企業が日本基準からIFRSへ移行すると、貸借対照表の負債が大きく増加することがあります。
その代表的な要因の1つがリースです。
リースというと、コピー機や機械設備などを借りる取引をイメージするかもしれません。
しかし、IFRSで重要になるのはそれだけではありません。
店舗。
事務所。
倉庫。
物流施設。
土地。
車両。
企業が事業のために借りているさまざまな資産が対象になる可能性があります。
そのため、多数の店舗や拠点を賃借している企業では、IFRS移行によって数千億円規模のリース負債が貸借対照表に現れることもあります。
リース会計を理解すると、IFRS移行によって企業の負債が突然増えたように見える理由が分かります。
借りている資産も貸借対照表に載せる
IFRSのリース会計を理解する基本は、企業が借りて使用している資産についても、一定の場合には貸借対照表に反映させるという考え方です。
例えば、小売企業が店舗を10年間借りる契約を結んだとします。
企業はその店舗を10年間使用する権利を得ます。
一方で、将来にわたって賃料を支払う義務を負います。
IFRSでは原則として、この使用する権利を使用権資産として資産に計上します。
同時に、将来支払うリース料を基礎とした金額をリース負債として負債に計上します。
これによって、それまで貸借対照表に十分表れていなかった賃借契約が、資産と負債の両方に現れることになります。
リース負債は将来支払う賃料の単純合計ではない
例えば、店舗について今後10年間に合計10億円の賃料を支払う契約があるとします。
この10億円をそのままリース負債として計上するわけではありません。
将来支払うリース料を現在価値に割り引いて計算します。
将来支払う1億円と、現在持っている1億円では価値が異なるからです。
一定の割引率を使って将来の支払額を現在価値に換算し、その金額を基礎としてリース負債を認識します。
したがってリース契約の期間、支払条件、割引率などによって負債額は変化します。
店舗数が多い企業ほど影響が大きくなる
リース会計の影響が特に大きくなりやすいのが、多数の不動産を賃借して事業を行う企業です。
小売業。
外食産業。
ホテル業。
物流業。
航空業。
サービス業。
こうした業種では、自社で土地や建物を所有するのではなく、借りることで事業を拡大している企業が少なくありません。
1店舗あたりのリース負債がそれほど大きくなくても、数百、数千の拠点を持っていれば、企業全体では巨額になる可能性があります。
IFRS移行時に負債が大きく増えた企業では、まずリースの影響を確認することが重要です。
負債が増えても新しく借金したとは限らない
IFRS移行によってリース負債が1,000億円増加したとします。
これだけを見ると、企業が新たに銀行から1,000億円を借りたように感じるかもしれません。
しかし、そうとは限りません。
多くの場合、それ以前から存在していた店舗や事務所などの賃借契約を、IFRSのルールに基づいて貸借対照表に反映したものです。
つまり、経済的な支払義務は以前から存在していました。
会計基準の変更によって、その義務が貸借対照表上で見えやすくなったと考えることができます。
この点はIFRS移行企業の財務状態を分析するうえで非常に重要です。
資産側には使用権資産が計上される
リース負債だけが増えるわけではありません。
原則として資産側には使用権資産が計上されます。
店舗を使用する権利。
事務所を使用する権利。
倉庫を使用する権利。
こうした権利を資産として認識する考え方です。
そのため、IFRS移行によって貸借対照表の総資産と総負債が同時に膨らむことがあります。
企業の事業規模が突然拡大したわけではありません。
それまで貸借対照表の外側にあったリース契約が、資産と負債として表面化した結果です。
自己資本比率が低下することがある
リース会計によって総資産と負債が増加すると、自己資本比率にも影響します。
例えば自己資本が3,000億円、総資産が1兆円なら、単純計算の自己資本比率は30%です。
リースの認識などによって総資産が1兆2,000億円となり、自己資本が同じ3,000億円なら、自己資本比率は25%になります。
事業そのものが急激に悪化していなくても、会計基準の変更によって自己資本比率が低下することがあります。
IFRS移行前後の財務指標を比較するときには、この影響を考える必要があります。
損益計算書の見え方も変わる
リース会計の影響は貸借対照表だけではありません。
