企業の決算書が信頼できるかどうかを判断するうえで欠かせない存在が監査法人です。しかし、多くの人は「監査法人は誰が選んでいるのか」「企業が自由に決められるのか」といった仕組みを知る機会はあまりありません。
実は監査法人の選任には会社法や金融商品取引法に基づくルールがあり、経営者だけの判断で自由に決められるわけではありません。また、監査法人との契約は企業統治(コーポレートガバナンス)そのものにも深く関係しています。
今回は、監査法人がどのような手続きで選ばれ、契約されるのか、その仕組みを分かりやすく解説します。
監査法人が必要になる企業とは
すべての会社が監査法人による監査を受けるわけではありません。
代表的なのは次のような企業です。
・上場会社
・会社法上の大会社
・法令により監査が義務付けられている法人
これらの企業では、公認会計士または監査法人による法定監査を受ける必要があります。
その理由は、株主や投資家、金融機関など、多くの利害関係者が決算情報を信頼して判断するためです。
監査法人を選ぶのは誰なのか
一般には「社長が決める」と思われがちですが、実際には違います。
上場企業では監査役会や監査等委員会、あるいは指名委員会等設置会社の監査委員会が中心となって候補を選定します。
その後、株主総会で監査法人の選任議案が承認されることで正式に就任します。
つまり、
監査役等が選定する
↓
株主が承認する
↓
企業が監査契約を締結する
という流れになります。
これは、経営者だけで監査人を自由に選べないようにするための重要な仕組みです。
どのような基準で選ばれるのか
監査法人を選ぶ際には、価格だけではなく多くの項目が評価されます。
代表的な評価項目には次のようなものがあります。
監査品質
過去の監査実績や品質管理体制が十分かを確認します。
業界経験
同じ業界を監査した経験が豊富であるほど、事業特有のリスクを理解しやすくなります。
専門性
国際会計基準(IFRS)、税務、IT監査、内部統制など、高度な専門知識を持つ人材がいるかも重要です。
監査体制
十分な人数で監査チームを構成できるか、品質管理レビュー体制が整っているかも評価対象になります。
独立性
企業との利害関係がなく、公正な立場で監査できることが前提になります。
監査報酬だけで決めてはいけない理由
企業にとって監査費用はコストです。
そのため、監査報酬が安い監査法人を選びたくなることがあります。
しかし、監査品質には適切な時間と人員が必要です。
監査報酬が極端に低い場合、
・監査時間が不足する
・経験豊富な人材を投入できない
・十分な検証ができない
といったリスクが生じる可能性があります。
監査は「価格競争」だけで選ぶものではなく、「品質への投資」という側面もあります。
近年では監査報酬だけを重視した結果、十分な監査が行われなかった事例も問題視されています。
監査法人は途中で変更できるのか
監査法人は永続的に契約するわけではありません。
企業は必要に応じて監査法人を変更できます。
変更理由としては、
・監査品質の向上
・監査報酬の見直し
・海外展開への対応
・グループ全体の監査体制統一
・独立性の確保
などが考えられます。
一方で、会計不正が発覚した後に監査法人が交代するケースも少なくありません。
そのため、投資家は「なぜ監査法人が交代したのか」に注目することがあります。
監査契約は毎年見直される
監査法人との契約は、一度締結すれば永久に続くものではありません。
毎年、
・監査計画
・監査時間
・担当者
・監査報酬
などについて協議し、契約内容を見直します。
企業の事業内容が変化すれば、必要となる監査の範囲も変わります。
例えば、
海外子会社が増えた
M&Aを実施した
システムを全面更新した
新規事業を開始した
といった場合には、監査範囲も広がり、それに応じて監査報酬も変動します。
監査役会の役割が重要になる
監査法人を適切に選ぶためには、監査役会の機能が極めて重要です。
監査役会は、
・監査法人の評価
・独立性の確認
・監査品質の検証
・再任の可否
などを毎年確認しています。
経営者と距離を置いた立場から監査法人を評価することで、監査制度全体の信頼性を支えています。
近年では監査役会自身の説明責任も強く求められるようになっています。
企業統治の質が監査契約にも表れる
優れた企業ほど、監査法人を単なる「法令上必要な存在」とは考えていません。
経営改善のパートナーとして、積極的に意見交換を行っています。
もちろん監査法人は経営コンサルタントではありません。
しかし、
・内部統制
・リスク管理
・会計処理
・情報開示
などについて建設的な議論を行うことは、企業価値向上にもつながります。
一方で、監査法人を「形式的な存在」と考えたり、「できるだけ指摘を減らしてほしい」と考えたりする企業では、不適切な関係が生まれるリスクもあります。
監査契約のあり方は、その企業のガバナンス水準を映す鏡でもあるのです。
結論
監査法人は企業が自由に選べるように見えて、実際には監査役会や株主総会が関与する厳格な手続きのもとで選任されます。
選定では価格だけでなく、監査品質、専門性、独立性、業界経験など多面的な評価が行われます。こうした仕組みは、監査法人が経営者から適切な距離を保ち、公正な監査を行うために欠かせないものです。
会計不正を防ぎ、市場からの信頼を維持するためには、企業と監査法人が互いに緊張感を持ちながら建設的な関係を築くことが重要です。監査契約は単なる業務委託契約ではなく、企業統治を支える重要な制度の一つなのです。
参考
日本経済新聞 2026年7月18日 朝刊
会計不正の温床(中)企業は「顧客」踏み込み甘く 監査法人、独立性どう担保
会社法
金融商品取引法
日本公認会計士協会 監査法人の品質管理・独立性に関する各種指針