企業活動が国境を越えるようになると、各国にとって法人税率は重要な政策手段になります。
税率を低くすれば企業や投資を呼び込みやすくなる一方、税率を高くすれば企業や利益が海外へ移転する可能性があります。
その結果、各国が競って法人税率を引き下げる法人税競争が長く続いてきました。
しかし、この流れを大きく変えようとしているのがグローバルミニマム課税です。
一定規模以上の多国籍企業グループに対して、国や地域ごとに最低15%の税負担を求める国際的な仕組みです。
最低税率という共通ルールが広がれば、法人税をめぐる各国の競争も変化する可能性があります。
なぜ法人税率の引下げ競争が起きたのか
企業は投資先を選ぶことができます。
工場をどの国に建設するのか。
研究開発拠点をどこに置くのか。
地域統括会社をどこに設置するのか。
企業が複数の候補地を比較するとき、税負担も判断材料の1つになります。
そこで各国は企業や投資を呼び込むため、法人税負担を軽くする政策を取ってきました。
ある国が税率を下げれば、ほかの国にも引下げ圧力がかかります。
企業を呼び込みたい国同士が税率を競争する構図です。
税率競争が続けば税収が減る
法人税率の引下げには、企業投資を促す効果が期待できます。
しかし各国が競って税率を下げ続ければ、別の問題が生じます。
企業が大きな利益を上げても、各国政府が十分な法人税収を確保できなくなる可能性があります。
社会保障や教育、インフラなどを維持するためには財源が必要です。
法人から十分な税収を得られなければ、その分を個人所得税や消費税などで補わなければならない場合もあります。
結果として、国境を越えて活動しやすい企業の税負担が軽くなり、移動しにくい個人の負担が相対的に重くなる可能性があります。
利益だけを低税率国へ移す問題もある
さらに問題となったのが、実際の事業活動そのものではなく、利益を税率の低い国や地域へ移す動きです。
多国籍企業は世界各国に子会社を持っています。
グループ会社間では商品やサービスだけでなく、特許や商標などの無形資産に関する取引も行われます。
こうした国際取引を通じて、どの国にどれだけ利益が帰属するのかによって税負担は大きく変わります。
税率差が大きければ、低税率国に利益を帰属させようとする動機が生まれます。
企業が実際に工場を移転しなくても、課税対象となる利益が移動してしまう問題です。
グローバルミニマム課税は最低15%
こうした問題に対応するために導入が進められているのがグローバルミニマム課税です。
対象となる一定規模以上の多国籍企業グループについて、国や地域ごとに実効税率を計算し、一定の仕組みのもとで最低15%の税負担を確保します。
重要なのは、単に各国の表面的な法人税率を15%以上にするという制度ではないことです。
実際の税負担がどの程度になっているかを国や地域ごとに計算し、最低水準に満たない場合に追加的な課税を行う仕組みです。
低税率国へ利益を移転することでグループ全体の税負担を大幅に減らす余地を小さくすることが狙いです。
税率ゼロの国に利益を移すメリットが小さくなる
例えば、ある多国籍企業が税負担の極めて低い国に利益を集中させたとします。
従来であれば、その国でほとんど法人税を負担せずに済むことが税務上のメリットになる場合がありました。
しかしグローバルミニマム課税の対象になれば、一定の仕組みにより最低15%まで追加的な税負担が発生する可能性があります。
そうなれば、低税率国へ利益を移すだけで大幅に税負担を減らす戦略の効果は小さくなります。
法人税率を極端に低くして企業の利益を呼び込む政策にも一定の歯止めがかかることになります。
15%は世界共通の法人税率ではない
ここで誤解してはいけないのは、世界の法人税率が15%に統一されるわけではないことです。
15%は一定の多国籍企業グループについて確保しようとする最低水準です。
各国が15%を超える法人税率を設定することはできます。
日本が独自の法人税制を維持することもできます。
したがって、グローバルミニマム課税が導入されたからといって、法人税をめぐる国際競争がなくなるわけではありません。
