世界の電気自動車や蓄電池産業にとって、コバルトの安定調達が重要な経営課題となっています。
その背景にあるのが、世界最大のコバルト生産国であるコンゴ民主共和国の輸出規制です。
コンゴ民主共和国は2025年2月、国際価格の低迷を受けてコバルトの輸出を一時停止しました。さらに2026年6月には、コバルトと銅の精鉱の輸出を禁止する措置を打ち出しました。
これらの政策は、資源価格の下落を防ぐとともに、国内での精製や加工を促進し、資源開発から得られる利益を増やすことを目的としています。
しかし、世界のコバルト生産量の約74%を占める国が輸出を制限すれば、国際市場への影響は避けられません。
実際、コバルト価格は2025年2月の1トン当たり2万1,550ドルから、同年3月中旬には3万6,170ドルへと約68%上昇しました。
その後も輸出規制の延長や輸出割当制度の導入などを背景に、価格は4万ドル近辺まで上昇しています。
今回は、コンゴ民主共和国のコバルト輸出規制の背景、国際価格が上昇する仕組み、電池産業への影響、日本企業の調達戦略、今後の市場動向について解説します。
コバルトは電池産業を支える重要鉱物
コバルトは、電気自動車や電子機器に使用される一部のリチウムイオン電池に欠かせない重要鉱物です。
特に、ニッケル、マンガン、コバルトを組み合わせた三元系電池などでは、正極材料の構成元素として使用されています。
コバルトは電池の性能や安定性に関係するため、電池メーカーにとって重要な原材料の一つです。
また、コバルトは電池以外にも、航空機エンジンなどに使用される耐熱合金、切削工具、触媒など幅広い分野で利用されています。
そのため、コバルトの供給が不安定になると、電池産業だけでなく、航空宇宙産業や機械産業にも影響が及ぶ可能性があります。
近年は、電気自動車や蓄電池の普及によって、コバルトの需要構造も変化しています。
ただし、すべての電気自動車用電池にコバルトが使用されているわけではありません。
コバルトを使用しないリン酸鉄リチウム電池の普及も進んでおり、電池の種類によって資源需要は異なります。
この点は、今後のコバルト市場を考えるうえで重要です。
コンゴ民主共和国が世界生産量の約74%を占める
コバルト市場の最大の特徴は、生産が特定の国に集中していることです。
米地質調査所によると、2025年のコンゴ民主共和国のコバルト生産量は約23万トンでした。
これは世界全体の約74%に相当します。
世界で使用されるコバルトの大部分が、一つの国の生産に依存していることになります。
このような供給構造では、生産国の政策変更や政治情勢が国際市場に大きな影響を与えます。
例えば、コンゴ民主共和国で鉱山の操業停止や輸出規制が発生すれば、他の生産国が短期間で不足分を補うことは容易ではありません。
新しい鉱山の開発には、多額の資金と長い期間が必要だからです。
さらに、コバルトは銅やニッケルの採掘に伴って生産されることが多いという特徴があります。
そのため、コバルト価格が上昇しても、コバルトだけを目的として生産量を急増させることは難しい場合があります。
こうした供給構造が、コバルト価格の変動を大きくする要因となっています。
コンゴ民主共和国が輸出規制に踏み切った理由
コンゴ民主共和国が輸出規制を強化した背景には、コバルト価格の低迷があります。
資源国にとって、国際価格の下落は輸出収入や税収の減少につながります。
特に、国家経済における鉱業の比重が大きい国では、資源価格の変動が財政運営にも影響します。
コバルトの供給が需要を上回れば、国際価格は下落します。
価格が低迷すると、鉱山企業の収益が悪化し、設備投資や雇用にも影響が及びます。
そこでコンゴ民主共和国は、輸出を制限することで国際市場への供給量を調整し、価格の回復を図ろうとしました。
同時に、国内での精製や加工を促進する狙いもあります。
これまで同国は、コバルトの採掘では世界最大の地位を占めながら、高度な精製工程の多くを海外に依存してきました。
国内加工を拡大できれば、鉱石や中間原料を輸出するだけの場合よりも、国内に多くの付加価値を残せる可能性があります。
つまり、今回の輸出規制には、短期的な価格対策と中長期的な産業育成という二つの目的があるのです。
コバルト価格が約68%上昇した仕組み
輸出規制が国際価格に与えた影響は大きなものでした。
2025年2月の輸出規制発表前、ロンドン金属取引所のコバルト先物価格は1トン当たり2万1,550ドルでした。
ところが、同年3月中旬には3万6,170ドルまで上昇しました。
上昇率を計算すると、約68%になります。
