人工知能の進化によって、企業の営業担当者に求められる能力が大きく変わろうとしています。
これまで営業担当者の主な仕事は、顧客との関係構築、商品やサービスの提案、契約の獲得、取引後のフォローなどでした。
システム開発は専門の技術者が担当し、営業担当者は完成したシステムを利用する立場にありました。
しかし、こうした役割分担が変わり始めています。
みずほフィナンシャルグループは、営業や事務を担当する社員をAI開発人材へ転換し、10年後には数千人規模に拡大する計画です。
注目したいのは、営業経験者が自らAIを活用した業務システムを開発するという点です。
営業の現場には、顧客の課題や業務の非効率、既存システムでは対応できない問題など、さまざまな情報が蓄積されています。
こうした現場の知識をAI開発に活用することで、実務に即したシステムを構築できる可能性があります。
今回は、営業担当者がAI開発に参加することの意味と、これからの営業人材に求められる能力について考えます。
営業担当者がシステムを開発する時代
従来、企業が新しい業務システムを導入する場合、営業部門が必要な機能を整理し、情報システム部門や外部の開発会社に依頼する方法が一般的でした。
例えば、法人営業担当者が顧客管理システムの改善を希望する場合、必要な機能を文書にまとめ、開発担当者へ説明する必要がありました。
開発担当者は、その内容をもとに設計やプログラミングを進めます。
しかし、実際の業務を十分に理解していない場合、現場が求める機能と完成したシステムの間に差が生じることがあります。
その結果、追加修正が必要になり、開発期間や費用が増えることもあります。
生成AIの普及によって、こうした開発方法に変化が生まれています。
営業担当者が自然言語で必要な機能を説明し、AIにプログラムの原案を作成させることが可能になってきたからです。
例えば、取引先の決算情報や商談履歴を整理し、次回訪問時に確認すべき事項を提示するツールを開発することが考えられます。
営業担当者自身が試作品を作成し、実際の業務で必要な機能を検証できれば、改善の速度を高められます。
もっとも、顧客情報を扱うシステムには厳格な管理が必要です。
現場担当者が自由に開発したプログラムを、社内の承認なしに業務利用してよいわけではありません。
情報セキュリティーや内部統制の基準を満たした環境で開発することが前提になります。
現場経験がAI開発の品質を左右する
AI開発では、プログラミング技術だけでなく、業務そのものを理解していることが重要です。
例えば、法人融資の営業担当者が利用するAIを考えてみます。
決算書から売上高、営業利益、自己資本比率などを抽出するだけであれば、比較的単純な処理です。
しかし、実際の融資営業では、財務数値だけで顧客の経営状況を判断することはできません。
売上高が増加していても、売掛金の回収が遅れていれば資金繰りに問題が生じる可能性があります。
営業利益が黒字でも、借入金の返済負担が大きければ、追加融資には慎重な検討が必要です。
また、設備投資によって一時的に利益が減少している企業でも、将来の収益力が高まる可能性があります。
こうした判断には、企業の事業内容や業界特性、経営者の考え方などを理解する必要があります。
長年の融資営業を経験した社員であれば、決算書のどこに注目すべきか、どのような質問をすべきかを把握している場合があります。
その知識をAIの分析項目や確認手順に反映することで、実務に役立つ支援ツールを設計できます。
つまり、AI開発の品質を高めるうえでは、現場経験が重要な役割を果たすのです。
法人融資の提案書作成はどう変わるのか
具体的な事例として、銀行の法人営業担当者が融資提案書を作成する場面を考えてみます。
ある中小企業が、設備投資のために5000万円の融資を希望しているとします。
従来、営業担当者は決算書、資金繰り表、設備投資計画書などを確認し、企業の財務状況や返済能力を分析していました。
さらに、融資条件や返済計画を検討し、社内審査に必要な資料を作成します。
これらの作業には、相当な時間がかかる場合があります。
AIを活用すれば、資料作成の一部を効率化できます。
例えば、過去3年間の決算書を読み取り、売上高や利益の推移、借入金残高、キャッシュフローの状況を整理することが考えられます。
さらに、設備投資後の売上高や費用の見通しについて、複数のシナリオを作成することも可能です。
その結果をもとに、融資提案書の原案を作成できます。
ただし、AIが算出した数値や分析結果については、営業担当者が確認しなければなりません。
設備投資の必要性、事業計画の実現可能性、経営者の資質などについては、人間による判断が重要です。
AIが資料作成を支援することで、営業担当者は顧客との対話や事業の将来性の検討に、より多くの時間を使えるようになります。
これこそが、AIを営業業務に導入する大きな意義です。
顧客を理解する能力の価値が高まる
AIの普及によって、商品知識や情報量だけで営業担当者の優劣が決まる時代ではなくなりつつあります。
顧客が必要とする一般的な情報は、AIを使って短時間で入手できるようになっているからです。
例えば、企業の経営者が設備投資資金の調達方法を知りたい場合、銀行融資やリース、補助金などの基本的な情報をAIで調べることができます。
そのため、営業担当者が一般的な制度説明をするだけでは、十分な付加価値を提供できなくなる可能性があります。
一方で、顧客自身が明確に認識していない課題を発見する能力は、引き続き重要です。
例えば、設備投資の相談を受けた際に、経営者の本当の悩みが後継者不足や人材確保にあると気づく場合があります。
また、資金調達の相談から、在庫管理や売掛金回収の改善が必要だと分かることもあります。
こうした課題を把握するには、顧客との継続的な対話や信頼関係が欠かせません。
AIによって情報収集や資料作成の負担が減れば、営業担当者は顧客理解に集中しやすくなります。
