ふるさと納税制度を巡り、自治体間の寄付獲得競争が新たな段階に入っています。
これまで、ふるさと納税では魅力的な返礼品を提供する自治体に多くの寄付が集まる傾向がありました。
一方、知名度が低い自治体や、人気の返礼品を十分に用意できない自治体では、寄付額を伸ばすことが難しい状況もあります。
こうしたなか、2026年10月から自治体の募集経費の上限が従来の50%から47.5%に引き下げられました。
総務省は2029年にかけて40%まで段階的に引き下げる方針です。
さらに、2025年度の仲介サイト手数料率は11.5%となっており、自治体の経費負担も大きな課題となっています。
募集経費の規制が強化されれば、寄付額の多い自治体と少ない自治体の間で、対応力に差が生じる可能性があります。
ふるさと納税は、本来、地域を応援するための制度です。
しかし、寄付獲得競争が激しくなることで、自治体間の財政格差を拡大させる可能性もあります。
今回は、ふるさと納税の寄付獲得競争について、自治体の財政力、返礼品の競争力、仲介サイトへの依存、地域ブランド、地方交付税制度などの観点から解説します。
ふるさと納税は自治体間の競争を生み出した
ふるさと納税は2008年に始まった制度です。
個人が応援したい自治体に寄付を行い、一定の条件を満たすことで所得税や個人住民税の控除を受けられます。
自治体にとっては、地域外から財源を獲得できる仕組みです。
従来、自治体の税収は人口や企業活動、土地や建物の状況などに大きく左右されてきました。
しかし、ふるさと納税では、地域外に住む人からも寄付金を集めることができます。
そのため、人口規模が小さい自治体でも、魅力的な返礼品や地域の特色を生かすことで、多額の寄付を獲得できる可能性があります。
一方、寄付者が選択できる自治体は全国にあります。
そのため、自治体は寄付者に選ばれるための競争を行うことになります。
返礼品の魅力、地域ブランド、情報発信力、寄付手続きの利便性などが寄付額に影響します。
ふるさと納税は、自治体が地域の魅力を全国に発信する機会を生み出した一方、寄付獲得力による格差も生み出しているのです。
人気の返礼品を持つ自治体が有利になる
ふるさと納税の寄付獲得競争では、返礼品の魅力が重要な要素となっています。
米、肉、魚介類、果物、加工食品などは、多くの寄付者にとって身近な返礼品です。
また、地域独自の工芸品や宿泊券、観光体験なども寄付を集める手段となっています。
例えば、全国的に知名度の高い農産物や水産物を生産する地域では、その商品を返礼品として提供することで寄付者の関心を集めやすくなります。
一方、特徴的な地場産品が少ない自治体では、返礼品による差別化が難しい場合があります。
さらに、同じ種類の返礼品であっても、商品の品質、数量、配送条件などによって寄付者の評価が異なります。
寄付者が返礼品の内容を比較して寄付先を選ぶ場合、競争力の高い商品を持つ自治体に寄付が集中する可能性があります。
このため、自治体の寄付獲得力は、必ずしも財政需要の大きさと一致しません。
財政的に厳しい自治体であっても、人気の返礼品がなければ十分な寄付を集められない場合があります。
寄付額の格差が財政収支に与える影響
ここで、寄付額の異なる自治体の財政収支を比較してみます。
年間100億円の寄付を集める自治体と、年間1億円の寄付を集める自治体を想定します。
募集経費率が50%の場合、100億円の寄付を集める自治体には50億円が残ります。
一方、1億円の寄付を集める自治体に残る金額は5,000万円です。
両者の差は49億5,000万円となります。
募集経費率を40%に引き下げた場合、100億円の寄付を集める自治体には60億円が残ります。
1億円の寄付を集める自治体に残る金額は6,000万円です。
差額は59億4,000万円に拡大します。
これは寄付額が変わらず、両自治体が募集経費率を40%に引き下げられた場合の単純な試算です。
経費率の引き下げによって自治体に残る割合が増えるほど、寄付額の大きい自治体では財源の増加額も大きくなります。