短期間でこれほど価格が上昇した背景には、供給不足への警戒感があります。
コバルトの需要企業は、将来の供給が不足する可能性を考え、在庫の確保や調達契約の見直しを進めます。
市場参加者が供給不足を予想すれば、現時点での実際の不足量以上に価格が上昇する場合があります。
また、輸出規制がいつ解除されるのか、どの程度の数量が輸出できるのかが不透明な場合、価格変動はさらに大きくなります。
その後も輸出規制の延長や輸出割当制度の導入によって、価格は4万ドル近辺まで上昇しました。
この事例は、資源価格が需要と供給だけでなく、資源国の政策によって大きく変動することを示しています。
コバルト価格の上昇が電池メーカーに与える影響
コバルト価格の上昇は、電池メーカーの原材料費を押し上げる要因となります。
例えば、コバルトを使用する三元系電池では、コバルト価格の上昇によって正極材料の製造コストが増加する可能性があります。
電池メーカーが原材料費の上昇を販売価格に転嫁できなければ、利益率が低下します。
一方、販売価格に転嫁すれば、自動車メーカーや蓄電池メーカーの調達コストが上昇します。
最終的には、電気自動車や蓄電池の販売価格にも影響する可能性があります。
ただし、コバルト価格が上昇した割合と電池価格の上昇率が一致するわけではありません。
電池にはコバルト以外にも、リチウム、ニッケル、黒鉛、電解液、セパレーターなど多くの材料が使用されています。
また、コバルトの使用量は電池の種類や設計によって異なります。
そのため、価格上昇の影響は企業ごとに異なります。
重要なのは、企業がどの種類の電池を製造し、どの程度コバルトに依存しているのかを確認することです。
コバルトを使わない電池への転換が進む
コバルト価格の上昇や供給不安は、電池技術の変化を促す可能性があります。
代表的な例が、リン酸鉄リチウム電池です。
リン酸鉄リチウム電池は、正極材料にコバルトやニッケルを使用しないという特徴があります。
一般に、原材料コストや安全性の面で利点がある一方、エネルギー密度などでは三元系電池と異なる特性があります。
近年は技術改良が進み、電気自動車や定置用蓄電池などで採用が拡大しています。
コバルト価格が上昇すれば、コバルトを使用しない電池の経済的な魅力が高まる可能性があります。
また、三元系電池についても、コバルトの使用割合を減らす技術開発が進められています。
このような技術革新は、コバルト需要の伸びを抑える要因となります。
資源国が輸出規制によって価格を引き上げても、価格上昇が長期間続けば、需要企業は代替技術の開発を加速させる可能性があります。
その結果、中長期的にはコバルト需要が想定ほど増加しないことも考えられます。
資源国にとって、価格を引き上げる政策が必ずしも長期的な収入増加につながるとは限らないのです。
中国の精製支配が供給リスクを複雑にする
コバルト市場では、採掘と精製の国際分業も重要な問題です。
コンゴ民主共和国は世界のコバルト生産量の約74%を占めています。
一方、精製工程では中国が約76%のシェアを握っています。
日本のシェアは約2%にとどまります。
この構造では、コンゴ民主共和国の輸出政策が中国の精製企業に影響し、その影響が世界の電池メーカーに波及する可能性があります。
例えば、コンゴ民主共和国から中国への原材料供給が減少すれば、中国の精製企業は原料調達に制約を受ける場合があります。
その結果、精製されたコバルト製品の価格や供給量にも影響が及ぶ可能性があります。
日本企業が中国から精製コバルトを購入している場合、直接コンゴ民主共和国から原材料を輸入していなくても、間接的な影響を受けることになります。
このように、重要鉱物の調達リスクは、直接の輸入先だけでは判断できません。
原材料の産地、精製国、加工企業、最終製品の製造拠点まで含めた供給網全体を把握する必要があります。
日本企業に求められる調達戦略の見直し
日本の自動車メーカーや電池関連企業にとって、コバルトの安定調達は重要な経営課題です。
輸出規制による供給不足や価格上昇に対応するには、複数の対策を組み合わせる必要があります。
第一に、調達先の分散です。
コンゴ民主共和国への依存を減らすため、他の生産国からの調達を検討することが重要です。
ただし、世界生産量の約74%が一国に集中しているため、短期間で大幅に依存度を下げることは容易ではありません。
第二に、長期購入契約の活用です。
一定数量を長期間確保する契約は、調達の安定性を高める手段になります。
ただし、輸出禁止などによって物理的な供給が止まれば、契約だけで供給を保証できるわけではありません。