今後は、商品を説明する能力以上に、顧客の課題を発見し、解決策を考える能力が重要になると考えられます。
営業担当者がAI開発に参加するメリット
営業担当者がAI開発に参加することには、いくつかの利点があります。
第一に、現場の課題を直接システムに反映できることです。
例えば、営業日報の作成に時間がかかっている場合、音声入力や商談記録を活用して報告書の原案を作成する仕組みが考えられます。
第二に、開発したツールの改善を迅速に進められることです。
実際に利用する社員が開発に参加していれば、使いにくい部分や不足している機能を発見しやすくなります。
第三に、営業担当者自身の業務理解が深まることです。
AIに仕事を任せるためには、業務の目的や手順、判断基準を明確にする必要があります。
普段は経験や勘によって行っていた仕事を、言葉や手順として整理することになります。
その過程で、不要な作業や重複した確認作業が見つかる可能性もあります。
つまり、AI開発への参加は、単なる技術習得ではありません。
営業業務そのものを見直す機会にもなるのです。
経理財務税務の専門職にも共通する変化
この変化は、営業部門だけに限りません。
経理、財務、税務などの専門職にも同じことが当てはまります。
例えば、経理担当者が月次決算の効率化を目的としてAIツールを開発する場合を考えてみます。
単純に仕訳データを集計するだけでは、実務に十分対応できないことがあります。
決算整理仕訳、未払費用の計上、引当金の見積り、固定資産の減価償却など、専門的な処理が必要だからです。
また、税務部門では、会計上の利益と税務上の所得の違いを理解する必要があります。
交際費等の損金算入制限や減価償却超過額など、税務調整の仕組みを把握していなければ、適切な確認項目を設計することは困難です。
こうした業務知識を持つ社員がAI開発に参加すれば、実務に即したツールを構築しやすくなります。
ただし、AIの出力には誤りが含まれる可能性があります。
会計基準や税法の適用については、最新の制度や個別事情を確認し、必要に応じて専門家が判断する体制が欠かせません。
重要なのは、専門知識をAIに置き換えることではありません。
専門知識をAIによって、より広く効率的に活用することです。
ベテラン営業担当者の経験が再評価される
みずほの人材転換計画では、管理職経験者を含むベテラン社員も対象とされています。
これは、長年の営業経験を持つ社員にとって重要な意味があります。
例えば、30年間にわたり法人営業を担当してきた社員は、多くの企業の成長や経営危機を見てきた可能性があります。
業績が悪化する企業に共通する特徴や、経営改善に成功する企業の行動について、実務上の知見を持っていることもあるでしょう。
こうした経験を若手社員に伝えることは、従来から重要な役割でした。
今後は、それに加えて、経験に基づく確認項目や判断手順をAIの仕組みに反映する仕事も考えられます。
例えば、融資先企業の業績悪化を早期に把握するための確認項目を整理し、AIによる分析を支援することができます。
もちろん、過去の経験が常に正しいとは限りません。
業界構造や経済環境が変化すれば、従来の判断基準が通用しなくなることもあります。
そのため、経験に基づく知識を客観的なデータで検証し、必要に応じて更新することが重要です。
AIとベテラン社員の経験を組み合わせることで、従来とは異なる形の人材活用が可能になると考えられます。
AI時代の営業担当者に必要な能力
これからの営業担当者には、従来の営業能力に加えて、新しい能力が求められます。
まず重要なのは、業務上の問題を発見する能力です。
どの作業に時間がかかっているのか、どの情報が不足しているのか、どの判断を支援する必要があるのかを把握することが出発点になります。
次に必要なのは、業務を言語化する能力です。
AIに適切な処理を行わせるためには、目的、条件、必要な情報、期待する結果を明確に伝える必要があります。
さらに、AIが作成した結果を検証する能力も欠かせません。
数値の誤りや不適切な提案を見抜くには、業務に関する専門知識が必要です。
そして、顧客との信頼関係を構築する能力は、今後も重要であり続けるでしょう。
AIは大量の情報を整理できますが、顧客の不安や期待を理解し、責任を持って提案する役割まで無条件に任せられるわけではありません。
営業担当者は、AIを利用する能力と人間ならではの対話能力を組み合わせることが求められます。
結論
みずほフィナンシャルグループが進める営業担当者のAI開発人材への転換は、企業の人材活用に新しい方向性を示しています。
これまでシステム開発は専門技術者の仕事と考えられてきました。
しかし、生成AIの進化によって、現場の社員が開発に参加する可能性が広がっています。
その際に重要になるのが、現場経験です。
顧客の課題を理解し、業務の問題点を把握し、改善方法を考える能力は、短期間では身につきません。
長年の実務経験を持つ社員には、こうした知識が蓄積されています。
AI時代には、その経験を新しい技術と組み合わせることが重要になります。
これは銀行の営業担当者だけでなく、経理、財務、税務、人事、法務など、さまざまな専門職に共通する変化です。
今後、企業が競争力を高めるためには、外部からAI技術者を採用するだけでなく、現場の業務を熟知した社員を育成することも重要になるでしょう。
社員にとっても、自分の専門知識や経験をAIによってどのように活用できるかが、将来の職業能力を左右することになります。
AI時代に価値を持つのは、技術だけを知っている人材でも、経験だけに頼る人材でもありません。
専門知識と現場経験を持ち、新しい技術を活用して課題を解決できる人材です。
みずほの挑戦は、そうした新しい人材像を示す取り組みとして注目されます。
参考
日本経済新聞 2026年10月15日 みずほが数千人をAI開発者に転換 事務や営業、日本企業の働き方転機