中小企業M&Aの税金はどれだけかかるか 株式譲渡と事業譲渡の税務を比較

経営

中小企業の事業承継において、M&Aによる第三者への会社売却が重要な選択肢となっています。しかし、売却価格が同じであっても、取引方法によって税負担が大きく異なることは、十分に理解されていない場合があります。

特に重要なのが、株式譲渡と事業譲渡の違いです。

株式譲渡では、原則として株主が株式を売却し、その譲渡益に対して課税されます。一方、事業譲渡では、会社が事業に必要な資産や負債などを個別に移転し、会社側に法人税や消費税などの問題が生じます。

また、経営者が個人で保有する株式を売却する場合には、原則として譲渡益に20.315%の税率が適用されますが、事業譲渡では会社に課税された後、経営者が資金を受け取る段階で追加の課税が生じる可能性があります。

経済産業省は2026年10月、悪質なM&A仲介事業者を排除するため、強制調査を可能にする法整備の検討を進める方針を明らかにしました。

M&A市場の健全化が進むなか、売り手経営者自身も税務上の仕組みを理解し、売却価格だけでなく税引後の手取り額を確認することが重要です。

今回は、中小企業M&Aにおける株式譲渡と事業譲渡の税務上の違いを整理し、具体的な計算例を通じて、経営者が注意すべき実務上のポイントを解説します。

株式譲渡と事業譲渡の基本的な違い

中小企業のM&Aには、さまざまな方法がありますが、代表的なのが株式譲渡と事業譲渡です。

株式譲渡は、会社の株主が保有する株式を買い手に譲渡する方法です。

例えば、社長が会社の株式を100%保有している場合、その株式をすべて売却すれば、買い手が会社の新しい株主になります。

会社そのものは同じ法人として存続するため、原則として会社の資産や負債、契約関係などはそのまま残ります。

一方、事業譲渡は、会社が営んでいる事業の全部または一部を買い手に譲渡する方法です。

例えば、製造業の会社が保有する工場設備、在庫、取引先との契約などを対象として、事業を譲渡する場合があります。

事業譲渡では、移転する資産や負債、契約関係などを個別に検討する必要があります。

税務上も、株式譲渡と事業譲渡では課税される主体や税金の種類が異なります。

そのため、同じ1億円の売却であっても、経営者の手取り額が同じになるとは限りません。

個人株主の株式譲渡益には20.315%の税率

中小企業の経営者が個人で保有する非上場株式を売却した場合、原則として株式譲渡所得に対する申告分離課税が適用されます。

税率は、所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%を合わせた20.315%です。

例えば、経営者が保有する株式を1億円で売却した場合を考えます。

株式の取得費が1,000万円、譲渡費用に該当する仲介手数料などが500万円だったとします。

この場合、株式譲渡所得は次のようになります。

株式譲渡代金1億円から取得費1,000万円と譲渡費用500万円を差し引くと、譲渡所得は8,500万円です。

この8,500万円に20.315%を乗じると、税額は約1,727万円になります。

したがって、税金と譲渡費用を差し引いた手取り額は約7,773万円です。

これは他の所得や損失との関係などを考慮しない単純な計算例です。

実際には、株式の取得費、譲渡費用の範囲、過去の株式移動などを確認する必要があります。

特に、長年経営してきた会社では、株式の取得費に関する資料が残っていない場合があります。

そのため、M&Aを検討する段階から株式の取得経緯を整理しておくことが重要です。

株式の取得費が不明な場合の注意点

非上場株式の売却では、取得費の確認が重要になります。

例えば、数十年前に設立した会社の株式を売却する場合、当初の出資金額やその後の増資、相続、贈与などによって取得費が変わることがあります。

株式の取得費が不明な場合には、一定の条件のもとで譲渡収入金額の5%相当額を取得費として計算する取り扱いがあります。

例えば、株式譲渡代金が1億円の場合、5%相当額は500万円です。

実際の取得費が2,000万円であったにもかかわらず、その証拠資料がなく、500万円を取得費として計算することになれば、譲渡所得が大きくなります。

