、親族内承継が難しくなる場合があります。

例えば、経営者の子どもが別の企業で働いており、家業を継ぐ意思を持っていないケースがあります。

また、子どもが複数いても、経営能力や本人の希望を踏まえると、適切な後継者が見つからない場合もあります。

親族内承継では、経営者の意向だけでなく、後継者本人の意思を尊重することが重要です。

さらに、経営権の承継と財産の承継を分けて考える必要があります。

例えば、会社の株式を後継者である長男に集中させる場合、他の相続人との公平性が問題になることがあります。

一方、株式を複数の相続人に分散させると、将来の経営判断が難しくなる可能性があります。

そのため、遺言や生前贈与、株式の集約などを含めた計画的な対応が必要です。

長寿社会では、経営者が元気なうちに家族間で十分に話し合い、経営と財産の承継方針を明確にすることが重要になります。

従業員承継という選択肢

親族に後継者がいない場合には、役員や従業員に事業を引き継ぐ方法があります。

従業員承継の利点は、後継者が企業の事業内容や組織文化を理解していることです。

また、取引先や従業員との関係を維持しやすい場合があります。

例えば、長年営業部門を担当してきた役員が社長に就任するケースがあります。

この場合、事業の実態を理解しているため、経営の継続性を確保しやすい可能性があります。

しかし、従業員承継には資金面の課題があります。

特に、後継者が自社株式を取得する場合、株式の評価額が高いと取得資金の確保が難しくなります。

また、経営者個人による借入金の保証がある場合には、保証の取扱いも重要です。

経営者保証の解除や変更については、金融機関との協議が必要になることがあります。

従業員承継を進める際には、経営能力の育成だけでなく、株式取得資金や金融機関との関係などを総合的に検討する必要があります。

長寿社会では、経営者が長く働ける期間を活用し、後継者候補を段階的に育成することが重要になるのです。

M&Aによる第三者承継が重要になる

親族や従業員に適切な後継者がいない場合には、M&Aによる第三者承継も選択肢になります。

M&Aによる事業承継では、他の企業や投資家などに株式や事業を譲渡することで、企業の存続を図ります。

例えば、地域で長年営業してきた製造業の経営者が高齢になり、後継者がいない場合があります。

この企業が優れた技術や安定した顧客基盤を持っていれば、他の企業にとって魅力的な買収対象となる可能性があります。

買収企業が資金や人材を提供することで、事業の成長につながる場合もあります。

一方、M&Aには注意すべき点があります。

買収価格だけでなく、従業員の雇用、取引先との関係、企業文化の違いなどを検討する必要があります。

また、M&A仲介会社の手数料や利益相反、買収後の経営方針などについても慎重な確認が必要です。

経営者にとっては、会社を高く売却することだけが目的ではありません。

長年育ててきた企業を、どのような相手に引き継ぐかという判断が重要になります。

長寿社会では、M&Aを廃業回避の手段としてだけでなく、企業の成長と地域経済の維持を支える方法として考える必要があります。

非上場株式の相続税評価が承継を左右する

中小企業の事業承継では、非上場株式の評価が重要な問題になります。

上場株式とは異なり、非上場株式には市場で形成される株価がありません。

相続税や贈与税の計算では、会社の規模や株主の区分などに応じて、財産評価基本通達に基づく評価方法を用います。

代表的な評価方法として、類似業種比準方式や純資産価額方式などがあります。

例えば、長年利益を蓄積してきた企業では、純資産が増加し、株式の相続税評価額が高くなる場合があります。

この場合、後継者が株式を相続する際に、多額の相続税負担が発生する可能性があります。

一方、株式の評価額を引き下げることだけを目的とした対策には注意が必要です。

税務上の評価方法や取引の実態によっては、想定した効果が認められない場合があります。

また、株価対策を優先するあまり、企業の財務基盤を弱めることは適切ではありません。

事業承継では、税負担の軽減と企業価値の維持を両立させることが重要です。

長寿社会では、経営者が長期間にわたって株式を保有するケースも考えられるため、早い段階から株式の評価と承継方法を検討する必要があります。

事業承継税制の活用と注意点

非上場株式の承継では、事業承継税制の活用も重要な選択肢になります。

事業承継税制は、一定の要件を満たす場合に、後継者が取得した非上場株式に係る贈与税や相続税の納税を猶予する制度です。

2018年度税制改正では、特例措置が設けられました。

特例措置では、一定の要件のもとで対象株式や納税猶予割合が拡充されています。

