2027年3月末に向けて、紙の約束手形や小切手の利用を終了する動きが進んでいます。
長年にわたり日本企業の商取引を支えてきた紙の手形が、企業間決済の主役から姿を消そうとしています。
この変化は、単に紙の手形を電子的な決済手段に置き換えるという問題ではありません。
中小企業の資金繰りや銀行融資、取引先との支払条件に大きな影響を与える可能性があります。
2026年8月、中小企業が主に利用する当座貸し越しの残高は86兆円に達し、前年同月比13.5%増加しました。伸び率は新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年5月の12.9%を上回りました。
背景には、中東情勢の悪化や円安による原材料価格の上昇、エネルギーコストの増加などがあります。
さらに、紙の手形の利用終了に備えて、従来の手形割引から銀行借入金へ資金調達方法を変更する企業が増えていることも、当座貸し越し残高を押し上げる要因となっています。
中小企業の経営者にとって重要なのは、紙の手形がなくなった後も、これまでと同じように資金繰りを維持できるとは限らないという点です。
今回は、紙の手形の利用終了が中小企業の資金繰りに与える影響と、2027年に向けて取り組むべき実務対応について解説します。
紙の手形はなぜ利用終了に向かっているのか
約束手形は、企業が取引先に対して、一定の期日に一定の金額を支払うことを約束する有価証券です。
例えば、製造業が取引先に1,000万円の商品を販売し、代金として3カ月後を支払期日とする約束手形を受け取る場合があります。
販売した企業は、手形の支払期日まで待つことで代金を回収できます。
また、支払期日前に資金が必要な場合には、銀行で手形割引を利用して現金化する方法もあります。
このように、約束手形は企業間の信用取引と資金調達を支える役割を果たしてきました。
しかし、紙の手形には複数の課題があります。
まず、手形の作成、交付、保管、取立てなどに事務負担が発生します。
また、紛失や盗難、偽造などのリスクもあります。
さらに、手形の支払期日が長い場合には、商品を販売した企業が長期間にわたって資金負担を抱えることになります。
特に、資金力の弱い中小企業では、売上代金の回収までの期間が長いことが資金繰りを圧迫する要因となります。
こうした問題を踏まえ、政府や金融機関などは紙の手形の利用終了と電子的な決済手段への移行を進めています。
2027年3月末に向けた制度変更の内容
紙の手形の利用終了については、制度上の廃止と金融機関の実務対応を区別して理解する必要があります。
2027年3月末は、電子交換所における紙の手形や小切手の交換を終了する目標時期です。
これは、約束手形という法律上の制度そのものが、同日をもって一律に消滅することを意味するものではありません。
ただし、金融機関による紙の手形や小切手の取扱終了が進むことで、従来の決済方法を継続することは難しくなります。
企業は、取引銀行がいつまで手形の振出しや取立てを受け付けるのかを確認する必要があります。
また、2027年3月末以前に振り出された手形でも、支払期日が取扱終了後となる場合には注意が必要です。
金融機関によって取扱方針や移行スケジュールが異なる可能性があるためです。
経営者は、2027年3月末になってから対応するのではなく、取引銀行と取引先の双方に確認し、早期に移行計画を立てることが重要です。
手形割引を利用していた企業への影響
紙の手形の利用終了によって、特に影響を受けるのが手形割引を資金調達手段として利用していた企業です。
手形割引とは、企業が保有する約束手形を支払期日前に銀行へ持ち込み、割引料などを差し引いた金額を受け取る取引です。
例えば、3カ月後に支払期日が到来する1,000万円の約束手形を保有している企業を考えます。
この企業が銀行で手形割引を利用すれば、支払期日を待たずに資金を確保できます。
仮に、割引料率が年3%で、割引期間を90日、1年を365日として単純計算すると、割引料は約7万4,000円です。
この場合、企業は約992万6,000円を受け取る計算になります。
実際の割引料や手数料は、金融機関の条件によって異なります。
手形割引では、手形の支払人の信用力も重要な判断材料となります。
そのため、自社の財務内容が必ずしも強くない企業でも、信用力の高い取引先が振り出した手形を利用して資金調達できる場合があります。
しかし、紙の手形の利用終了によって、従来と同じ方法で資金を調達できなくなる可能性があります。
企業は、電子記録債権の割引や当座貸し越しなど、代替手段を検討する必要があります。
電子記録債権への移行で何が変わるのか
紙の手形に代わる決済手段の一つが、電子記録債権です。
電子記録債権とは、電子債権記録機関の記録原簿に電子的に記録することによって発生や譲渡などの効力が生じる金銭債権です。
代表的な仕組みとして、全国銀行協会が設立した全銀電子債権ネットワークの「でんさい」があります。
電子記録債権では、紙の手形を発行したり、郵送したり、保管したりする必要がありません。
また、紙の手形とは異なり、必要に応じて債権を分割して譲渡することも可能です。
例えば、1,000万円の電子記録債権を保有している企業が、資金需要に応じてその一部を譲渡することができます。
このような仕組みは、企業の資金管理の柔軟性を高める可能性があります。
