人工知能の進化によって、経理、財務、税務などの専門職の働き方が大きな転換点を迎えています。
みずほフィナンシャルグループは、営業や事務を担当する社員をAI開発人材に転換し、10年後には数千人規模に拡大する計画を明らかにしました。
さらに、AIの活用によって、今後10年間で事務職の業務を最大5000人分削減する方針です。
この動きは、銀行業界だけの問題ではありません。
一般企業の経理、財務、税務部門でも、定型的な事務作業の自動化が進む可能性があります。
これまで専門職の仕事は、知識と経験を積み重ねることで価値が高まると考えられてきました。
しかし、生成AIが大量の情報を整理し、資料を作成し、専門的な質問に回答できるようになったことで、知識を持っているだけでは十分な差別化が難しくなりつつあります。
一方で、AIが作成した結果を検証し、企業の実態に即した判断を行う能力の重要性は高まっています。
今回は、経理、財務、税務部門でAIによって変わる仕事と、専門職が今後も価値を発揮するために必要な能力について考えます。
経理部門では定型的な事務作業の自動化が進む
経理部門には、毎月繰り返して行う定型的な業務が数多くあります。
例えば、請求書の確認、仕訳入力、売掛金や買掛金の管理、経費精算、月次決算資料の作成などです。
これらの業務では、取引情報を確認し、一定のルールに従って処理する作業が中心となります。
従来も、会計ソフトや業務自動化ツールによって効率化が進められてきました。
しかし、生成AIの普及によって、これまで人間が行っていた文章の読み取りや資料の整理まで自動化できる可能性が広がっています。
例えば、取引先から受領した請求書を読み取り、取引日、金額、消費税額、支払期限などを抽出することが考えられます。
さらに、過去の取引内容や勘定科目の設定を参考にして、仕訳候補を作成することも可能です。
月次決算では、前月や前年同月との比較資料を作成し、増減の大きい勘定科目を抽出できます。
ただし、AIが作成した仕訳候補を無条件に採用することは適切ではありません。
例えば、修繕費として処理すべき支出なのか、資本的支出として固定資産に計上すべきなのかは、取引内容を確認する必要があります。
また、費用の計上時期や収益認識の判断には、会計基準や契約内容の理解が欠かせません。
AIによって入力作業が減少しても、会計処理の正確性を確認する仕事は残ります。
むしろ、経理担当者には、AIが作成した結果を専門的な立場から検証する能力が求められるようになります。
月次決算の早期化が経理部門の価値を変える
経理部門のAI活用で期待される効果の一つが、月次決算の早期化です。
例えば、毎月の決算確定に10営業日かかっている企業を考えてみます。
この企業がAIを活用して、請求書の読み取り、仕訳候補の作成、残高照合、差異分析などを効率化したとします。
その結果、決算確定までの期間を7営業日に短縮できれば、3営業日分の時間を削減できます。
ただし、これは説明のための仮定であり、実際の効果は企業の業務内容やシステム環境によって異なります。
重要なのは、作業時間の短縮だけではありません。
経営者が業績を早期に把握できるようになることです。
例えば、売上高が増加していても、利益率が低下している場合があります。
原材料価格の上昇や人件費の増加、販売価格への転嫁不足などが原因として考えられます。
こうした変化を早期に把握できれば、経営者は販売価格の見直しや経費削減などの対策を検討できます。
AIによって決算資料の作成が効率化されれば、経理担当者は数値の分析や経営改善の提案に時間を使えるようになります。
今後の経理部門では、正確な決算書を作成することに加えて、経営判断に役立つ情報を提供する役割が重要になると考えられます。
財務部門では資金繰り予測の高度化が進む
財務部門でもAIの活用が期待されます。
特に重要なのが、資金繰り管理です。
企業は利益が出ていても、資金が不足すれば事業を継続できなくなる可能性があります。
例えば、売上高が増加している企業でも、売掛金の回収が遅れたり、棚卸資産が増加したりすれば、運転資金が不足する場合があります。
財務部門では、売上代金の入金予定、仕入代金の支払予定、人件費、税金、借入金返済などを把握し、将来の資金繰りを予測する必要があります。
AIを活用すれば、過去の入出金データや販売計画をもとに、資金繰り表の原案を作成することが考えられます。
また、売上高が減少した場合や、売掛金の回収期間が長期化した場合など、複数のシナリオを比較できます。
例えば、月商1億円の企業で、売掛金の平均回収期間が30日から45日に延びたとします。
売上が毎日均等に発生するなどの単純化した前提では、追加で約5000万円の運転資金が必要になる計算です。
