監査法人が会社を信用できないと何が起きるのか

会計
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企業監査というと、監査法人が帳簿や領収書を確認して数字が合っているかを調べる仕事だと思われがちです。

しかし、実際の監査はそれほど単純ではありません。

特に巨大企業では、監査法人がすべての取引を1件ずつ確認することは現実的ではありません。

企業が適切な内部統制を構築し、その仕組みによって信頼できる財務情報を作成していることが監査の重要な前提になります。

では、その企業自体を監査法人が信用できなくなったらどうなるのでしょうか。

ニデックとPwCジャパン監査法人をめぐる問題は、監査における「信頼」の重要性を考える格好の事例です。

監査は会社から提供される情報を使って行う

監査法人は企業から独立した存在ですが、監査に必要な情報の多くは企業から提供されます。

会計帳簿。

契約書。

事業計画。

予算。

取締役会資料。

資産評価に関する資料。

経営者や担当者による説明。

こうした膨大な情報をもとに監査手続きを行います。

もちろん、監査法人は会社から渡された資料をそのまま信用するわけではありません。

取引先への確認や銀行への残高確認など、外部から証拠を取得することもあります。

それでも監査を成立させるためには、企業側から正確な情報が提供されることが大前提になります。

担当者を信用できなければ資料も疑われる

ニデックの監査で大きな問題になったのが、不適切な会計処理に関与した役職員の存在です。

PwC側は、不適切な会計処理に関与した役職員に対して一定の予防措置を求めていたものの、順守されないケースがあったと説明しています。

さらに、9月に入ってからも会計不正への関与者として新たに認定されるケースがあったとしています。

ここで監査は難しくなります。

例えば事業部門の担当者が監査法人に将来の売上予測を説明したとします。

通常であれば、過去の実績や受注状況、市場予測などと照合して妥当性を検討します。

ところが、その担当者が過去に不適切な会計処理に関与していたとすればどうでしょうか。

説明そのものの信頼性について、より慎重な検証が必要になります。

人への信頼が失われると、その人が作成した資料にも疑問が広がっていくのです。

監査手続きが一気に増える

企業の内部統制が正常に機能していれば、監査法人は一定の範囲でその仕組みを利用できます。

例えば売上計上について、担当者が入力し、上司が承認し、経理部門が確認する仕組みが適切に運用されているとします。

監査法人がその内部統制の有効性を確認できれば、それを踏まえて監査手続きを組み立てることができます。

ところが内部統制を信用できなくなると状況は変わります。

会社内部のチェックを前提にできないため、監査法人自身がより多くの検証を行わなければなりません。

確認する取引を増やす。

外部証拠を増やす。

担当者への質問を増やす。

海外子会社まで調査範囲を広げる。

専門家を追加投入する。

結果として監査に必要な時間、人員、費用が急増します。

730人を投入した監査

ニデックの2026年3月期の監査では、PwCジャパン監査法人が会計士を含む約730人を投入したとされています。

監査報酬も同じメンバーファームを含めて約170億円となり、前期比6倍超に膨らみました。

これほど大規模な監査を行っても、最終的な監査意見は「意見不表明」でした。

ここに重要なポイントがあります。

監査は、人を増やせば必ず完了する仕事ではありません。

企業側から提供される情報について信頼性を確認できなければ、監査人を増やしても問題の根本は解決しません。

監査法人が必要としているのは単なる情報量ではなく、十分かつ適切な監査証拠なのです。

巨額減損では経営者の説明が重要になる

今回のニデックでは、6,321億円という巨額の減損損失も監査を難しくしました。

減損では将来の事業収益を予測する必要があります。

将来の売上高。

利益率。

市場成長率。

設備稼働率。

事業計画。

こうした前提をもとに資産の回収可能性を判断します。

ところが未来の数字には請求書も領収書もありません。

そのため、経営者や事業部門が作成した事業計画が重要になります。

会社側の説明への信頼が揺らげば、将来予測を前提とする会計上の見積もりを監査することも難しくなります。

信頼低下は過去の数字にも波及する