損益計算書にも影響します。
従来、店舗の賃料などとして計上されていた費用の一部が、IFRSでは使用権資産の減価償却費とリース負債に対する利息費用に分かれることがあります。
つまり、同じ店舗を借り続けていても、費用が計上される場所が変わるのです。
この結果、営業利益やEBITDAなどの指標にも影響が出る可能性があります。
IFRS移行前後の利益を比較するときには、リース会計による表示の変化を確認する必要があります。
EBITDAが増えて見える場合がある
特に注意したいのがEBITDAです。
EBITDAは、利払い前、税引き前、減価償却前の利益を見る指標です。
リース料として費用計上していたものが、減価償却費と利息費用に分かれると、EBITDAの計算上は従来の賃借料がそのまま費用として差し引かれなくなる場合があります。
その結果、本業の状況が同じでもEBITDAが増加して見えることがあります。
EBITDAが増えたからといって、必ずしも店舗の売上や利益率が改善したとは限りません。
会計処理の変更による影響を分けて考える必要があります。
キャッシュフローそのものが増えるわけではない
リース会計によって営業利益やEBITDAの見え方が変わっても、契約に基づいて実際に支払う賃料そのものがなくなるわけではありません。
企業は引き続き現金を支払います。
つまり、会計上の費用区分が変化しても、事業から流出するキャッシュそのものが同じである場合があります。
企業分析では、損益計算書だけでなくキャッシュフロー計算書も確認することが重要です。
会計利益が改善して見える一方で、現金支出がほとんど変わっていないケースも考えられます。
有利子負債を見るときにも注意が必要
企業分析では、有利子負債の金額を使って財務リスクを判断することがあります。
しかしIFRS企業では、リース負債をどのように扱うかによって指標の見え方が変わります。
例えば有利子負債とEBITDAを比較する指標を使う場合、リース負債を含めるのか除くのかによって数値が変わります。
企業間比較をするときには、同じ定義で比較することが重要です。
特に日本基準企業とIFRS企業を比較する場合には、リース会計の違いを意識する必要があります。
リース負債は固定費の大きさも映し出す
リース負債には、もう1つ重要な意味があります。
企業が将来支払うことになる固定的な負担を把握する手掛かりになることです。
例えば多数の店舗について長期契約を結んでいる企業では、売上が減少しても賃料の支払いが続く場合があります。
景気が悪化したとき。
店舗売上が低下したとき。
事業を縮小したいとき。
長期のリース契約が経営の柔軟性を制約する可能性があります。
リース負債を見ることで、企業がどの程度の固定的な支払義務を抱えているのかを考えることができます。
所有する企業と借りる企業の比較にも役立つ
同じ業種でも、店舗や設備を自社所有する企業と、リースを活用する企業があります。
自社所有型では、不動産や設備が資産として計上され、その取得のための借入金などが負債に計上されることがあります。
一方、賃借型では、かつてはその経済的負担が貸借対照表から見えにくいケースがありました。
リースを資産と負債として認識することで、所有型と賃借型の企業を比較しやすくするという意味もあります。
企業が資産を所有しているのか借りているのかという経営戦略の違いも、財務諸表から読み取りやすくなります。
結論
IFRSでは原則として、企業が借りて使用している店舗や事務所、設備などについて、使用権資産とリース負債を貸借対照表に計上します。
そのため、日本基準からIFRSへ移行すると、総資産と総負債が大きく増えることがあります。
しかし、負債が増えたからといって、その時点で新たな借金をしたとは限りません。
以前から存在していた賃借契約上の支払義務が、貸借対照表に表面化した場合があります。
重要なのは、リース負債の金額だけを見ることではありません。
どのような資産を借りているのか。
契約期間はどの程度なのか。
将来どれだけの支払いが必要なのか。
利益やEBITDA、自己資本比率にどのような影響を与えているのか。
IFRSのリース会計を見ることで、企業がどの程度の固定的な支払義務を抱え、どのような資産保有戦略で事業を展開しているのかまで読み取ることができるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 IFRS移行時の注目点