中小企業の決算書では、「役員借入金」と「役員貸付金」というよく似た名称の勘定科目を見ることがあります。
しかし、この2つは会社から見た意味が正反対です。
役員借入金は、会社が社長などの役員から借りているお金です。
これに対して役員貸付金は、会社が役員に貸しているお金です。
どちらも会社と経営者との間のお金の貸し借りですが、銀行が決算書を見るときの意味合いは大きく異なります。
特に役員貸付金については、その発生理由を明確にしておくことが重要です。
役員借入金は会社にとって負債
まず、役員借入金から整理してみましょう。
例えば、会社の資金が不足したため、社長が個人の預金から1,000万円を会社へ入れたとします。
会社から見れば、社長から1,000万円を借りたことになります。
そのため、貸借対照表では負債として計上されます。
資料では、資金繰りが苦しい企業では、経営者が個人の資金を投入することがあり、これが役員借入金の発生理由の1つになると説明されています。
会社にとっては借金ですから、会計上は財務内容を良くするものではありません。
しかし、銀行借入金とは少し性格が異なります。
役員借入金には資本金に近い性格もある
銀行から借りたお金は、通常は契約に従って返済していかなければなりません。
一方、経営者からの借入金であれば、会社の資金繰りが厳しい間は返済を求めず、資金に余裕ができてから返済してもらうことができます。
資料では、このような役員借入金について、資本金に近い性格のものといえるとしています。
また、経営者が返済を当面要求しないなど一定の実態があれば、金融機関が自己資本に近いものとして見ることが可能な場合もあると説明されています。
つまり、役員借入金は会計上は負債でも、金融機関がその実態を確認したうえで評価する余地があります。
役員貸付金はお金の流れが逆になる
役員貸付金は、役員借入金とはお金の流れが反対です。
役員借入金では、
経営者から会社へ
お金が流れます。
これに対して役員貸付金では、
会社から経営者へ
お金が流れます。
会社が経営者にお金を貸しているため、会社から見れば将来回収する権利があります。
したがって、貸借対照表では資産として計上されます。
役員借入金が負債なのに対して、役員貸付金は資産です。
ここだけを見ると、役員貸付金の方が財務内容が良いように感じるかもしれません。
しかし、必ずしもそうではありません。
資産なら何でも同じ価値があるわけではない
貸借対照表に資産として計上されているものが、すべて同じように会社の支払能力を支えているわけではありません。
例えば、現預金1,000万円であれば、そのお金を仕入代金や給与、税金などの支払いに利用できます。
一方、役員貸付金1,000万円の場合、会社の銀行口座に1,000万円があるわけではありません。
経営者に貸しているため、会社が自由に使うには経営者から返済してもらう必要があります。
つまり、
現預金1,000万円
と
役員貸付金1,000万円
では、同じ1,000万円の資産でも資金繰り上の意味が違います。
なぜ役員貸付金が発生したのか
役員貸付金を見るときに重要なのは、なぜ会社から役員へお金が移動したのかということです。
会社の事業に必要な支出なのか。
経営者個人のための支出なのか。
一時的な資金移動なのか。
いつ会社へ返済されるのか。
こうした内容を説明できる状態にしておく必要があります。
今回の資料では役員借入金を中心に説明しており、役員貸付金の具体的な発生原因や銀行の審査基準までは詳しく扱われていません。
ただし、資料が繰り返し指摘している「法人と個人の明確な分離」という考え方は、役員貸付金を考えるうえでも重要な視点になります。
法人と個人のお金を分ける
資料では、中小企業では代表者が株主になっていることが多く、法人と個人は1つだという考えが強くなりやすいと説明しています。
しかし、会社と経営者個人は別の存在です。
会社のお金を経営者個人のお金と同じように扱うべきではありません。
資料では、経営者保証の解除についても、その要件の1つとして法人と個人の明確な分離があると指摘しています。
会社と経営者との間で頻繁にお金が行き来している場合には、その内容を整理しておく必要があります。