第三に、資源国との共同投資です。
現地の鉱山開発や精製設備への出資を通じて、長期的な供給関係を構築することが考えられます。
第四に、リサイクル技術の活用です。
使用済み電池からコバルトを回収できれば、新たな鉱石への依存を減らすことができます。
第五に、代替材料の開発です。
コバルトの使用量を減らす電池や、コバルトを使用しない電池の開発は、供給リスクの低減につながります。
重要なのは、一つの対策だけに依存しないことです。
調達先の分散、長期契約、リサイクル、技術開発を組み合わせることで、供給網の安定性を高める必要があります。
資源価格の上昇は企業収益にどう影響するのか
コバルト価格の上昇は、企業によって利益への影響が異なります。
コバルトを生産する鉱山企業にとっては、販売価格の上昇が収益改善につながる可能性があります。
しかし、輸出規制によって販売数量が減少すれば、価格上昇の効果が相殺される場合があります。
また、国内加工の義務付けによって新たな設備投資が必要になれば、資金負担が増加します。
一方、コバルトを購入する電池メーカーや素材メーカーにとっては、原材料費の上昇が利益を圧迫する要因となります。
ただし、価格転嫁が可能な企業や、長期契約によって調達価格を安定させている企業では、影響が限定的になる場合があります。
投資家が企業業績を分析する際には、資源価格の上昇だけで判断することは適切ではありません。
販売数量、調達価格、在庫評価、為替変動、価格転嫁力などを総合的に確認する必要があります。
資源価格が上昇しても、すべての資源関連企業の利益が増えるわけではないのです。
コバルト市場の今後を左右する三つの要因
今後のコバルト市場を考えるうえでは、三つの要因が重要になります。
第一に、コンゴ民主共和国の輸出政策です。
輸出規制が継続するのか、輸出割当制度がどのように運用されるのかによって、国際市場への供給量が変化します。
第二に、電池技術の進展です。
コバルトを使用しない電池や、コバルトの使用量を減らした電池の普及が進めば、需要の伸びが抑えられる可能性があります。
第三に、他の生産国の供給能力です。
インドネシアなどでニッケル生産に伴うコバルト供給が増加すれば、コンゴ民主共和国への依存度が徐々に低下する可能性があります。
ただし、新たな供給能力の拡大には時間がかかります。
短期的には輸出規制による供給不足が価格を押し上げる一方、中長期的には代替技術や新規供給の拡大が価格を押し下げる可能性があります。
このように、コバルト市場は供給政策と技術革新の双方によって大きく変化する可能性があります。
結論
コンゴ民主共和国のコバルト輸出規制は、世界の重要鉱物市場が抱える構造的な問題を浮き彫りにしています。
世界生産量の約74%を占める国が輸出を制限すれば、国際市場の供給量や価格に大きな影響が及びます。
実際、2025年2月の輸出規制発表後、コバルト価格は短期間で約68%上昇しました。
この動きは、電池メーカーや自動車メーカーにとって原材料費の上昇や調達不安につながる可能性があります。
一方、コンゴ民主共和国にとって輸出規制は、資源価格の低迷を防ぎ、国内加工産業を育成するための政策でもあります。
資源国が自国の天然資源からより多くの利益を確保しようとすることには、経済発展の観点から合理性があります。
しかし、輸出規制によって価格が上昇し続ければ、需要企業は代替材料の開発や調達先の分散を進めます。
その結果、中長期的にはコバルト需要の伸びが鈍化する可能性もあります。
また、コバルト市場では、採掘をコンゴ民主共和国、精製を中国が大きく担うという国際分業が形成されています。
日本企業にとっては、鉱物の産地だけでなく、精製や加工を含めた供給網全体を把握することが重要です。
今後は、資源調達先の分散、長期購入契約、現地加工への投資、リサイクル技術、代替材料の開発などを組み合わせた戦略が求められます。
資源価格の変動は、単なる商品市場の問題ではありません。
企業の利益率、製品価格、技術開発、設備投資、さらには国家の経済安全保障にも関係しています。
コンゴ民主共和国のコバルト輸出規制は、資源を保有する国の政策が世界の産業構造を変える時代に入ったことを示しているのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月10日 「アフリカ『資源の呪い』脱却急ぐ 相次ぐ輸出規制、価格を押し上げ」
米地質調査所 2026年 Mineral Commodity Summaries
国際エネルギー機関 重要鉱物の供給網に関する分析資料