ただし、自治体の財政規模や人口が異なるため、寄付額の絶対額だけで財政への影響を判断することは適切ではありません。
人口1人当たりの寄付額や、一般会計歳入に占める寄付金の割合なども確認する必要があります。
寄付額の多い自治体ほど経費削減に有利なのか
寄付額の多い自治体は、募集経費の削減において有利になる可能性があります。
例えば、返礼品の配送件数が多ければ、物流事業者との契約交渉で有利な条件を得られる場合があります。
また、返礼品の調達数量が多い場合には、梱包資材の共同調達や出荷作業の効率化などを進めやすくなります。
仲介サイト運営事業者との契約についても、取扱寄付額が大きい自治体ほど交渉力を持つ可能性があります。
一方、寄付額の少ない自治体では、配送件数や取扱数量が少ないため、規模の経済を十分に生かせない場合があります。
例えば、年間10万件の寄付を受け付ける自治体と、年間1,000件の寄付を受け付ける自治体では、寄付1件当たりの固定的な事務費用が異なる可能性があります。
システム利用料や職員の事務処理費用などは、寄付件数が少なくても一定程度発生するためです。
募集経費の上限が40%に引き下げられるなかでは、こうした規模の違いが自治体の対応力に影響する可能性があります。
仲介サイトへの依存度も自治体間で異なる
ふるさと納税では、多くの寄付者が仲介サイトを通じて寄付を行っています。
仲介サイトには、返礼品の検索、寄付受付、決済、寄付履歴の管理などの機能があります。
自治体にとっては、全国の寄付者に情報を届けられる重要な仕組みです。
しかし、仲介サイトへの依存度が高い自治体では、手数料の引き上げやサービス内容の変更が寄付額に大きく影響する可能性があります。
日本経済新聞の2026年9月の調査では、回答した595市区の92%が、仲介サイト運営事業者による手数料引き下げの対応について期待に沿うものではなかったと評価しました。
さらに、69%の自治体が国に対して手数料の上限設定などの規制を求めています。
寄付額の多い自治体では、複数の仲介サイトを利用したり、独自の情報発信を充実させたりする余地があります。
一方、寄付額の少ない自治体では、限られた人員や予算のなかで寄付募集を行う必要があります。
そのため、仲介サイトへの依存度を下げることが難しい場合があります。
今後は、自治体が仲介サイトの費用対効果を比較し、適切な契約条件を選択できる環境を整えることが重要になります。
地域ブランドの違いが寄付額に影響する
ふるさと納税の寄付獲得力を考えるうえで、地域ブランドも重要です。
全国的に知られている観光地や特産品を持つ自治体は、寄付者に地域の魅力を伝えやすいという特徴があります。
例えば、地域の農産物や水産物が高い評価を受けていれば、そのブランド力を生かして寄付を集めることができます。
また、観光地として知名度が高い地域では、宿泊券や体験型返礼品などを通じて寄付者の関心を集めることができます。
一方、全国的な知名度が低い自治体では、地域の魅力を知ってもらうための情報発信が必要になります。
ただし、知名度が低いことが必ずしも不利になるとは限りません。
地域独自の文化や自然、産業、歴史などを分かりやすく伝えることで、寄付者の共感を得られる可能性があります。
特に、返礼品の数量や価格による競争が難しくなるなかでは、地域の特色や政策への共感が重要になると考えられます。
財政力の弱い自治体ほど寄付を集められるとは限らない
ふるさと納税は、地方への財源移転を促す制度として期待されています。
しかし、財政力の弱い自治体に必ず多くの寄付が集まるわけではありません。
寄付額は、返礼品の魅力、地域ブランド、情報発信力、仲介サイトでの露出などによって左右されます。
そのため、財政的に余裕のある自治体が多額の寄付を集める一方、財政力の弱い自治体が十分な寄付を獲得できない可能性もあります。
この点は、地方交付税制度との大きな違いです。
地方交付税は、自治体間の財政力格差を調整し、全国の自治体が一定水準の行政サービスを提供できるようにする制度です。
一方、ふるさと納税は寄付者の選択によって財源が移転する仕組みです。
