企業が事故や災害に備える方法として、最初に思い浮かぶのが保険です。
工場の火災に備えて火災保険に加入する。
自動車事故に備えて自動車保険に加入する。
損害賠償に備えて賠償責任保険に加入する。
サイバー攻撃に備えてサイバー保険に加入する。
しかし、企業が抱えるすべてのリスクを保険会社へ移せばよいわけではありません。
小さな損失まで保険で補償しようとすれば、保険料負担が大きくなる可能性があります。
反対に、大きな損失まで企業自身で負担すれば、重大事故が起きたときに経営が揺らぐ可能性があります。
そこで重要になるのが、リスクを保有するのか、それとも外部へ移転するのかという考え方です。
リスクファイナンスとは何か
企業では事故を防ぐためにさまざまな対策を行います。
工場に防火設備を設置します。
情報システムにはセキュリティ対策を行います。
従業員には安全教育を実施します。
こうした取り組みは、事故が発生する可能性や損害の大きさを抑えるためのものです。
一方、どれだけ対策しても事故を完全になくすことはできません。
事故が起きたときの金銭的な損失をどのように負担するのかも考える必要があります。
その資金面の対応を考えるのがリスクファイナンスです。
リスクを保有するとは何か
リスクの保有とは、事故が発生した場合の損失を企業自身で負担することです。
例えば、100万円程度の機械故障が一定の頻度で発生するとします。
企業に十分な利益や現預金があり、100万円の損失が発生しても経営にほとんど影響しないのであれば、自社で負担する方法があります。
保険料を支払って小さな損失まで保険会社へ移転するより、事故が発生したときに自社資金で対応した方が合理的な場合があるからです。
企業が意識的に一定の損失を自社で負担することも、リスク管理の一つです。
リスクを移転するとは何か
一方、企業だけでは負担することが難しい損失があります。
例えば、大規模な工場火災によって数百億円の損害が発生する可能性があるとします。
発生する確率が低くても、一度起きれば企業の財務に重大な影響を与えます。
こうしたリスクを企業だけで抱えることには大きな危険があります。
そこで保険料を支払い、一定の条件のもとで損失を保険会社に負担してもらいます。
これが保険を利用したリスク移転です。
小さな損失は保有する考え方がある
企業の財務力によっては、頻繁に発生する小さな損失を自社で負担する方が効率的な場合があります。
例えば、毎年数十万円から数百万円程度の損害が発生するとします。
こうした損害まで保険で完全に補償しようとすれば、保険会社には保険金だけでなく契約管理などのコストも発生します。
そのコストは保険料にも反映されます。
企業が十分に負担できる損失であれば、一定額までは自社で負担し、それを超える損失だけ保険を利用する方法があります。
その境界を設定する仕組みの一つが免責金額です。
免責金額で保有と移転を分ける
例えば、保険契約に1,000万円の免責金額を設定したとします。
事故による損害が500万円であれば、企業が負担します。
損害が5,000万円であれば、契約条件に従って1,000万円までを企業が負担し、それを超える部分を保険で補償するという設計が考えられます。
企業が一定のリスクを保有する代わりに、保険会社が負担する範囲を限定するわけです。
免責金額を大きくすれば、一般に企業の自己負担は増えます。
その一方で、保険料を抑えられる可能性があります。
企業の財務力に合わせて保有と移転の境界を決めることが重要です。
巨大損失は保険へ移転する
リスクを考えるときには、発生頻度だけでなく損失の大きさを見る必要があります。
発生頻度が低くても、一度発生すれば会社の存続に影響するような損失があります。
巨大地震による工場の損壊。
大規模火災による生産停止。
重大な製品事故による損害賠償。
大規模なサイバー攻撃による事業停止。
こうしたリスクをすべて自社で保有することは、企業にとって大きな負担になります。
そのため、重大な損失について保険などを利用して外部へ移転する考え方が重要になります。
保険料が上がれば保有範囲も見直す
保険市場の状況によって、企業の最適な選択は変わります。
自然災害の増加などによって保険料が上昇すれば、これまで保険でカバーしていた小さな損失を自社で負担する選択肢が出てきます。
免責金額を引き上げる方法もあります。
一方、企業の財務状態が悪化している場合には、自社で大きな損失を負担することが難しくなります。
その場合には、多少保険料が高くても保険による補償を厚くする判断も考えられます。
保険契約は一度決めれば終わりではありません。
企業の財務力や保険市場の変化に合わせて見直す必要があります。
保険に入れないリスクもある
企業のリスクには、保険で完全に移転できないものもあります。
事故によってブランドイメージが低下することがあります。
重要な顧客を失う可能性もあります。
製品供給が長期間停止すれば、市場シェアを競合企業に奪われるかもしれません。
こうした損失は、保険金だけでは元に戻せない場合があります。
だからこそ、企業は保険だけに依存するのではなく、事故を防ぐための対策や事業継続計画を組み合わせる必要があります。
企業内代理店の役割も変わる
企業内代理店の役割も、単に保険商品を手配するだけではなくなります。
企業が抱えるリスクを整理します。
過去の事故データを分析します。
どの程度の損失なら企業自身で負担できるのかを検討します。
そのうえで、どこから保険を利用するのかを考えます。
複数の保険会社から条件を集め、企業に選択肢を提示します。
企業内代理店がこうした機能を持てば、単なる保険契約の窓口ではなく、企業のリスクファイナンスを支援する専門組織になります。
経営者が決めるべきなのは自己負担できる限界
リスクファイナンスで重要なのは、企業がどの程度の損失まで耐えられるのかを把握することです。
例えば、1億円の損失が発生しても経営にほとんど影響しない企業と、資金繰りが厳しくなる企業では、適切な保険設計が異なります。
年間利益だけで判断することもできません。
現預金、借入金、資金調達能力、事業の安定性なども関係します。
企業が負担できる損失額を決めることは、保険会社や代理店だけではできません。
最終的には経営者が企業の財務力を踏まえて判断する必要があります。
結論
企業はすべてのリスクを保険へ移転する必要はありません。
企業自身で十分に負担できる小さな損失については、自社で保有する方法があります。
一方、一度発生すれば企業経営を大きく揺るがす損失については、保険などを利用して外部へ移転することが重要になります。
小さな損失は自社で負担する。
重大な損失は保険へ移転する。
その境界を企業の財務力やリスクの性質に応じて決めることが、リスクファイナンスの基本です。
企業内代理店改革によって問われているのも、単にどの保険会社の商品を購入するのかという問題ではありません。
企業がどのリスクを自ら負担し、どのリスクを外部へ移すのかを主体的に決められるかどうかです。
保険を買うことからリスクを設計することへ。
企業の保険管理は、より経営に近い領域へ変わっていくことになりそうです。
参考
日本経済新聞 2026年9月29日朝刊 企業内代理店の自立促す 保険販売、金融庁が特例廃止へ カルテルの土壌にメス