競争の形が変わると考えた方がよいでしょう。
法人税累進課税の余地は広がるのか
最低15%という国際的な枠組みが広がれば、法人税の累進課税を検討する余地が広がるという見方もできます。
これまで法人税率を高くすると、企業や利益が極端な低税率国へ移るという懸念がありました。
最低税率が機能すれば、その差は一定程度縮小します。
高利益企業により大きな税負担を求める制度を設計するときにも、国際的な税率引下げ競争による制約が以前より小さくなる可能性があります。
ただし、それは法人税率を自由に引き上げられることを意味しません。
15%を超える部分については、依然として各国間の税負担差が残るからです。
企業誘致競争は税率以外へ移る
法人税率だけで企業を呼び込むことが難しくなれば、各国は別の方法で競争するようになります。
補助金。
研究開発支援。
インフラ整備。
人材育成。
規制緩和。
エネルギー供給。
行政手続きの迅速化。
企業にとって重要なのは法人税だけではありません。
事業全体でどれだけ高い収益を得られるかです。
最低税率が広がるほど、税率そのものではなく事業環境の質を競う方向へ各国の企業誘致政策が変わる可能性があります。
税制はさらに複雑になる
一方で、グローバルミニマム課税には大きな課題があります。
制度が非常に複雑になることです。
多国籍企業は、国や地域ごとの所得や税額などを把握し、実効税率を計算する必要があります。
税務部門だけでなく、経理や連結決算、情報システムなどにも影響します。
各国がそれぞれ国内法を整備するため、企業は複数国の制度を確認しなければなりません。
税率競争を抑えるための国際ルールが、企業の税務実務を大幅に複雑化させるという別の問題を生んでいます。
中小企業とは分けて考える必要がある
グローバルミニマム課税は、一定規模以上の多国籍企業グループを対象とする制度です。
国内だけで事業を行う多くの中小企業に直接同じ仕組みが適用されるわけではありません。
この点は法人税の累進課税を考えるうえでも重要です。
巨大な多国籍企業と地域で事業を行う中小企業では、利益を海外へ移転する能力も、国際競争にさらされる程度も違います。
すべての法人を同じ考え方で課税するのではなく、企業規模や事業の国際性などを踏まえて制度を考える必要があります。
法人税競争はなくならない
最低15%という基準ができても、各国の法人税政策の競争が終わるわけではありません。
むしろ競争の舞台が変わる可能性があります。
税率の低さだけではなく、どのような投資に優遇措置を設けるのか。
どの産業に補助金を投入するのか。
研究開発をどこまで支援するのか。
優秀な人材をどのように集めるのか。
企業が国を選ぶ基準が、より総合的になっていきます。
日本にとっても法人税率だけを国際比較する時代から、企業が日本で投資するメリット全体を考える時代へ移っているといえます。
結論
グローバルミニマム課税は、長く続いてきた法人税率の引下げ競争に一定の歯止めをかけようとする国際的な試みです。
一定規模以上の多国籍企業グループに最低15%の税負担を求めることで、極端な低税率国へ利益を移転するメリットを小さくする狙いがあります。
しかし、15%を超える部分では各国の税負担に違いが残ります。
法人税競争そのものがなくなるわけではありません。
だからこそ日本が法人税の累進課税を検討する場合にも、国際的な競争環境を無視することはできません。
重要なのは、高利益企業にどれだけ税金を負担させるかだけではありません。
国内で賃上げや設備投資、研究開発を行う企業が、日本で事業を続けたいと思える制度を同時につくることです。
最低法人税率15%の時代に問われるのは、単純な税率の高低ではありません。
税制と事業環境を組み合わせて、企業の成長と適正な税負担をどう両立させるかという新しい法人税競争なのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月5日朝刊 「法人の累進課税で好循環 葭田英人氏」