このような変化を早期に把握できれば、金融機関との資金調達交渉を前倒しで進めることができます。
ただし、AIが作成した予測は、設定した前提条件に左右されます。
取引先の経営状況や業界環境など、数値だけでは把握できない情報も重要です。
財務担当者には、AIによる分析結果を踏まえながら、企業の資金調達方針を判断する能力が求められます。
税務部門では情報整理と専門的判断の役割が分かれる
税務部門でも、生成AIの活用によって業務の効率化が期待されます。
税務実務では、法人税、消費税、所得税、地方税など、多くの法令や通達を確認する必要があります。
また、税制改正によって制度が変更されるため、最新の情報を継続的に把握することが重要です。
AIを活用すれば、税制改正の内容を整理し、企業への影響を分析するための資料を作成できます。
社内からの税務相談について、関連する論点や確認事項を整理することも考えられます。
例えば、会社が役員に対して金銭を支給した場合を考えてみます。
その支出が役員給与に該当するのか、福利厚生費として取り扱えるのかは、名称だけでは判断できません。
支給の目的、対象者、金額、社内規程、実際の運用状況などを確認する必要があります。
さらに、法人税上の損金算入の可否や、所得税の源泉徴収の要否など、複数の論点が生じる場合があります。
AIは関連する論点を整理することができますが、個別の事実関係を踏まえた最終的な判断には専門知識が必要です。
特に税法の適用では、法令の施行時期や経過措置にも注意しなければなりません。
AIが古い制度を前提に回答する可能性もあるため、一次資料による確認が重要です。
今後の税務部門では、情報を調べる作業よりも、情報の正確性を確認し、企業の取引実態に適用する能力が重要になると考えられます。
AI時代の内部統制はどう変わるのか
経理、財務、税務部門にAIを導入する場合、内部統制の整備が欠かせません。
例えば、AIが仕訳候補を作成し、そのまま会計システムに登録する仕組みを考えてみます。
処理速度は向上しますが、誤った仕訳が大量に登録される危険もあります。
また、AIが作成したプログラムに不備があれば、特定の取引が正しく処理されない可能性があります。
そのため、AIを利用する業務では、入力データの正確性、処理内容の妥当性、出力結果の検証などが重要になります。
例えば、AIが作成した仕訳について、一定金額以上の取引や特殊な勘定科目を使用する取引は、人間が確認する仕組みが考えられます。
また、AIの設定変更やプログラム修正について、承認手続きや変更履歴を管理する必要があります。
さらに、顧客情報や取引先情報、従業員の個人情報などをAIに入力する場合には、情報漏えいを防止する対策が必要です。
特に外部のAIサービスを利用する場合には、入力情報の取り扱いや契約条件を確認しなければなりません。
AIの導入によって作業が自動化されても、企業の内部統制上の責任がなくなるわけではありません。
むしろ、自動化された処理を適切に管理するための新しい統制が必要になります。
経理財務税務の専門職は何を武器にすべきか
AI時代に専門職が価値を発揮するためには、単純な知識量だけでは不十分になると考えられます。
重要なのは、専門知識を使って問題を発見し、解決策を提案する能力です。
例えば、経理担当者であれば、決算書を作成するだけでなく、利益率の低下や資金繰りの悪化を早期に把握し、経営者へ報告することが求められます。
財務担当者であれば、資金繰り表を作成するだけでなく、金融機関との交渉や資金調達方針の検討に関与することが重要です。
税務担当者であれば、税法の条文を説明するだけでなく、企業の事業活動にどのような税務上の問題が生じるのかを予測する能力が求められます。
さらに、AIが作成した資料や分析結果を検証する能力も重要になります。
AIはもっともらしい回答を作成することがありますが、その内容が正確とは限りません。
専門職には、回答の根拠を確認し、必要に応じて修正する責任があります。
また、経営者や他部門の社員に対して、専門的な内容を分かりやすく説明する能力も欠かせません。
AI時代の専門職には、知識、判断力、説明力、技術活用能力を組み合わせることが求められます。
ベテラン社員の経験がAI活用の強みになる
みずほのAI人材育成計画では、管理職経験者を含むベテラン社員も対象とされています。
この考え方は、経理、財務、税務部門にも当てはまります。
例えば、長年にわたり経理部門で決算業務を担当してきた社員は、どのような取引で会計処理の誤りが発生しやすいのかを理解している場合があります。
