相続税申告では、財産評価や税額計算の正確性が重視されます。
しかし、申告ミスの原因は、計算そのものにあるとは限りません。
相続人の確定、家族関係の把握、居住実態の確認、特例の適用要件、申告後の期限管理など、さまざまな場面に失敗の原因が潜んでいます。
2026年度の税理士研修資料では、8つの具体的な失敗事例が紹介されています。
これらに共通するのは、基本的な事実確認や法令の読み込みが不足すると、相続税額に大きな影響が生じるという点です。
今回は、8つの失敗事例を整理し、相続税申告で確認すべき実務上のポイントを解説します。
最初に相続人と受遺者を確定する
相続税申告で最初に行うべき重要な作業は、相続人の確定です。
被相続人の出生から死亡までの戸籍を確認し、配偶者、子ども、直系尊属、兄弟姉妹などの関係を整理します。
相続人となる予定だった人がすでに亡くなっている場合には、代襲相続の有無を確認します。
また、養子縁組、認知、相続放棄などがある場合には、それぞれの法律上の効果を確認しなければなりません。
特に注意したいのは、民法上の相続人と相続税法上の計算で用いる法定相続人の範囲が、必ずしも一致しないことです。
例えば、相続放棄があった場合でも、基礎控除や相続税の総額計算では、原則として相続放棄がなかったものとして扱います。
一方、相続税額の2割加算では、被相続人と財産取得者の親族関係が重要になります。
そのため、相続人の人数を確認するだけでなく、それぞれの人がどのような立場で財産を取得するのかを整理することが必要です。
土地と建物の所有関係を別々に確認する
小規模宅地等の特例では、土地と建物の所有関係が重要です。
土地が父親名義、建物が長男名義という場合もあります。
このような場合には、建物の所有者が被相続人でないという理由だけで、特例の適用を否定してはいけません。
土地の所有者、建物の所有者、実際の居住者をそれぞれ確認する必要があります。
さらに、土地や建物について使用貸借なのか、賃貸借なのかを確認します。
親族間で無償使用している場合には、契約書が存在しないこともあります。
そのため、実際の使用状況や金銭の授受などを含めて判断することが必要です。
居住実態は形式だけで判断しない
小規模宅地等の特例では、実際に誰がその住宅を生活の本拠として利用していたかが重要です。
住民票上の住所だけで判断するのではなく、日常生活の実態を確認する必要があります。
例えば、被相続人が長期間入院していた場合や、高齢者施設に入所していた場合には、別途確認すべき要件があります。
また、転勤や単身赴任などによって家族と離れて暮らしていた場合にも、住宅の利用実態を丁寧に確認する必要があります。
特に、家なき子特例では、相続開始前3年以内の居住歴に加えて、その家屋の所有者との関係を正確に判定することが重要です。
国外財産について先入観を持たない
海外に不動産がある場合には、まず相続税の納税義務者区分を確認する必要があります。
国内財産だけが課税対象となるのか、国外財産も含めて課税対象となるのかを判断します。
そのうえで、各種特例の適用要件を確認します。
小規模宅地等の特例については、対象となる宅地等の所在地を国内に限定する規定はありません。
したがって、国外の自宅敷地であっても、一定の要件を満たす場合には特例を適用できる可能性があります。
一方、住宅取得等資金の贈与税非課税制度などでは、国内所在地の要件が設けられています。
制度ごとの条文を確認することが重要です。
相続放棄の税務上の影響を確認する
相続放棄は、民法上の相続関係だけでなく、相続税額の計算にも影響します。
特に、配偶者の税額軽減では注意が必要です。
相続放棄によって配偶者だけが財産を相続することになっても、配偶者の税額軽減における法定相続分は、相続放棄がなかったものとして計算します。
研修資料では、この判定を誤った結果、4,610万円の相続税額をゼロとして申告した事例が紹介されています。
相続放棄の有無を確認するだけでなく、各制度において相続放棄をどのように取り扱うかを確認する必要があります。
未分割申告の後も案件を管理する
相続税の申告期限までに遺産分割が成立しない場合には、未分割申告を行うことがあります。
しかし、未分割申告を行っただけで安心してはいけません。
申告後に遺産分割が成立した場合には、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例について、必要な手続きを行うことになります。
特に、小規模宅地等の特例では、分割後の更正の請求期限に注意する必要があります。
研修資料では、この期限を逃したため、約678万円の税負担差が生じた事例が紹介されています。
期限管理は、税務知識と同じくらい重要です。
非上場株式は過去の取引まで確認する
非上場株式の評価では、直近の決算書だけでなく、過去の組織再編履歴を確認する必要があります。
特に、持株会社が株式交換や株式移転などによって子会社株式を取得している場合には、現物出資等受入差額の調整が問題になることがあります。
研修資料では、5年前の適格株式交換を考慮しなかったため、法人税額等相当額を過大に計算した事例が紹介されています。
このような失敗を防ぐには、組織再編契約書、税務申告書、過去の株価評価資料などの保存が重要です。
事業承継税制は議決権と親族関係を確認する
法人版事業承継税制では、贈与者や後継者について、さまざまな適用要件が設けられています。
その中でも、同族過半数要件と同族筆頭要件の違いを理解することが重要です。
また、株式数ではなく議決権数で判定する必要があります。
親族が保有する株式だけでなく、一定の関係法人が保有する株式も確認しなければなりません。
特に、贈与者の同族筆頭要件では、特例経営承継受贈者となる後継者を除外して判定する規定があります。
表面的な株主順位だけで判断してはいけません。
申告前の最終確認で重要なこと
相続税申告では、事実関係、法律上の要件、税額計算を分けて確認することが有効です。
まず、事実関係については、戸籍、不動産登記、預金残高、契約書、株主名簿などの資料を確認します。
次に、適用を検討している特例について、法律、政令、省令、通達の根拠を整理します。
そのうえで、要件を満たすかどうかを確認し、税額計算に反映します。
さらに、申告期限、必要書類、申告後の届出や更正の請求期限などを確認します。
特に税額への影響が大きい項目については、別の担当者による再確認も有効です。
税務上の判断理由を文書に残しておくことも重要になります。
結論
相続税申告の失敗は、高度な税額計算だけで発生するものではありません。
むしろ、相続人の確定、親族関係、居住実態、土地や建物の所有関係、過去の組織再編、申告後の期限管理など、基本的な確認事項の見落としが重大な問題につながります。
今回の8つの失敗事例は、いずれも事実関係と法令の適用要件を一つずつ確認することの重要性を示しています。
実務では、思い込みで判断せず、根拠法令を確認する姿勢が欠かせません。
さらに、特例を適用する理由だけでなく、適用しないと判断した理由についても検証することが重要です。
相続税申告の品質を高めるためには、知識、確認手順、期限管理、記録保存を組み合わせた仕組みが必要です。
参考
東京税理士会 2026年度第15回会員研修会資料 相続税申告における失敗事例から学ぶ対応法 2026年度版 全91ページ
相続税法第15条
相続税法第18条
相続税法第19条の2
相続税法第32条
租税特別措置法第69条の4
財産評価基本通達186の2