世界の重要鉱物市場では、資源を採掘する国と、資源を精製する国の間に大きな力関係の違いが生まれています。
アフリカにはコバルト、リチウム、黒鉛、銅などの豊富な鉱物資源が存在しています。しかし、これらの鉱物を電気自動車や蓄電池、半導体などに使用できる状態に加工する工程では、中国が圧倒的な存在感を示しています。
例えば、コンゴ民主共和国は世界のコバルト生産量の約74%を占めていますが、精製工程では中国が約76%のシェアを握っています。
黒鉛についても、中国は精製工程の約94%を占めています。
つまり、資源を保有している国が、必ずしも世界の資源供給網を支配しているわけではないのです。
こうした構造は、日本を含む資源輸入国にとって大きな経済安全保障上の課題となっています。
今回は、中国が重要鉱物の精製市場で圧倒的な地位を築いた背景、世界経済に潜む供給リスク、日本企業が取り組むべき対応策について解説します。
重要鉱物の採掘と精製は別の産業である
重要鉱物の供給網を理解するには、採掘と精製の違いを知る必要があります。
採掘とは、地下に存在する鉱石を取り出す工程です。
一方、精製とは、採掘した鉱石や中間原料から必要な成分を取り出し、不純物を除去して、工業製品に使用できる品質にする工程です。
例えば、コバルトを含む鉱石を採掘しても、そのまま電池の材料として使用できるわけではありません。
選鉱、製錬、精製などの工程を経て、必要な品質のコバルト化合物や金属材料を製造する必要があります。
さらに、電池用の正極材などを製造する工程もあります。
このように、重要鉱物の供給網は複数の段階から構成されています。
資源国が鉱石を採掘しても、精製能力を持たなければ、加工工程を海外企業に依存することになります。
逆に、国内に豊富な鉱物資源がなくても、精製技術や設備を保有していれば、世界の供給網において重要な地位を確保できます。
中国は、この精製工程に集中的に投資することで、重要鉱物市場における影響力を高めてきました。
中国が精製市場で圧倒的なシェアを持つ理由
中国が重要鉱物の精製市場で強い競争力を持つ背景には、長年にわたる産業政策と設備投資があります。
第一に、国家戦略として鉱物資源の加工産業を育成してきたことです。
中国は、電池、電気自動車、電子機器、再生可能エネルギー設備などの産業を発展させるため、重要鉱物の精製能力を拡大してきました。
第二に、大規模な設備投資によって生産能力を高めたことです。
精製設備には巨額の投資が必要ですが、中国企業は国内外で製錬所や精製工場の整備を進めてきました。
第三に、関連産業が国内に集積していることです。
中国には電池材料メーカー、電池メーカー、自動車メーカー、電子部品メーカーなどが集まっています。
精製した鉱物を国内の製造業に供給できるため、物流や取引面での効率性が高まります。
第四に、海外の鉱山開発にも積極的に投資してきたことです。
中国企業はアフリカや東南アジアなどで鉱山権益を取得し、原材料の調達から精製、製品化までを結ぶ供給網を構築してきました。
こうした長期的な取り組みによって、中国は重要鉱物の精製市場で高い競争力を獲得したのです。
コバルト市場に見る中国の影響力
中国の精製支配を象徴する鉱物がコバルトです。
コバルトは、一部のリチウムイオン電池や特殊合金などに使用される重要鉱物です。
特に電池分野では、正極材料の性能や安定性に関わる原料として利用されています。
2025年の世界のコバルト生産量は、コンゴ民主共和国が約23万トンと全体の約74%を占めています。
しかし、精製工程では中国が約76%のシェアを持ち、日本は約2%にとどまります。
この数字から分かるのは、採掘量の多さと精製能力の高さが必ずしも一致しないということです。
コンゴ民主共和国で採掘されたコバルトの多くは、海外での精製や加工を経て、電池材料などとして利用されています。
そのため、中国の精製能力に問題が生じれば、世界の電池関連企業にも影響が及ぶ可能性があります。
また、コンゴ民主共和国が輸出規制を強化すれば、中国の精製企業も原材料の調達に影響を受けます。
つまり、資源国と精製国は互いに依存する関係にあります。
