ステーブルコインが普及すると、銀行を経由せずにウォレットからウォレットへ資金を送れるようになります。
それなら銀行にとってステーブルコインは、自らの振込や決済ビジネスを脅かす競争相手になるはずです。
ところが、元記事では3メガ銀行による共同ステーブルコインについて、2026年度中の発行を目指して実証実験を進めていると紹介されています。
自分たちの既存ビジネスと競争する可能性がある技術に、なぜ銀行自身が取り組むのでしょうか。
そこには、決済の主導権を失わないための銀行の戦略が見えてきます。
銀行は長くお金の入口を握ってきた
現在、個人や企業のお金の中心にあるのは銀行口座です。
給与が振り込まれます。
公共料金が引き落とされます。
住宅ローンを返済します。
企業なら売上代金を受け取り、仕入先や従業員へ支払います。
銀行口座は単にお金を保管する場所ではありません。
社会のお金が出入りする重要な入口です。
この入口を銀行が持っていることは、銀行ビジネスにとって大きな意味があります。
ウォレットがお金の入口になる可能性
ステーブルコインが普及すると、もう1つのお金の入口が生まれます。
ウォレットです。
利用者がステーブルコインをウォレットに保有し、そのまま店舗で支払い、家族へ送金し、海外へ資金を移せるようになれば、銀行口座を毎回経由する必要がなくなります。
企業でもウォレットにステーブルコインを保有し、取引先へ直接支払うことが可能になります。
銀行から見れば、決済の入口が銀行口座からウォレットへ移る可能性があるわけです。
銀行が参加しなければ顧客との接点を失う
金融ビジネスでは、顧客との接点が重要です。
銀行口座を通じて取引が行われれば、銀行は顧客のお金の流れに関わることができます。
しかし、決済が別の事業者のウォレットだけで完結するようになれば、その接点が弱くなる可能性があります。
特に企業決済では大きな問題です。
企業が売上の受け取りから仕入代金の支払いまでステーブルコインで行えば、銀行口座を利用する頻度が下がる可能性があります。
銀行自身がステーブルコインへ進出する理由の1つは、新しい決済インフラでも顧客との接点を維持するためと考えることができます。
自分で既存サービスを変えるという選択
新しい技術が既存事業を脅かす場合、企業には2つの選択肢があります。
既存事業を守るために新しい技術への移行を遅らせる。
あるいは、自ら新しい技術を取り込み、既存事業を変える。
金融のデジタル化が進むのであれば、銀行にとって後者の重要性は高まります。
銀行振込の一部がステーブルコインへ移る可能性があるなら、他社に顧客を奪われる前に自らステーブルコインを提供するという考え方です。
既存の振込手数料を守ることより、新しい決済市場で一定の役割を確保することを重視する戦略とも考えられます。
銀行には信用という強みがある
ステーブルコインでは技術だけでなく信用が重要です。
利用者は本当に1コインを1円として使えるのかを気にします。
十分な裏付け資産があるのか。
円へ交換したいときに交換できるのか。
巨額の資金を安心して預けられるのか。
こうした点では、銀行が長年築いてきた信用や金融実務の経験が強みになります。
特に企業が数億円、数十億円という資金をステーブルコインで保有する場合、発行者の信用力や資産管理体制は重要な判断材料になります。
3メガ銀行が共同で取り組む意味
元記事では、3メガ銀行が共同ステーブルコインについて実証実験を進めているとされています。
複数の大手銀行が共同で取り組むことには大きな意味があります。
デジタル通貨は、利用者が多いほど便利になります。
A銀行のステーブルコインはA銀行の顧客しか使えず、B銀行のものはB銀行の顧客しか使えないのであれば、利便性は限定されます。
銀行をまたいで共通して利用できる仕組みを構築できれば、企業や個人にとって使いやすくなります。
決済インフラでは、競争と同時に相互接続が重要なのです。
企業間決済との相性が大きい
銀行がステーブルコインに取り組む場合、特に重要なのが企業間決済です。
大企業はすでに銀行との間でさまざまな金融取引を行っています。
預金、融資、外国為替、貿易金融、資金管理などです。
そこにステーブルコインによる決済を加えることができれば、銀行は企業の資金管理を一体的に支援できます。
例えば企業がステーブルコインで海外子会社へ送金する。
必要に応じて銀行が円と外貨を交換する。
運転資金が不足すれば融資する。
余剰資金があれば運用する。
決済だけを切り離すのではなく、企業金融全体の中へステーブルコインを組み込むことができます。
銀行融資とオンチェーン決済がつながる可能性
さらに進めば、銀行融資そのものとステーブルコイン決済が連携する可能性もあります。
企業が設備を購入するとします。
銀行が設備資金を融資し、その資金をステーブルコインとして企業のウォレットへ提供する。
企業はそのステーブルコインを設備会社へ支払う。
支払履歴はデジタルデータとして記録される。
このように融資と決済がデジタル上でつながれば、資金の流れをより効率的に管理できる可能性があります。
銀行にとってステーブルコインは、決済サービスだけではなく融資ビジネスを高度化する技術にもなり得ます。
証券取引との組み合わせも考えられる
金融資産そのもののデジタル化が進めば、ステーブルコインの役割はさらに大きくなります。
例えばデジタル証券を購入するとき、代金をステーブルコインで支払う仕組みが考えられます。
証券の移転と代金の支払いをデジタル上で連動させることができれば、決済の効率化につながる可能性があります。
銀行、証券、信託などをグループ内に持つ大手金融機関にとって、オンチェーン金融は決済だけの問題ではありません。
金融グループ全体のサービスをつなぐ基盤になる可能性があります。
銀行の役割は口座管理から広がる
これまで銀行のデジタルサービスでは、銀行口座が中心でした。
インターネットバンキングもスマートフォンアプリも、基本的には銀行口座を便利に利用するためのサービスです。
ステーブルコインが普及すれば、銀行が管理する対象にウォレットが加わる可能性があります。
企業に銀行口座とウォレットを提供する。
円預金とステーブルコインを相互に交換できるようにする。
外国為替や融資と組み合わせる。
銀行は口座を提供する会社から、複数のデジタル資産を管理する金融プラットフォームへ変わる可能性があります。
銀行同士の競争相手も変わる
ステーブルコイン時代には、銀行の競争相手も銀行だけではなくなります。
フィンテック企業、決済会社、IT企業などが金融サービスへ参入しやすくなる可能性があります。
特にウォレットを誰が提供するかは重要です。
利用者がお金を管理する画面をフィンテック企業が握れば、銀行は金融サービスの裏側に回る可能性があります。
そのため銀行自身がウォレットやステーブルコインへ進出することには、顧客との接点を守る意味もあります。
結論
3メガ銀行がステーブルコインに取り組む意味は、新しい決済手段を1つ増やすことだけではありません。
ステーブルコインが普及すれば、お金の入口が銀行口座だけではなくウォレットへ広がります。
銀行が何もしなければ、決済や顧客との接点を他の事業者に奪われる可能性があります。
一方、銀行自身がステーブルコインを提供すれば、これまで培ってきた信用、融資、外国為替、貿易金融などと新しい決済インフラを組み合わせることができます。
つまり、ステーブルコインは銀行をなくす技術であると同時に、銀行が自らを変えるための技術にもなり得ます。
銀行口座を中心とした金融から、銀行口座とウォレットがつながる金融へ。
3メガ銀行による取り組みは、日本の銀行がオンチェーン金融の時代にどのような役割を担うのかを占う動きといえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「個人間・国際送金を安く ステーブルコインを活用」
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「実証実験の最中」