その結果、税負担も増加する可能性があります。

したがって、株式の取得費を確認するためには、会社設立時の出資資料、増資関係書類、株式譲渡契約書、相続税申告書などを確認することが重要です。

また、過去に相続や贈与によって取得した株式については、原則として被相続人や贈与者の取得費を引き継ぐため、取得経緯をさかのぼって確認する必要があります。

取得費の確認は、M&Aにおける税務調査対策としても重要な意味を持ちます。

事業譲渡では会社に法人税が課税される

事業譲渡では、株式譲渡とは異なり、事業を売却する会社が譲渡対価を受け取ります。

そのため、譲渡によって利益が生じた場合には、原則として会社の法人税等の課税所得に反映されます。

例えば、ある中小企業が事業を1億円で譲渡するとします。

譲渡対象となる資産や負債などを調整した税務上の純資産額が4,000万円で、他の費用を考慮しない場合、譲渡益は6,000万円です。

この6,000万円は、原則として会社の課税所得の計算に反映されます。

仮に法人税等の実効税率を30%とすると、税負担は約1,800万円です。

その結果、会社に残る税引後の譲渡利益は約4,200万円になります。

ただし、法人税等の実効税率は会社の規模、所在地、所得金額、適用される税制などによって異なります。

また、他の事業損益や繰越欠損金の有無によっても実際の税負担は変わります。

重要なのは、事業譲渡では譲渡代金を受け取るのが経営者個人ではなく会社であることです。

経営者がその資金を個人で受け取るには、さらに別の手続きが必要になります。

事業譲渡では二段階の課税が問題になる

株式譲渡と事業譲渡の大きな違いの一つが、事業譲渡では二段階の課税が生じる可能性があることです。

株式譲渡では、個人株主が株式を売却し、その譲渡益に対して課税されます。

一方、事業譲渡では、まず会社が事業を売却し、その譲渡益に法人税等が課税されます。

その後、会社に残った資金を経営者が配当や役員退職金などで受け取る場合には、それぞれの所得区分に応じた課税が問題になります。

例えば、事業譲渡によって会社に8,000万円の資金が残ったとしても、その8,000万円を経営者個人が自由に使えるわけではありません。

配当として受け取れば、原則として配当所得として課税されます。

役員退職金として受け取る場合には、適正な退職金額や退職の実態などを確認する必要があります。

また、会社を解散して残余財産を分配する場合には、みなし配当や株式の譲渡所得等の計算が問題になることがあります。

したがって、事業譲渡を検討する際には、会社段階の税負担だけでなく、経営者個人が資金を受け取る段階まで含めて試算する必要があります。

事業譲渡では消費税にも注意が必要

事業譲渡では、法人税だけでなく消費税も重要な検討事項になります。

株式の譲渡は、消費税法上、原則として非課税取引に該当します。

一方、事業譲渡では、譲渡対象となる資産ごとに消費税の課税関係を判断する必要があります。

例えば、機械設備、商品、建物などの譲渡は、原則として消費税の課税対象になります。

一方、土地の譲渡は非課税取引です。

また、売掛金などの金銭債権の移転についても、その内容に応じた取り扱いが必要になります。

例えば、事業譲渡価格1億円の内訳が、土地4,000万円、建物3,000万円、機械設備2,000万円、営業権1,000万円だったとします。

この場合、土地4,000万円は非課税ですが、建物、機械設備、営業権の合計6,000万円は、原則として消費税の課税対象になります。

仮にこれらの金額が税抜価格で、標準税率10%が適用される場合、消費税額は600万円です。

ただし、実際の納税額は仕入税額控除などによって変わります。

また、買い手側では仕入税額控除の適用要件やインボイスの確認が必要になります。

事業譲渡では、売り手と買い手の双方が消費税の取り扱いを事前に確認することが重要です。

役員退職金を組み合わせる場合の税務

中小企業のM&Aでは、経営者の退任に伴って役員退職金を支給することがあります。

