日本企業が抱える利益剰余金は増え続けています。一方で、企業に蓄積された資金が十分に賃上げや設備投資、新規事業へ向かっているのかという問題があります。
そこで議論の対象となり得るのが、法人税の累進課税です。
現在の法人税は基本的に比例税率を採用しています。これを企業の利益水準に応じて税率が高くなる仕組みに変えれば、企業のお金の使い方そのものに影響を与える可能性があります。
法人税を単なる税収確保の手段としてではなく、企業に投資を促す仕組みとして考える視点です。
法人税は基本的に比例課税
個人が負担する所得税では、所得が増えるほど税率が高くなる累進課税が採用されています。
所得の多い人ほど税を負担する能力が高いという考え方が背景にあります。
一方、法人税では基本的に所得金額に対して一定の税率を適用します。
もちろん、中小法人には所得の一定部分について軽減税率が設けられるなどの仕組みがありますが、個人所得税のように所得が増えるにつれて何段階にも税率が上昇する本格的な累進税率ではありません。
法人税が比例課税となっている背景には、企業活動や国際競争への配慮があります。
利益が増えるほど税率まで高くなれば、企業が国内で事業を拡大する意欲を弱めたり、海外への資本移転を促したりする可能性があるからです。
企業に積み上がる637兆円
法人税の累進課税を考える背景の1つが、企業内部に積み上がる巨額の利益剰余金です。
財務省の法人企業統計によれば、2024年度の企業の利益剰余金は、金融業と保険業を除いて約637兆円に達しました。
13年連続で過去最高を更新しています。
利益剰余金が増えること自体が問題なのではありません。
企業は景気後退や金融危機、自然災害など予想できない事態に備える必要があります。
また、将来の大型投資や企業買収に備えて財務基盤を強化することも重要です。
問題になるのは、企業が必要以上に資金を蓄積し、その資金が成長投資や人への投資に十分使われない場合です。
お金を持っているだけでは経済は回らない
企業が利益を上げ、その利益を蓄積する。
個々の企業から見れば合理的な行動です。
しかし、多くの企業が同じ行動を取れば、経済全体では別の問題が生じます。
賃金への配分が少なければ、家計の所得が十分に増えません。
家計所得が増えなければ、消費も伸びにくくなります。
消費が伸びなければ、企業も国内で積極的に設備投資を行いにくくなります。
そして将来に不安を感じた企業は、さらに資金を蓄積します。
企業の貯蓄が次の企業の貯蓄を生み出すような循環です。
日本経済に必要なのは、企業が利益を上げないことではありません。
企業が稼いだ利益を次の成長につながる形で使うことです。
累進課税で企業の行動は変わるのか
ここで法人税を累進課税にするとどうなるでしょうか。
仮に利益が一定水準を超えると税率が高くなる制度を導入したとします。
企業には選択肢が生まれます。
利益をそのまま残して高い法人税を負担するのか。
それとも従業員の給与を引き上げるのか。
研究開発を増やすのか。
設備投資を行うのか。
人材教育にお金を使うのか。
新規事業へ投資するのか。
これらの支出によって課税所得が減少するのであれば、企業にとって資金を成長投資へ振り向ける動機が強まる可能性があります。
つまり、累進課税の目的を単なる増税ではなく、企業にお金を使わせるための税制として捉える考え方です。
低利益企業には減税という側面もある
法人税の累進課税は、高利益企業への増税だけを意味するものではありません。
制度設計によっては、利益の少ない企業の税率を現在より引き下げることもできます。
特に中小企業では、原材料費、人件費、金利などの上昇によって収益環境が厳しくなっています。
こうした企業の法人税負担を軽くし、利益の大きい企業にはより高い負担を求めるのであれば、企業間の税負担を再配分する制度になります。
高利益企業から得た税収を社会保障や子育て支援などに回せば、家計の可処分所得を支えることもできます。
企業から家計へ資金を循環させる仕組みとして考えることもできるわけです。
最大の問題は国際競争
もっとも、法人税の累進課税には大きな問題があります。
企業は国境を越えて活動できることです。
個人所得税と法人税を単純に同じように考えることはできません。
法人税率が他国より著しく高くなれば、企業が投資先を海外へ移す可能性があります。
本社機能や知的財産、利益そのものを海外へ移転する動きが強まる可能性もあります。
税収を増やそうとして税率を引き上げた結果、課税対象となる企業活動そのものが国外へ流出してしまえば本末転倒です。
したがって、累進課税を導入するとしても、最高税率をどこまで上げるのか、どの利益水準から適用するのか、国際競争力を損なわない制度を慎重に考える必要があります。
内部留保そのものに課税するわけではない
ここで注意したいのが、利益剰余金と現預金を同じものと考えないことです。
利益剰余金は貸借対照表の純資産に計上される累積利益であり、その全額が銀行預金として眠っているわけではありません。
工場や機械、不動産、子会社株式などに姿を変えている場合もあります。
したがって、利益剰余金が637兆円あるから、その637兆円を企業が現金として抱え込んでいるという理解は正確ではありません。
法人税の累進課税について考える際にも、過去に蓄積された利益剰余金そのものへの課税と、毎期発生する法人所得に対する累進課税は分けて考える必要があります。
税制だけで賃上げは実現しない
もう1つ重要なのは、法人税を累進化すれば自動的に賃金が上がるわけではないことです。
企業が利益を減らす方法は賃上げだけではありません。
設備投資や研究開発、企業買収、広告宣伝など、さまざまな選択肢があります。
場合によっては、税負担を避けるための企業行動が増える可能性もあります。
そのため法人税だけで企業行動を変えようとするのではなく、賃上げ促進税制や研究開発税制、設備投資促進策などとの組み合わせが重要になります。
税率を上げる政策と、望ましい投資を行った企業の負担を軽くする政策を組み合わせる発想です。
企業に貯めさせる税制から使わせる税制へ
日本経済が長く抱えてきた問題の1つは、企業部門に資金が蓄積する一方で、それが家計や国内投資へ十分に循環しないことです。
企業にとって現金を持つことが最も安全な選択になれば、資金は動きません。
しかし経済全体では、お金は使われて初めて次の所得を生みます。
企業が賃金を支払えば家計所得になります。
設備投資をすれば別の企業の売上になります。
研究開発をすれば新しい産業を生み出す可能性があります。
法人税制についても、単純に税率を上げるか下げるかという議論だけでは不十分でしょう。
企業が稼いだ資金をどのように次の成長へ向かわせるかという視点が重要になります。
結論
法人税の累進課税には、課税の公平性を高め、高利益企業に蓄積する資金を賃上げや国内投資へ向かわせる可能性があります。
一方で、税率を高くしすぎれば国内投資の減少や企業活動の海外移転を招く危険もあります。
重要なのは、累進課税そのものを目的にしないことです。
企業に利益を出させない税制ではなく、利益を人材、設備、研究開発、新規事業へ再投資する企業が報われる税制にする必要があります。
企業が稼ぐ。
その利益を人と成長へ投資する。
賃金が増え、消費が増える。
需要の拡大を受けて企業がさらに投資する。
法人税制を考える本当の目的は、この資金循環をどうつくるかにあるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月5日朝刊 「法人の累進課税で好循環 葭田英人氏」