PwC、デロイト、EY、KPMGは、世界4大会計事務所として「ビッグ4」と呼ばれています。
日本にもそれぞれのブランドを掲げる監査法人があり、中国、米国、英国など世界各国にも同じブランドの会計事務所があります。
そのため、世界中の事務所が1つの巨大企業の支店として活動しているように見えるかもしれません。
ところが実際の組織構造は違います。
基本的には国や地域ごとに別の法人が存在し、それぞれが国際的なネットワークに加盟する形になっています。
中国恒大集団の不正会計をめぐる問題では、この少し分かりにくい構造が重要な争点になっています。
なぜ世界共通のブランドを使用しながら、法人としては別々なのでしょうか。
ビッグ4とは何か
ビッグ4とは、世界規模で監査、税務、アドバイザリーなどのサービスを提供する4つの巨大な会計事務所ネットワークを指します。
PwC、デロイト、EY、KPMGです。
世界各国の大企業には海外子会社や海外拠点があります。
例えば日本企業でも、親会社は日本、製造会社は中国、販売会社は米国、金融子会社は欧州というケースがあります。
こうした企業グループを監査するには、日本国内だけに監査拠点があっても十分ではありません。
世界各国で監査を行える体制が必要になります。
そこで発達してきたのが、国境を越えた会計事務所のネットワークです。
世界中の事務所が1つの法人ではない
ここがビッグ4を理解する最大のポイントです。
例えばPwCというブランドが世界中で使用されていても、すべての会計士が同じ会社に所属しているわけではありません。
各国や地域のメンバー事務所は、それぞれの法制度に基づいて設立された別の組織として活動しています。
これは監査という仕事の性質とも関係しています。
監査制度や会計士制度は国によって異なります。
監査法人の設立条件や会計士資格、監督当局、監査基準なども同じではありません。
そのため、世界に1つだけ巨大な監査法人を作り、そこから各国へ支店を出すという単純な仕組みにはなっていません。
各国の制度に適合した事務所を置きながら、それらを国際ネットワークで結び付けています。
メンバーファームとは何か
この国や地域ごとの事務所を理解するときに重要なのが「メンバーファーム」という考え方です。
メンバーファームは国際ネットワークに加盟し、共通ブランドの下で業務を行います。
例えば世界各国にPwCブランドの事務所が存在していることで、多国籍企業は複数の国にまたがる監査や税務サービスを受けやすくなります。
日本の親会社を監査すると同時に、海外子会社について現地のメンバーファームが監査に関与するといった連携が可能になります。
顧客側から見ると、世界中で同じネットワークからサービスを受けられることが大きなメリットになります。
別法人なのになぜ同じ名前を使うのか
各国の事務所が独立しているのであれば、なぜ同じブランドを使用するのでしょうか。
最大の理由の1つが信用です。
監査や税務などの専門サービスでは、事務所のブランドが重要な意味を持ちます。
企業が海外へ進出するたびに、現地の会計事務所をゼロから探して能力や信用力を調べるのは大変です。
世界共通のネットワークがあれば、そのブランドを1つの判断材料として利用できます。
会計事務所側にもメリットがあります。
世界各国の専門家や事務所を結び付けることで、国際的な企業グループに対応できます。
つまり、法律上は別組織でありながら、サービス面では世界規模で連携する仕組みなのです。
世界共通ブランドには品質管理が必要になる
ただし、同じ名前を使用する以上、各事務所が完全に好き勝手に業務を行うわけにはいきません。
ある国のメンバーファームで重大な監査問題が起これば、その国の事務所だけでなく、世界共通ブランドへの信用にも影響するからです。
そこで国際ネットワークでは、監査手法、品質管理、研修、情報システムなどについて共通の仕組みを設けます。
メンバー事務所の業務について品質レビューなどを行うこともあります。
ここに国際会計事務所特有の難しさがあります。
法律上は独立した組織です。
しかしブランドの品質を守るためには、国際ネットワーク側が各メンバーに一定の基準を求める必要があります。
この関係が強くなるほど、「本当に完全に別の組織なのか」という問題も生まれてきます。
中国恒大問題でなぜ組織構造が問題になったのか
中国恒大集団の不正会計をめぐる問題は、この構造を考えるうえで象徴的です。
恒大では2019年から2020年にかけて総額5,640億元、日本円で約13兆円に相当する売上高の水増しが問題となりました。
中国本土で監査を担当していたPwC中天は中国当局から処分を受けました。
さらに香港のPwCメンバー事務所も処分を受けています。
そして恒大の清算人は、PwC中天やPwC香港だけでなく、PwCの国際ネットワークを束ねる中核組織も訴えました。
ここで問題になっているのが、中核組織による品質管理です。
独立性と管理責任は両立するのか
国際ネットワーク側から見れば、各国のメンバーファームは独立した組織です。
したがって、あるメンバーファームが行った監査について、中核組織が当然に責任を負うわけではないという考え方があります。
一方で、投資家や顧客から見れば事情は異なります。
PwCという名前を信用しているのであって、契約先が国際ネットワークのどの法人なのかまで意識していないケースもあるでしょう。
しかも中核組織がメンバーファームの品質管理について強い権限を持っていたのであれば、その管理について一定の責任があるのではないかという議論も出てきます。
ここに難しい問題があります。
メンバーファームの独立性を強調すれば、中核組織の責任は限定されやすくなります。
しかし世界共通ブランドの品質を保証するためには、中核組織による一定の管理も必要です。
独立性と一体性をどこで線引きするのかが問われます。
ブランドは世界共通でも責任まで世界共通とは限らない
利用者側から見ると、ビッグ4の仕組みには少し不思議なところがあります。
ブランドは世界共通です。
監査手法や品質基準についても国際的な連携があります。
多国籍企業に対して世界各国のメンバーファームが協力してサービスを提供します。
しかし法的責任については、それぞれの法人が独立していることが基本になります。
この構造は国際的な専門家ネットワークを運営するうえでは合理性があります。
一方で、世界共通ブランドによって得られる信用と、問題が発生した場合の法的責任との間にどこまで整合性を求めるのかという課題が残ります。
恒大をめぐる香港での訴訟が注目されるのは、このためです。
結論
PwC、デロイト、EY、KPMGというビッグ4は、世界中の事務所が1つの法人として活動しているわけではありません。
基本的には各国や地域のメンバーファームが独立した組織として存在し、それらが国際ネットワークによって結ばれています。
この仕組みによって、各国の法制度に対応しながら、世界共通ブランドによる国際的なサービスを提供できます。
しかし、そこには構造的な難しさもあります。
ブランドと品質は世界共通であることを求められる一方、法的責任は各メンバーファームを基本として考えられるからです。
世界共通ブランドの信用を利用するのであれば、そのブランドを管理する中核組織はどこまで責任を負うべきなのか。
中国恒大問題は、これまで必ずしも明確ではなかった国際会計事務所の「権限と責任」の境界を改めて問い直しています。
次回は、監査法人の本部は海外メンバーの不正に責任を負うのかという問題を、ブランドと法的責任の関係から掘り下げます。
参考
日本経済新聞 2026年9月29日朝刊 恒大不正、逃げられぬPwC