役員退職金には、一定の要件のもとで退職所得控除や2分の1課税が適用されるため、給与所得や配当所得とは異なる税負担になる場合があります。

例えば、勤続年数30年の経営者が、役員退職金3,000万円を受け取る場合を考えます。

勤続年数30年の退職所得控除額は、一般的な計算では1,500万円です。

3,000万円から1,500万円を差し引いた1,500万円について、2分の1課税が適用される場合、退職所得は750万円になります。

ただし、役員等勤続年数が5年以下の場合などには、2分の1課税が制限されることがあります。

また、役員退職金を会社の損金に算入するためには、退職の事実や支給額の相当性などが重要になります。

不相当に高額な部分は、法人税法上、損金算入が認められない場合があります。

さらに、M&Aの取引条件として役員退職金を組み合わせる場合には、株式譲渡価格との関係も整理する必要があります。

役員退職金を増やせば必ず税負担が減少するわけではありません。

会社と経営者個人の双方の税負担を比較することが重要です。

役員借入金の返済と株式譲渡代金は区別する

中小企業では、経営者個人が会社に資金を貸し付けていることがあります。

この役員借入金は、M&Aの税務を考えるうえで重要な項目です。

例えば、社長が会社に5,000万円を貸し付けている場合を考えます。

株式譲渡価格が1億円で、役員借入金5,000万円も全額返済されるとすると、経営者が受け取る総額は1億5,000万円です。

しかし、株式譲渡代金1億円と役員借入金の元本返済5,000万円では、税務上の取り扱いが異なります。

株式譲渡代金については、取得費や譲渡費用を差し引いた譲渡益に課税されます。

一方、真正な貸付金の元本返済については、通常、それ自体が所得税の課税対象になるわけではありません。

ただし、役員借入金の存在や残高について、契約書、総勘定元帳、資金移動の記録などで確認できることが重要です。

また、買い手が役員借入金の返済を引き継ぐ場合には、返済時期や返済能力を確認する必要があります。

株式譲渡価格だけでなく、役員借入金の回収可能性も含めて手取り額を検討することが重要になります。

株式譲渡と事業譲渡の税負担を比較する

ここで、株式譲渡と事業譲渡の違いを簡単な事例で比較します。

ある中小企業の経営者が、会社の売却を検討しているとします。

株式譲渡の場合、株式譲渡価格は1億円、取得費は1,000万円、譲渡費用は500万円とします。

この場合、株式譲渡益は8,500万円となり、20.315%の税率による税額は約1,727万円です。

経営者の手取り額は約7,773万円になります。

一方、事業譲渡の場合、事業譲渡価格を1億円、税務上の譲渡原価等を4,000万円と仮定します。

譲渡益6,000万円に対し、法人税等の実効税率を仮に30%とすると、税額は約1,800万円です。

ただし、事業譲渡では会社が譲渡代金を受け取るため、この段階で経営者個人の手取り額が確定するわけではありません。

会社に残った資金を配当、退職金、清算による分配などで受け取る際には、追加の税務計算が必要になります。

また、事業譲渡では消費税や資産移転に伴う諸費用も考慮する必要があります。

このように、単純に売却価格だけを比較しても、どちらが有利か判断することはできません。

会社の財務内容、資産構成、経営者の取得費、退職金の有無などによって、税引後の手取り額は変わります。

買い手側の税務上の違いも価格交渉に影響する

株式譲渡と事業譲渡の選択は、売り手だけでなく買い手の税務にも影響します。

株式譲渡では、買い手は株式を取得します。

原則として、買収対象会社の資産や負債の税務上の帳簿価額は、そのまま引き継がれます。

一方、事業譲渡では、買い手が取得した資産について、原則として取得価額を基準に税務処理を行います。

例えば、買い手が建物や機械設備を取得した場合には、一定の要件のもとで減価償却費を計上できます。

また、事業譲渡によって取得した営業権については、税務上の資産調整勘定などの取り扱いが問題になる場合があります。

買い手にとっては、将来の減価償却費や税務上の損金算入が重要な判断材料になります。