さらに厄介なのは、現在の問題が過去の財務諸表にも波及する可能性があることです。

ある会計処理が不適切だったと判明すると、監査法人は考えます。

この問題は本当にこの取引だけなのか。

同じ担当者が処理した別の取引は大丈夫なのか。

同じ方法が別の子会社でも使われていないか。

過年度の財務諸表にも影響していないか。

こうして監査範囲が広がります。

企業側からすると、1つの問題を修正すれば終わると思っていても、監査法人側では別の問題が存在しないことまで確認する必要があります。

会計不正の調査や監査が長期化しやすい理由の1つです。

監査法人と会社の主張が食い違うこともある

ニデック側は、監査法人と期限ぎりぎりまで話し合いながら問題解決を進めてきたと説明しています。

一方、PwC側からは、求めた予防措置が順守されないケースがあったことなどが説明されています。

監査法人と会社は同じ財務諸表を見ていますが、立場は異なります。

企業側には決算を完成させ、期限までに開示したい事情があります。

監査法人には、十分な証拠を得られないまま意見を出してはならないという責任があります。

この2つが衝突することがあります。

特に会計不正が発生した企業では、監査法人が通常以上に慎重になることは避けられません。

信頼を失うと決算スケジュールにも影響する

監査の長期化は企業経営にも影響します。

決算発表が遅れる。

有価証券報告書の提出が遅れる。

株主総会の日程に影響する。

金融機関や取引先への説明が増える。

経理部門の負担が増える。

経営者が監査対応に多くの時間を使う。

本来であれば事業戦略や投資判断に使うべき経営資源が、過去の会計問題への対応に投入されます。

会計不正による損失は、修正額や課徴金だけでは測れません。

監査対応に伴う時間や人件費も大きなコストになります。

最も怖いのは数字の共通言語が失われること

企業経営では、売上高や利益、資産、負債、キャッシュフローといった数字が共通言語になります。

経営者。

株主。

金融機関。

取引先。

従業員。

それぞれ立場は違っても、財務諸表という共通の数字を使って企業を評価します。

ところが、その数字への信頼が失われると共通言語が機能しなくなります。

利益が100億円と発表されても、その100億円を信用してよいのか分からない。

資産が1兆円あっても、本当にその価値があるのか分からない。

こうなると企業価値の評価そのものが難しくなります。

監査制度が存在する大きな理由は、こうした事態を防ぐためでもあります。

信頼回復には会社側の変化が必要

監査法人との信頼関係を回復するために重要なのは、監査法人を説得することではありません。

会社自身が変わることです。

不正に関与した人材の配置を見直す。

経理部門を強化する。

内部監査を機能させる。

重要な会計判断の記録を残す。

事業計画の根拠を明確にする。

経営者による不適切な介入を防ぐ。

こうした仕組みを実際に運用し、その結果として監査法人が十分な証拠を取得できる状態にする必要があります。

信頼は言葉で取り戻すものではなく、仕組みと行動によって積み上げ直すものだからです。

結論

監査法人が会社を信用できなくなると、単に監査法人と経営者の関係が悪化するだけではありません。

会社から提出される資料。

担当者の説明。

事業計画。

会計上の見積もり。

内部統制。

場合によっては過去の財務諸表まで、検証対象が広がります。

その結果、監査に必要な人員、時間、費用は大幅に増加します。

それでも十分な監査証拠が得られなければ、意見を表明できないことがあります。

ニデックの問題から見えてくるのは、企業監査が数字だけを確認する仕事ではないということです。

監査法人が最終的に確認しているのは、その数字が信頼できる仕組みから生み出されているかどうかです。

企業にとって財務報告への信頼は、一度失うと簡単には取り戻せない重要な経営資産なのです。

参考

日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 過去との決別がニデック存続の条件だ

日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 PwC「信頼できぬ」 迫る有報提出期限、水面下で攻防

日本経済新聞 2026年10月2日朝刊 ニデック、人事の刷新必須 上場維持への条件

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