役員借入金と役員貸付金では意味が正反対
両者の違いを改めて整理すると分かりやすくなります。
役員借入金は、経営者のお金が会社に入っている状態です。
一方、役員貸付金は、会社のお金が経営者側へ出ている状態です。
役員借入金の場合には、経営者が返済を求めなければ、その資金は会社に残り続けます。
資料では、一定の場合には自己資本に近い性格を持つものとして見ることが可能だと説明しています。
一方、役員貸付金は会社から資金が外へ出ています。
したがって、同じ会社と役員との貸し借りであっても、資金繰りに与える意味は大きく異なります。
役員借入金でも安心できるわけではない
もっとも、役員借入金であれば多ければ多いほどよいということではありません。
役員借入金が増え続けているのであれば、会社自身が十分なキャッシュを生み出せていない可能性があります。
資料では、役員借入金に依存しない経営を実現するためには、企業全体で利益を出し、それに見合ったキャッシュを増やすことが不可欠だとしています。
会社の資金が不足するたびに社長が個人資金を投入する経営では、いつか社長個人の資金にも限界が来ます。
役員借入金が自己資本に近いものとして評価される可能性があることと、健全な資金繰りができていることは別の問題です。
現金残高の調整に使わない
資料には、もう1つ重要な指摘があります。
経理がずさんな企業では、経営者との貸し借りや現金残高の異常を調整するために役員借入金が使われることが多いとしています。
これは注意したいところです。
帳簿上の現金と実際の現金が合わないから、とりあえず役員との貸し借りとして処理する。
このような処理を続ければ、役員借入金や役員貸付金の残高が何を意味しているのか分からなくなります。
会社と経営者との資金移動については、その都度、理由と金額を明確にして処理することが重要です。
経営者保証にも関係する
会社と経営者個人のお金を明確に分離することは、単なる経理処理の問題ではありません。
資料では、経営者保証の解除を考える場合にも、法人と個人の明確な分離が要件の1つになると説明しています。
会社の資金と経営者個人の資金が日常的に混在している状態では、会社が独立した経営主体として管理されているのかという問題につながります。
役員借入金や役員貸付金の残高を見ることは、会社と経営者のお金がきちんと分離されているかを確認するきっかけにもなります。
銀行融資を受けられる会社を目指す
資料では、事業継続に必要な資金は銀行から調達するようにすることも勧めています。
もちろん、急な資金需要などによって経営者の個人資金が必要になることはあります。
しかし、通常の運転資金まで常に経営者個人に頼る状態は望ましくありません。
同様に、会社の資金を安易に経営者個人へ移すことも避ける必要があります。
会社が利益とキャッシュを生み出し、必要な資金は計画的に金融機関から調達する。
そのうえで、会社と経営者個人のお金を明確に分離することが重要です。
結論
役員借入金と役員貸付金は、名前は似ていますが、会社から見た意味は正反対です。
役員借入金は、経営者から会社へお金が入っている状態です。
役員貸付金は、会社から経営者へお金が出ている状態です。
役員借入金については、経営者が返済を当面求めず、安定的に会社へ資金を提供している場合には、金融機関が自己資本に近い性格のものとして見る可能性があります。
一方、役員貸付金は資産として計上されていても、現預金と同じように会社が自由に使えるお金ではありません。
今回の資料では役員貸付金の具体的な銀行評価までは示されていませんが、役員借入金について示されている「法人と個人の明確な分離」という考え方は、両者を管理するうえで重要です。
大切なのは、役員借入金だからよい、役員貸付金だから悪いと勘定科目だけで判断することではありません。
なぜその残高が発生したのか。
会社と経営者の間でどのようなお金の動きがあったのか。
そして、その資金移動が会社の資金繰りにどのような影響を与えているのか。
役員との貸し借りを見るときには、決算書の数字の裏側まで確認することが重要です。
参考
企業実務 2026年10月号 役員借入金の発生理由と解消方法について