地方債というと、銀行や生命保険会社などの大きな金融機関が購入する金融商品という印象があるかもしれません。
実際、現在の地方債市場では機関投資家が大きな割合を占め、個人が保有する地方債はごくわずかです。
その状況を変える可能性があるのが、2027年4月から発行できるようになるデジタル地方債です。
注目される特徴の一つが、1万円単位などの小口で販売しやすくなることです。
投資に使えるお金がそれほど多くない若い世代でも、少額から自分の住む地域などに投資できるようになる可能性があります。
では、なぜデジタル化すると地方債を小口化しやすくなるのでしょうか。
地方債市場の中心は機関投資家
地方自治体は道路や学校、防災設備などを整備するために多額の資金を必要とします。
その資金調達手段の一つが地方債です。
現在、その地方債を購入する中心的な存在は金融機関などの機関投資家です。
地方債協会によると、2024年度末の地方債の証券残高は69兆4,000億円に上ります。
これに対して個人の保有額は約980億円です。
割合にすると0.14%にすぎません。
地方債は地域住民にとって身近な自治体が発行する債券でありながら、個人にとっては必ずしも身近な金融商品になっていないのが現状です。
個人向け地方債にも高齢化という課題がある
個人が地方債をまったく購入していないわけではありません。
住民参加型市場公募地方債と呼ばれるミニ公募債など、個人を対象とした地方債もあります。
しかし、購入者の年齢構成には偏りがあります。
東京都の場合、2025年度の都債発行額は約6,000億円ですが、個人向け都債は豪ドル建てで100億円相当にとどまります。
さらに、個人購入額の約80%を60歳以上が占めています。
まとまった金融資産を持つ高齢層が地方債を購入する一方、若い世代には十分に広がっていないわけです。
デジタル地方債には、この投資家層を広げる役割が期待されています。
投資では最低購入金額が重要になる
若い世代に金融商品を広げるうえで重要になるのが、いくらから購入できるのかという点です。
例えば100万円からしか購入できない金融商品があれば、投資できる人は限られます。
10万円であれば対象は広がります。
さらに1万円になれば、投資を始めたばかりの人にも手が届きやすくなります。
特に若い世代は、高齢層と比較して保有する金融資産が少ないのが一般的です。
そのため、一度に大きなお金を投資するのではなく、少額から投資できる仕組みが重要になります。
NISAの普及によって少額から投資信託などを積み立てる人が増えていることを考えても、投資の入口では小口化が大きな意味を持ちます。
デジタル証券は権利を細かく分けやすい
デジタル地方債では、有価証券に表示される権利を電子的な財産的価値であるトークンとして発行、管理します。
その基盤としてブロックチェーンなどの技術が利用されます。
デジタル化することで、地方債の発行や保有者情報などを電子的に管理しやすくなります。
その結果、1万円単位などの小口の商品設計もしやすくなると期待されています。
重要なのは、単に紙を電子データに置き換えることではありません。
発行から管理までをデジタル化することで、小口の投資家を多数受け入れる仕組みを構築しやすくなるところに意味があります。
1万円なら地域投資のハードルが下がる
例えば、自分が暮らしている自治体が豪雨対策のためのデジタル地方債を発行したとします。
最低購入金額が100万円であれば、興味があっても購入できない人は多いでしょう。
しかし1万円であればどうでしょうか。
地域の防災対策に関心がある。
自分が毎日利用している地域を少し応援したい。
地方債という金融商品を一度買ってみたい。
こうした理由から購入を検討する人が増える可能性があります。
小口化は、単に購入金額を下げるというだけではありません。
地域への投資に参加する入口そのものを広げる意味があります。
株式や投資信託以外の投資の入口になる
若い世代の資産形成では、NISAを通じた株式や投資信託が注目されています。
一方、債券については株式や投資信託ほど身近ではない人も少なくありません。
デジタル地方債が少額から購入できるようになれば、債券投資を知る入口にもなります。
株式は企業に投資する。
投資信託は多くの株式や債券などにまとめて投資する。
地方債は自治体にお金を貸す。
金融商品によって、お金がどこへ向かうのかは異なります。