また、税務調査への対応経験が豊富な社員であれば、税務上の確認が必要な取引を把握していることもあります。
こうした経験をAIの業務支援ツールに反映することで、実務に即した仕組みを構築できる可能性があります。
例えば、決算時に確認すべき項目を整理し、AIが異常値や未処理取引を抽出する仕組みを設計できます。
また、税務上の論点が生じやすい取引を分類し、担当者に確認を促す仕組みも考えられます。
ただし、過去の経験が常に現在の制度に適合するとは限りません。
会計基準や税法が変更されれば、従来の処理方法を見直す必要があります。
そのため、ベテラン社員にも継続的な学習が求められます。
経験を持つ社員がAIを活用できれば、専門知識を組織全体で共有し、業務の品質を高めることにつながると考えられます。
経理財務税務部門の人材配置はどう変わるのか
AIによって定型業務が効率化されれば、管理部門の人材配置にも変化が生じる可能性があります。
例えば、これまで仕訳入力や資料作成を中心に担当していた社員が、データ分析や業務改善を担当することが考えられます。
また、経理部門の社員が、AIを活用した業務システムの開発や運用に参加することも可能です。
一方で、すべての社員がAI開発者になる必要はありません。
会計処理の判断、資金調達、税務リスクの管理、内部統制の整備など、専門性の高い仕事は引き続き重要です。
企業には、社員の能力や経験に応じて、新しい役割を設計することが求められます。
その際、単に人員を削減することだけを目的とすると、専門知識の継承が難しくなる可能性があります。
特に経理、財務、税務部門では、過去の取引経緯や社内の業務実態を理解していることが重要です。
AIによって業務時間を削減できたとしても、必要な専門人材まで失えば、企業の管理体制が弱体化する危険があります。
したがって、AI導入による業務削減と、人材育成や知識継承を一体として進めることが重要になります。
専門職が今から準備すべきこと
AI時代に備えるために、経理、財務、税務の専門職が最初から高度なプログラミング技術を習得する必要はありません。
まず、自分の業務の中でAIを活用できる部分を整理することが重要です。
例えば、毎月繰り返している資料作成、データ照合、社内規程の検索、税制改正情報の整理などが考えられます。
次に、AIが作成した結果を検証する習慣を身につける必要があります。
特に会計や税務の分野では、数値や制度の適用を誤ると、企業に大きな影響が生じる可能性があります。
そのため、AIの回答をそのまま採用するのではなく、根拠となる会計基準や法令、取引資料を確認することが重要です。
さらに、自分の専門知識を深めることも欠かせません。
AIが一般的な情報を整理できるようになるほど、複雑な問題を判断できる専門能力の価値は高まると考えられます。
また、他部門との対話や経営者への説明など、コミュニケーション能力も重要になります。
AIを利用する目的は、単に仕事を速く終わらせることではありません。
専門知識を生かして、企業の経営により大きく貢献することです。
結論
みずほフィナンシャルグループが進めるAI人材改革は、経理、財務、税務部門の将来を考えるうえでも重要な示唆を与えています。
AIによって、仕訳入力、資料作成、データ照合、情報整理などの定型業務は効率化される可能性があります。
一方で、会計処理の判断、資金調達方針の検討、税務リスクの管理、内部統制の整備など、専門的な判断を必要とする仕事の重要性は変わりません。
むしろ、AIが作成した結果を適切に検証するために、専門知識の重要性が高まる場面もあると考えられます。
これからの専門職に求められるのは、知識を持っていることだけではありません。
その知識を使って問題を発見し、経営判断に役立つ提案を行う能力です。
また、長年の実務経験を持つベテラン社員にとっても、AIは新しい可能性を広げる道具になります。
経験に基づく判断や確認手順をAIの仕組みに反映することで、専門知識を組織全体で活用できるようになるからです。
ただし、AIを導入すれば自動的に生産性が向上するわけではありません。
業務の見直し、人材育成、内部統制の整備を一体として進める必要があります。
AI時代に生き残る専門職とは、AIを使わずに従来の仕事を守り続ける人材ではありません。
AIを活用しながら、自分の専門知識と判断力によって新しい価値を生み出せる人材です。
経理、財務、税務部門にとって、AIの普及は単なる業務効率化ではなく、専門職としての役割を再定義する大きな転換点になるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年10月15日 みずほが数千人をAI開発者に転換 事務や営業、日本企業の働き方転機