今後、コンゴ民主共和国が国内精製能力を拡大すれば、この国際分業の構造が変化する可能性があります。
黒鉛の精製でも中国への依存が大きい
黒鉛も中国への依存度が高い重要鉱物です。
黒鉛はリチウムイオン電池の負極材料として広く使用されています。
電気自動車や蓄電池の普及が進むなか、黒鉛の安定供給は重要な課題となっています。
モザンビークは世界有数の黒鉛生産国ですが、精製工程では中国が約94%のシェアを占めています。
黒鉛は採掘しただけでは電池用材料として使用できません。
粒度の調整、不純物の除去、表面処理など、用途に応じた高度な加工が必要です。
これらの工程に必要な設備や技術が中国に集中しています。
そのため、黒鉛の採掘国を分散したとしても、精製工程が中国に集中したままであれば、供給網全体のリスクを十分に低減できません。
資源調達の安全性を考える際には、鉱石の産地だけでなく、どの国で精製され、どの企業が加工しているのかまで確認する必要があります。
中国の輸出管理が経済安全保障上の問題になる
重要鉱物の精製能力が特定国に集中すると、その国の政策変更が世界の産業に影響する可能性があります。
中国は近年、ガリウム、ゲルマニウム、黒鉛などの関連品目について輸出管理を強化してきました。
これらの措置は、対象品目や仕向け地、用途などによって内容が異なります。
輸出管理は必ずしも全面的な輸出禁止を意味するものではありません。
しかし、輸出許可の取得が必要になれば、企業にとって調達手続きの負担や納期の不確実性が増す場合があります。
重要鉱物は半導体、通信機器、防衛関連製品、電池など幅広い産業に利用されています。
そのため、供給が制限されると、特定の企業だけでなく、産業全体に影響が広がる可能性があります。
特に問題となるのは、代替調達先を短期間で確保することが難しい点です。
精製工場の建設には多額の資金と長い期間が必要です。
さらに、製品の品質確認や顧客企業による認証にも時間がかかります。
供給網の集中は、価格だけでなく、国家の産業競争力にも関わる問題となっています。
アフリカの輸出規制が中国の精製支配を変える可能性
アフリカ諸国が国内加工を義務付ける動きは、中国中心の精製構造を変える可能性があります。
これまでアフリカ諸国は、鉱物を原材料や中間原料として輸出することが中心でした。
しかし、国内で精製や加工を行えば、より高い付加価値を確保できる可能性があります。
コンゴ民主共和国はコバルトと銅の輸出規制を強化し、国内加工の拡大を目指しています。
モザンビークやジンバブエでも、鉱物資源の国内加工を促進する政策が進められています。
こうした政策が成功すれば、アフリカに新しい精製拠点が形成される可能性があります。
ただし、国内加工を義務付けたからといって、中国の影響力が直ちに低下するわけではありません。
中国企業自身がアフリカの精製所や加工工場に投資する可能性があるためです。
その場合、加工拠点の所在地はアフリカに移っても、設備、技術、資本、販売網などを中国企業が担う構造が続くことも考えられます。
重要なのは、工場がどこにあるかだけではありません。
誰が設備を所有し、技術を保有し、製品の販売先を決定するのかという点です。
日本の製造業が直面する供給網のリスク
日本は自動車、電子部品、半導体製造装置、電池などの分野で高い技術力を持っています。
しかし、これらの産業に必要な重要鉱物の多くを海外に依存しています。
例えば、電池関連企業にとって、コバルト、リチウム、黒鉛などの安定調達は重要な経営課題です。
資源価格が上昇すれば、製造原価が増加します。
また、輸出規制によって調達が遅れれば、生産計画の変更を迫られる可能性もあります。
特に、自動車産業では多数の部品メーカーが複雑な供給網を形成しています。
一つの重要材料が不足するだけでも、完成車の生産に影響が及ぶ場合があります。
日本企業にとって重要なのは、調達価格の安さだけを基準に取引先を選ばないことです。
安定供給、品質、地政学リスク、代替調達先の有無などを総合的に評価する必要があります。
さらに、鉱山から精製、加工、部品製造まで、供給網の各段階を把握することが重要になります。