自分の住む自治体への1万円の投資をきっかけとして、債券や金利について学ぶ人が増える可能性もあります。
若い世代には使い道の見える投資という魅力もある
デジタル地方債を若い世代に広げるには、最低購入金額を下げるだけでは十分ではないでしょう。
何のためにお金を出すのかという分かりやすさも重要です。
例えば、
豪雨対策として排水設備を整備する。
公共施設に太陽光発電設備を設置する。
子育て施設を整備する。
地域交通を維持する。
学校施設を改修する。
といった具体的な資金使途を示します。
単に「地方債を1万円買う」のではありません。
「地域の防災対策に1万円を投資する」という意味を持たせることができます。
投資先を身近に感じられることは、一般的な金融商品にはない特徴です。
自治体は購入後も情報を届けられる
デジタル地方債の特徴は、少額で購入できることだけではありません。
自治体が保有者を把握しやすくなることも重要です。
例えば、1万円を投資した防災設備について、
工事を開始しました。
設備が完成しました。
この地域の浸水対策に利用されます。
といった情報が届けばどうでしょうか。
投資した1万円が地域でどのように使われたのかを実感できます。
一般的な債券投資では、購入後に発行体との関係を強く意識することは多くありません。
デジタル地方債では、購入後も地域とのつながりを感じられる仕組みをつくれる可能性があります。
1万人が1万円を投資すれば1億円になる
小口投資は、一人ひとりの金額だけを見ると小さく感じます。
しかし、多くの人が参加すれば大きな資金になります。
例えば1万人が1万円ずつ購入すれば、合計1億円です。
5万人なら5億円になります。
自治体の大型事業すべてを個人の少額投資だけで賄うことは現実的ではありません。
それでも、機関投資家から大きな金額を調達する方法とは別に、多くの住民から少しずつ資金を集める仕組みを持つ意味はあります。
資金調達先を多様化できるだけでなく、地域の事業に参加する人を増やせるからです。
小口化すれば自動的に普及するわけではない
ただし、1万円から購入できればデジタル地方債が必ず普及するわけではありません。
個人投資家は地方債だけを比較して投資するわけではないからです。
銀行預金。
個人向け国債。
株式。
投資信託。
さまざまな金融商品があります。
地方債の金利が低ければ、他の商品を選ぶ人もいるでしょう。
購入手続きが複雑であれば、少額でも利用は広がりません。
デジタル地方債を普及させるには、小口化に加えて購入のしやすさ、金利、資金使途の分かりやすさなどを組み合わせる必要があります。
自治体に求められるのは投資したくなる理由
これまで地方債では、自治体にとって必要な資金をいかに安定して調達するかが重要でした。
個人向けのデジタル地方債では、それだけでは足りません。
なぜこの地方債を買うのか。
なぜこの自治体にお金を出すのか。
その理由を投資家に示す必要があります。
例えば「地域の脱炭素化を進める100億円の事業」とするだけではなく、その中でどの施設を整備し、どのような効果を目指すのかを示す。
さらに投資後も結果を伝える。
こうした仕組みがあれば、1万円という少額投資でも地域とのつながりを感じやすくなります。
デジタル地方債の小口化は、金融商品の単価を下げること以上の意味を持つ可能性があります。
結論
デジタル地方債の大きな特徴の一つが、1万円単位などの小口で販売しやすくなることです。
現在、2024年度末の地方債の証券残高69兆4,000億円に対し、個人の保有額は約980億円、わずか0.14%です。
さらに東京都の個人向け都債では、購入額の約80%を60歳以上が占めています。
地方債の個人投資家を広げるためには、若い世代が参加できる入口をつくる必要があります。
1万円から地域の防災、環境、教育、交通などに投資できれば、地方債はこれまでより身近な金融商品になる可能性があります。
ただし、小口化するだけで投資家が集まるわけではありません。
購入しやすい仕組み、一定の投資魅力、分かりやすい資金使途、購入後の情報提供などを組み合わせることが重要です。
1人が1万円を投資すれば1万円ですが、1万人なら1億円になります。
デジタル地方債が目指すものは、大口の投資家だけから資金を集める地方債から、多くの個人が少額ずつ地域づくりに参加できる地方債への変化なのかもしれません。
参考
日本経済新聞 2026年9月29日朝刊 「デジタル地方債の可能性 地域に投資、裾野広げる 個人の購入、増やす契機」