したがって、ふるさと納税だけで自治体間の財政格差を是正することには限界があります。
むしろ、寄付獲得力の違いによって新たな財政格差が生じる可能性があります。
寄付額が多い自治体にも財政リスクがある
寄付額の多い自治体が、必ずしも財政的に安定しているとは限りません。
ふるさと納税による寄付金は、制度改正や返礼品の人気、仲介サイトのサービス変更などによって変動する可能性があります。
例えば、年間100億円の寄付を集める自治体が、その収入を前提として継続的な行政サービスを拡大した場合を考えます。
翌年度に寄付額が50億円へ減少すれば、財源確保が難しくなる可能性があります。
特に、人件費や施設維持費などの固定的な支出を伴う事業では、寄付額が減少しても直ちに経費を削減できない場合があります。
また、人気の返礼品に寄付が集中している自治体では、その商品の供給量や市場価格の変化が寄付額に影響する可能性があります。
例えば、農産物の不作や水産資源の減少によって返礼品の供給が難しくなれば、寄付額が減少することも考えられます。
このため、寄付額の多い自治体ほど、将来の収入変動に備えた財政運営が重要になります。
寄付金への依存度をどう評価するか
自治体の財政リスクを評価する際には、寄付額の大きさだけでなく、財政全体に占める割合を確認する必要があります。
例えば、一般会計歳入が1,000億円の自治体で、ふるさと納税による寄付額が10億円の場合、歳入に対する寄付額の割合は1%です。
一方、一般会計歳入が100億円の自治体で、ふるさと納税による寄付額が10億円の場合、その割合は10%になります。
同じ10億円の寄付であっても、財政への影響は大きく異なります。
ただし、寄付額の全額が自由に使える財源になるわけではありません。
返礼品の調達費用や仲介サイト手数料などを差し引く必要があります。
また、寄付者が使途を指定している場合には、その目的に沿って活用する必要があります。
したがって、財政への依存度を評価する際には、寄付額だけでなく、募集経費控除後の金額や使途の制約も考慮する必要があります。
寄付金への依存度が高い自治体では、寄付額が大きく減少した場合の財政シミュレーションを行うことが重要です。
自治体間の共同化が格差是正につながる可能性
寄付獲得力の弱い自治体が単独で競争することには限界があります。
そこで考えられるのが、複数の自治体による共同化です。
例えば、近隣自治体が協力して地域全体の魅力を発信する方法があります。
観光資源や特産品を組み合わせて地域ブランドを高めることで、個別の自治体では十分に伝えられなかった魅力を全国に発信できる可能性があります。
また、返礼品の配送や受注管理などを共同化すれば、事務費用や物流費用を削減できる場合があります。
特に、寄付額の少ない自治体では、共通のシステムや事務処理体制を利用することで、固定費を抑えられる可能性があります。
ただし、寄付金の受入主体や返礼品の地場産品基準などは、自治体ごとに適切に管理する必要があります。
共同化によって制度上の基準が緩和されるわけではありません。
自治体間で協力できる業務と、個別に管理すべき業務を区別することが重要です。
返礼品以外の魅力で寄付を集める自治体へ
今後のふるさと納税では、返礼品の魅力だけで寄付を集める方法からの転換が重要になります。
2025年10月から仲介サイトによる寄付者向けの独自ポイント付与が禁止されました。
さらに、募集経費の上限が段階的に引き下げられることで、返礼品の数量や価格による競争にも制約が強まる可能性があります。
こうした環境では、自治体が寄付金の使途や事業成果を分かりやすく伝えることが重要です。
例えば、子育て支援、教育、医療、福祉、防災、環境保全など、地域の課題を具体的に示す方法があります。
寄付者が自分の関心のある政策を選び、その実現を支援できる仕組みを整えることも考えられます。
また、寄付金によって実施した事業の成果を継続的に報告すれば、寄付者との信頼関係を構築できます。