そのため、売り手が株式譲渡を希望していても、買い手が事業譲渡を希望する場合があります。

逆に、事業譲渡では個別の契約移転や許認可の確認が必要になるため、株式譲渡の方が実務上進めやすい場合もあります。

M&Aの方法は、売り手と買い手の双方の税務上の利害を踏まえて決定されます。

事業承継税制を利用している場合の注意点

中小企業の事業承継では、非上場株式に係る相続税や贈与税の納税猶予制度が利用される場合があります。

法人版事業承継税制では、一定の要件を満たす株式の贈与や相続について、納税が猶予されます。

しかし、納税猶予の適用を受けている株式を第三者に譲渡すると、原則として猶予されていた税額の納付が必要になる場合があります。

例えば、親から子へ株式を贈与し、事業承継税制の適用を受けた後、子が第三者へのM&Aを検討する場合です。

この場合、株式譲渡益に対する所得税だけでなく、過去に猶予されていた贈与税の取り扱いも確認する必要があります。

一定の要件を満たす場合には、納税猶予税額の減免などが認められる制度もありますが、個別の条件を慎重に確認する必要があります。

事業承継税制を利用している会社では、M&Aを検討する前に過去の税務申告や認定状況を確認することが不可欠です。

M&Aの税務対策は早期準備が重要

M&Aの税務対策は、売却契約の直前になって検討するのでは遅い場合があります。

まず、株式の取得費を確認することが重要です。

会社設立時の出資金額、増資、相続、贈与などの履歴を整理し、取得費を証明できる資料を確保します。

次に、役員借入金や役員貸付金など、経営者個人と会社との取引を整理します。

さらに、保有不動産の含み益、繰越欠損金、役員退職金、事業承継税制の適用状況などを確認します。

また、株式譲渡と事業譲渡の双方について、会社と経営者個人の税負担を試算することが望まれます。

税務上の有利不利だけでなく、経営者保証の解除、買い手の信用力、従業員の雇用維持なども含めて検討する必要があります。

特に、節税効果を優先するあまり、不自然な取引や実態を伴わない退職金の支給などを行うことは避けなければなりません。

税務上の適正性と事業承継の目的を両立させることが重要です。

結論

中小企業のM&Aでは、株式譲渡と事業譲渡の選択によって税負担が大きく異なります。

個人株主による株式譲渡では、原則として譲渡益に20.315%の税率が適用されます。

一方、事業譲渡では会社に法人税等が課税され、経営者が資金を受け取る段階で追加の課税が生じる可能性があります。

また、事業譲渡では消費税の取り扱いも重要です。

建物、機械設備、営業権などは原則として課税対象となる一方、土地の譲渡は非課税となります。

さらに、役員退職金、役員借入金、株式取得費、事業承継税制の適用状況などによって、経営者の税引後手取り額は大きく変わります。

したがって、M&Aでは売却価格だけを比較するのではなく、税金と諸費用を差し引いた最終的な手取り額を確認することが重要です。

ただし、税負担が少ない方法が、必ずしも最適な事業承継方法とは限りません。

買い手の信用力、経営者保証の解除、従業員の雇用維持、取引先との関係なども重要な判断材料になります。

事業承継は、経営者が長年育ててきた会社の価値を次の世代へ引き継ぐための重要な経営判断です。

そのためには、税務上の仕組みを正しく理解し、会社と経営者個人の双方の立場から取引条件を検討する必要があります。

M&Aの税務対策は、単なる節税ではありません。

経営者が安心して引退し、会社が次の経営者のもとで成長を続けるための資金計画でもあります。

株式譲渡と事業譲渡の違いを理解し、早い段階から専門家とともに準備を進めることが、納得できる事業承継につながると考えます。

参考

日本経済新聞 2026年10月10日 中小の事業承継、悪質なM&A仲介排除へ 強制調査など法整備検討

中小企業庁 2024年8月 中小M&Aガイドライン第3版

国税庁 株式等を譲渡したときの課税に関する説明

国税庁 事業譲渡に係る消費税の取り扱い

国税庁 退職所得の課税に関する説明

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