日本が中国依存を減らすための取り組み
日本が重要鉱物の供給リスクを低減するには、複数の対策を組み合わせる必要があります。
第一に、調達先の分散です。
特定国への依存度を下げるため、アフリカ、オーストラリア、東南アジアなどとの資源協力を強化することが考えられます。
第二に、精製能力の分散です。
鉱山権益を確保するだけでなく、日本国内や友好国に精製設備を整備することが重要です。
第三に、資源国との共同投資です。
アフリカ諸国が国内加工を求める場合、日本企業が現地の精製所や加工工場に出資することも選択肢になります。
第四に、リサイクル技術の高度化です。
使用済み電池や電子機器から重要鉱物を回収できれば、新たな鉱石への依存を減らすことができます。
第五に、代替材料の開発です。
例えば、コバルトを使用しないリン酸鉄リチウム電池の普及は、電池分野におけるコバルト需要の構造を変える要因となっています。
ただし、代替材料にも別の資源調達リスクが存在する場合があります。
一つの鉱物への依存を減らすことが、必ずしも供給網全体の安全性を高めるとは限りません。
複数の資源と製造工程を総合的に評価することが必要です。
重要鉱物の精製能力は国家の競争力を左右する
重要鉱物を巡る国際競争では、鉱山の保有だけでなく、精製能力の確保が重要になっています。
資源国は国内加工を通じて産業発展を目指しています。
中国は長年にわたる投資によって、精製工程で高い競争力を築いてきました。
米国や欧州、日本などは、供給網の集中によるリスクを低減するため、調達先や加工拠点の分散を進めています。
こうした動きは、単なる企業間競争ではありません。
経済安全保障、産業政策、通商政策が複雑に関係する国家間の競争でもあります。
今後、重要鉱物の供給網は効率性だけでなく、安定性や信頼性を重視する方向へ変化していくと考えられます。
ただし、供給網の分散には追加的なコストが伴います。
新しい精製設備の建設、技術者の育成、環境対策などに投資が必要になるためです。
企業にとっては、低コストと安定供給のどちらをどの程度重視するかという経営判断が求められます。
結論
中国が重要鉱物の精製市場で圧倒的な地位を築いていることは、世界の資源供給網における大きな構造的特徴です。
コンゴ民主共和国が世界のコバルト生産量の約74%を占める一方、精製工程では中国が約76%のシェアを握っています。
黒鉛についても、中国は精製工程の約94%を占めています。
これらの数字は、資源の採掘と精製が異なる国に集中していることを示しています。
中国は長年にわたり、精製設備への投資、技術の蓄積、関連産業の育成、海外鉱山への投資を進めてきました。
その結果、重要鉱物の供給網において大きな影響力を持つようになりました。
一方、アフリカ諸国は国内加工を義務付けることで、原材料の輸出に依存する経済からの脱却を目指しています。
この動きが進めば、世界の精製拠点が分散する可能性があります。
しかし、工場の所在地が変わっても、技術や資本、販売網が特定国に集中したままであれば、供給リスクが十分に解消されるとは限りません。
日本にとって重要なのは、鉱物資源の調達先だけでなく、精製や加工を含めた供給網全体を把握することです。
調達先の分散、精製能力の確保、資源国との共同投資、リサイクル技術の開発などを組み合わせる必要があります。
また、供給網の安定性を高めるには、一定のコスト負担を受け入れることも必要になるでしょう。
これからの世界経済では、天然資源をどれだけ保有しているかだけでなく、その資源を産業利用できる状態に加工する能力が国家や企業の競争力を左右します。
重要鉱物の精製能力は、単なる製造技術ではなく、経済安全保障を支える重要な産業基盤になっているのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月10日 「アフリカ『資源の呪い』脱却急ぐ 相次ぐ輸出規制、価格を押し上げ」
米地質調査所 2026年 Mineral Commodity Summaries
国際エネルギー機関 重要鉱物の供給網に関する分析資料