返礼品をきっかけに地域を知った人が、地域の政策や文化に関心を持ち、継続的に寄付するようになれば、寄付額の安定化にもつながります。
重要なのは、寄付者を一度限りの利用者としてではなく、地域を継続的に応援する存在として捉えることです。
寄付額ランキングだけで自治体を評価しない
ふるさと納税では、寄付額の多い自治体が注目される傾向があります。
しかし、寄付額ランキングだけで制度の成果を評価することは適切ではありません。
例えば、寄付額が100億円でも募集経費率が50%であれば、自治体に残る金額は50億円です。
一方、寄付額が80億円でも募集経費率が40%であれば、自治体に残る金額は48億円となります。
寄付額には20億円の差がありますが、自治体に残る金額の差は2億円です。
さらに、返礼品の調達による地域事業者の売上高や雇用への影響を考慮すれば、評価は一層複雑になります。
また、寄付金を活用してどのような行政サービスを実現したかという点も重要です。
寄付額が少なくても、地域課題の解決に効果的に活用している自治体は高く評価されるべきでしょう。
今後は、寄付額だけでなく、募集経費率、自治体に残る財源、地域経済への波及効果、事業成果などを総合的に評価する必要があります。
2029年に向けて自治体の競争力が問われる
総務省は、2029年にかけて募集経費の上限を40%まで段階的に引き下げる方針です。
この変更によって、自治体の寄付募集のあり方は大きく変わる可能性があります。
これまでのように、返礼品の魅力や広告宣伝によって寄付額を増やすだけでは、十分な成果を得られなくなる可能性があります。
今後は、寄付額を維持しながら募集経費を削減する能力が重要になります。
特に、仲介サイト手数料の適正化、物流の効率化、事務処理のデジタル化、寄付者との継続的な関係構築などが課題となります。
一方、寄付額の少ない自治体では、こうした取り組みに必要な人員や予算を確保することが難しい場合があります。
そのため、国や都道府県による情報提供や自治体間の共同化など、規模の小さい自治体を支援する仕組みも重要になると考えられます。
制度改革によって自治体間の格差が拡大しないよう、経費規制の効果と寄付獲得状況を継続的に検証する必要があります。
結論
ふるさと納税は、地方自治体が地域外から財源を獲得できる重要な制度です。
一方、寄付額は返礼品の魅力、地域ブランド、情報発信力、仲介サイトの集客力などによって左右されるため、自治体間で大きな格差が生じる可能性があります。
特に、募集経費の上限が2029年にかけて40%まで引き下げられる方針であることから、寄付額の多い自治体と少ない自治体の間で、経費削減への対応力に差が生じることが懸念されます。
寄付額の多い自治体では、規模の経済を生かして物流費用や事務費用を削減できる可能性があります。
一方、寄付額の少ない自治体では、固定費の負担が大きくなり、経費率の引き下げが難しくなる場合があります。
また、ふるさと納税は地方交付税とは異なり、財政力の弱い自治体に必ず多くの財源が配分される仕組みではありません。
そのため、寄付獲得競争が自治体間の財政格差を拡大させる可能性もあります。
ただし、寄付額の多い自治体が必ずしも財政的に安定しているわけではありません。
制度改正や返礼品の人気の変化によって寄付額が減少すれば、行政サービスの継続に影響する可能性があります。
今後は、寄付額の大きさだけでなく、自治体に残る財源、寄付金の使途、地域経済への波及効果などを総合的に評価することが重要です。
また、寄付獲得力の弱い自治体については、自治体間の共同化や情報発信の支援などを通じて、制度を活用しやすい環境を整える必要があります。
ふるさと納税の本来の目的は、自治体間で勝ち負けを競うことではありません。
寄付者が地域を応援し、その資金が地域の課題解決や活性化につながることです。
これからのふるさと納税では、寄付額のランキングだけでなく、寄付金をどれだけ地域の価値に変えることができたかが問われる時代になると考えられます。
参考
日本経済新聞 2026年10月10日付 ふるさと納税サイト手数料下げ、市区の9割が不満 日経調査