さらに、電子記録債権を金融機関で割り引くことによって、支払期日前に資金化する方法もあります。
ただし、電子記録債権を利用するためには、金融機関との契約や社内事務の変更などが必要になります。
また、取引先が電子記録債権に対応していなければ、利用できない場合があります。
そのため、企業は自社だけでなく、主要取引先の対応状況も確認する必要があります。
銀行振込への変更で資金繰りが改善する場合
紙の手形に代わる決済方法として、銀行振込を利用する企業も増えると考えられます。
銀行振込への移行では、支払条件の設定が重要になります。
例えば、従来は商品納入後120日で手形代金を回収していた企業を考えます。
取引先との交渉によって、銀行振込による60日後の支払いに変更できれば、代金回収までの期間が60日短縮されます。
仮に、月間売上高が3,000万円で、すべての取引が同じ条件だった場合、回収期間が2カ月短縮されることによって、売上債権に固定される資金は概算で6,000万円減少します。
この場合、企業の資金繰りは大きく改善する可能性があります。
一方、紙の手形から銀行振込に変更しても、支払期日が従来と同じであれば、資金繰りの改善効果は限定的です。
つまり、決済手段の電子化だけでは、必ずしも資金繰りが改善するわけではありません。
重要なのは、支払方法の変更と同時に、代金回収までの期間を見直すことです。
当座貸し越しへの移行で注意すべきこと
紙の手形の利用終了を受けて、当座貸し越しによる資金調達を検討する企業もあります。
当座貸し越しとは、銀行とあらかじめ契約した限度額の範囲内で、必要に応じて借り入れと返済を繰り返すことができる融資方式です。
例えば、従来は毎月2,000万円程度の手形割引を利用していた企業が、同額の当座貸し越し枠を設定することを考えます。
しかし、手形割引と当座貸し越しでは、銀行が評価する信用リスクが異なります。
手形割引では、手形の支払人の信用力も重要な判断材料となります。
一方、当座貸し越しでは、借入企業自身の返済能力や財務内容が中心となります。
そのため、従来2,000万円の手形割引を利用できていた企業が、必ず同額の当座貸し越し枠を設定できるとは限りません。
また、一般的な当座貸し越しでは、企業の信用状態が悪化した場合などに、銀行が新たな貸し越しを制限できることがあります。
企業は、手形割引から当座貸し越しへ変更する際、融資可能額だけでなく、契約条件や更新時期についても確認する必要があります。
手形廃止は買い手企業の資金繰りにも影響する
紙の手形の利用終了は、売上代金を受け取る企業だけでなく、仕入代金を支払う企業にも影響します。
例えば、従来は仕入先に対して120日後を支払期日とする約束手形を振り出していた企業を考えます。
この企業が、銀行振込による60日後の支払いに変更した場合、仕入代金の支払時期が60日早まります。
仮に、月間仕入額が2,000万円であれば、概算で4,000万円の追加運転資金が必要になる可能性があります。
つまり、売り手企業の資金繰りが改善する一方で、買い手企業の資金負担が増加する場合があります。
特に、原材料価格やエネルギー価格が上昇している局面では、支払期間の短縮によって資金繰りが厳しくなる企業も考えられます。
そのため、買い手企業は、支払条件の変更による資金需要を事前に試算する必要があります。
必要に応じて、当座貸し越しや証書貸付などによる資金調達を検討することも重要です。
ただし、支払条件の見直しでは、取引適正化に関する法令にも注意しなければなりません。
取引適正化に関する法令への対応も必要になる
紙の手形の利用終了を考える際には、取引先との支払条件に関する法令も重要です。
2026年1月1日には、従来の下請法が改正され、製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律、いわゆる取適法が施行されました。
この法律では、対象となる取引について、手形による代金支払いが禁止されています。
また、電子記録債権や一括決済方式などについても、支払期日までに代金相当額の満額を得ることが困難な支払方法は認められません。
重要なのは、紙の手形を電子記録債権に変更すれば、すべての問題が解決するわけではないという点です。
取引の内容や当事者の規模などによって法律の適用関係が異なるため、企業は自社の取引が規制対象となるか確認する必要があります。
また、代金の支払期日についても、法令上の制約を踏まえた対応が求められます。
経営者は、決済手段の変更を単なる経理事務の問題と捉えるのではなく、取引条件や法令遵守を含めた経営課題として考える必要があります。
2027年に向けて経理部門が取り組むべき実務
紙の手形の利用終了に対応するためには、経理部門を中心とした準備が必要です。
まず、自社が現在どの程度の手形取引を行っているのかを把握します。
受取手形については、取引先別の残高、支払期日、手形割引の利用状況などを整理します。
支払手形については、取引先別の振出額、支払期日、決済条件などを確認します。
次に、代替する決済方法を検討します。
電子記録債権を利用する場合には、金融機関との契約や社内システムの対応が必要になります。
銀行振込へ移行する場合には、取引先との支払条件の調整や振込手数料の負担について確認します。
また、手形割引を利用していた企業では、代替資金調達手段の確保が重要です。