ただし、事業承継税制は、制度を利用した時点で税金が無条件に免除される仕組みではありません。

納税猶予の継続には要件があり、一定の事由が生じた場合には猶予税額の納付が必要になることがあります。

また、制度の適用には、認定手続きや税務申告、継続的な報告などが必要です。

特例措置には期限も設けられているため、最新の法令や制度改正を確認する必要があります。

事業承継税制を利用する際には、目先の税負担だけでなく、後継者の経営方針や将来の株式保有方針も考慮することが重要です。

税制の利用そのものを目的とするのではなく、企業の円滑な承継を実現するための手段として位置づける必要があります。

経営者が70代になっても活躍できる承継モデル

長寿社会では、経営者が完全に引退することなく、次世代へ経営権を移す方法も考えられます。

例えば、65歳で社長職を後継者に譲り、自身は会長や相談役として経営を支援する方法があります。

この場合、日常の経営判断は新社長が担当し、前経営者は重要な取引先との関係維持や経営上の助言などに役割を限定することが考えられます。

こうした仕組みであれば、前経営者の経験を生かしながら、次世代への権限移譲を進めることができます。

ただし、肩書だけを変更しても、実質的な意思決定権が前経営者に残っていれば、承継は進みません。

後継者が重要な判断を行い、その結果に責任を持てる体制を整える必要があります。

また、前経営者が経営に関与する範囲や報酬についても明確にすることが重要です。

特に、親族内承継では、前経営者と後継者の意見が対立する場合があります。

そのため、経営権の移転時期や役割分担を事前に定めておくことが望まれます。

長寿社会では、経営者が長く働くことと、経営権を早めに移すことを両立させる発想が重要になるのです。

事業承継を企業価値向上の機会に変える

事業承継は、経営者が交代するだけの手続きではありません。

企業の経営体制を見直し、将来の成長戦略を考える機会でもあります。

例えば、後継者への承継を機に、業務のデジタル化や新規事業への進出を進めることが考えられます。

また、取引先との関係や組織体制を見直し、特定の経営者に依存しない経営基盤を整備することも重要です。

さらに、経営者が保有している知識や人脈を、組織全体で活用できるようにする必要があります。

例えば、重要な取引先との交渉経緯や金融機関との協議内容を記録し、後継者や幹部社員と共有する方法があります。

こうした取り組みによって、経営者の交代による混乱を抑えることができます。

また、後継者が新しい経営方針を示すことで、従業員の意欲が高まり、企業の成長につながる可能性もあります。

長寿社会における事業承継では、過去の経営資源を守ることと、新しい価値を生み出すことの両立が重要です。

経営者の交代を企業の弱点ではなく、成長の機会に変えることが求められます。

結論

人生100年時代の到来によって、中小企業の事業承継は新しい段階に入ろうとしています。

健康寿命が延び、70代や80代になっても経営の第一線で活躍する経営者が増える可能性があります。

長年の経営経験や取引先との信頼関係は、企業にとって重要な経営資源です。

しかし、経営者が長く働けることと、事業承継を先送りしてよいことは別の問題です。

後継者の育成や株式の承継、金融機関との関係、経営者保証などについて、早い段階から準備する必要があります。

また、親族内承継だけでなく、従業員承継やM&Aによる第三者承継など、多様な選択肢を検討することも重要です。

非上場株式の相続税評価や事業承継税制についても、企業の財務状況や後継者の経営方針を踏まえて判断する必要があります。

長寿社会では、経営者が完全に引退することなく、次世代を支援する役割を担うことも可能です。

ただし、その場合でも、実質的な経営権の移転と役割分担を明確にすることが欠かせません。

事業承継の目的は、経営者個人の財産を引き継ぐことだけではありません。

企業の技術、雇用、取引関係、経営理念などを次世代へ引き継ぎ、持続的な成長につなげることです。

これからの事業承継では、経営者が何歳まで社長を続けるかよりも、いつ次世代が経営を担える体制を整えるかが重要になります。

長寿社会における理想的な事業承継とは、経験豊富な経営者の知恵を生かしながら、次世代が新しい成長を実現できる仕組みをつくることではないでしょうか。

参考

日本経済新聞 2026年10月26日 朝刊 私見卓見「長寿社会に必要な企業変革」石田遥太郎氏

中小企業庁 2025年版中小企業白書

中小企業庁 事業承継ガイドライン

国税庁 非上場株式等についての贈与税及び相続税の納税猶予及び免除の特例

中小企業庁 法人版事業承継税制に関する資料

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