当座貸し越しや証書貸付などを利用する場合には、金融機関による審査が必要になることがあります。
そのため、資金不足が発生してから銀行に相談するのではなく、早期に資金調達計画を作成することが望まれます。
さらに、経理担当者だけでなく、営業部門や購買部門との連携も必要です。
取引先との支払条件の変更は、営業取引や仕入取引に直接影響するためです。
手形取引の変更による資金需要を試算する
企業が実務で取り組むべき重要な作業の一つが、決済条件の変更による資金需要の試算です。
例えば、月間仕入額が3,000万円の製造業を考えます。
従来は、仕入代金を120日後に支払っていたとします。
これを60日後の銀行振込に変更した場合、支払期間は60日短縮されます。
月間仕入額が一定で、1カ月を30日として単純計算すると、追加で必要となる運転資金は約6,000万円です。
この企業が手元資金として2,000万円しか保有していない場合、追加資金の確保が課題となります。
ただし、実際の必要資金は、仕入額の変動、売掛金の回収条件、在庫保有期間などによって異なります。
企業は、支払条件の変更によって必要運転資金がどの程度増加するのかを把握し、資金繰り表に反映させる必要があります。
また、複数の取引先で支払条件が同時に変更される場合には、資金需要が集中する可能性があります。
そのため、取引先別の変更時期を整理し、資金不足が発生する時期を予測することが重要です。
銀行との融資交渉では資金需要の根拠を明確にする
紙の手形の利用終了に伴って追加融資を申し込む場合には、銀行に対して資金需要の根拠を具体的に説明する必要があります。
例えば、支払手形から銀行振込への変更によって、追加運転資金が5,000万円必要になる企業を考えます。
この場合、従来の支払条件、新しい支払条件、月間仕入額、変更による資金需要の増加額などを整理します。
さらに、今後6カ月程度の資金繰り表を作成し、追加融資によって資金不足をどのように解消するのかを説明します。
銀行は、資金不足の原因が決済条件の変更による一時的なものなのか、営業赤字による構造的なものなのかを確認します。
そのため、決済条件の変更に伴う資金需要を明確にすることが重要です。
また、売掛金の回収期間短縮や在庫削減などによって、追加借入額を抑える方法も検討する必要があります。
銀行融資を受けることだけを目的とするのではなく、企業全体の資金繰りを安定させる計画を示すことが求められます。
紙の手形廃止を財務改善の機会にする
紙の手形の利用終了は、中小企業にとって事務負担や資金調達方法の変更を伴う課題です。
しかし、見方を変えれば、資金繰り管理を改善する機会にもなります。
例えば、受取手形から銀行振込へ変更する際に、売上代金の回収期間を短縮できれば、必要運転資金を減らすことができます。
また、電子記録債権への移行によって、債権管理の効率化や事務負担の軽減が期待できます。
さらに、従来の手形割引に依存していた企業では、当座貸し越しや長期運転資金融資など、資金調達方法を見直すきっかけになります。
重要なのは、決済手段の変更だけでなく、売掛金の回収期間、仕入代金の支払期間、在庫保有期間を総合的に見直すことです。
これらの改善によって、借入金への依存度を抑えながら資金繰りを安定させることが可能になります。
経営者は、紙の手形の利用終了を受け身で対応するのではなく、自社の財務体質を強化する機会として活用することが望まれます。
結論
2027年3月末に向けた紙の手形の利用終了は、中小企業の資金繰りや銀行融資に大きな変化をもたらす可能性があります。
特に、手形割引を資金調達手段として利用していた企業では、電子記録債権の割引や当座貸し越しなど、代替手段の確保が必要になります。
また、支払手形を利用していた企業では、銀行振込などへの変更によって仕入代金の支払時期が早まり、追加運転資金が必要になる場合があります。
そのため、企業は受取手形と支払手形の両方について、現在の取引状況を把握する必要があります。
さらに、取引適正化に関する法令への対応も重要です。
2026年1月に施行された取適法では、対象となる取引について手形による代金支払いが禁止されるなど、支払方法に関する規制が強化されています。
企業は、単に紙の手形を電子記録債権に変更するだけでなく、支払条件そのものが適切かどうかを確認する必要があります。
また、決済条件の変更によって追加資金が必要になる場合には、早期に資金繰り表を作成し、金融機関と相談することが重要です。
紙の手形の利用終了は、経理部門だけの問題ではありません。
営業部門、購買部門、財務部門、経営者が連携して対応すべき経営課題です。
特に中小企業では、取引条件のわずかな変更が資金繰りに大きな影響を与える場合があります。
そのため、決済手段の変更を契機として、売掛金の回収期間短縮、在庫削減、借入金の適正化などに取り組むことが望まれます。
これからの中小企業経営では、銀行から資金を借りる力だけでなく、営業活動の中で資金を効率的に循環させる力が重要になります。
紙の手形の利用終了を、単なる制度変更への対応で終わらせるのではなく、企業の資金繰りと財務体質を見直す機会にすることが求められます。
参考
日本経済新聞 2026年10月11日朝刊「中小企業の借入枠が急拡大、伸び率『コロナ超え』 資材高に備え86兆円」
日本経済新聞 2026年10月11日朝刊「融資枠とは 銀行と契約した範囲内で自由に借り入れ」