デジタル地方債は、まったく新しい発想から生まれた地方債というわけではありません。
その原型ともいえる仕組みが、すでに日本にはあります。
「住民参加型市場公募地方債」です。
一般には「ミニ公募債」と呼ばれています。
自治体が資金の使い道を示し、地域住民などに地方債を購入してもらう仕組みです。
2000年代には人気を集め、2006年度には年間発行額が3,500億円を超えました。
ところが、その後は急速に縮小し、2025年度の発行額は約320億円まで減っています。
なぜ一度は人気を集めたミニ公募債が縮小したのでしょうか。
デジタル地方債の可能性を考えるうえでも、この歴史を知っておくことが重要です。
ミニ公募債とは何か
地方自治体が発行する地方債には、さまざまな種類があります。
市場で広く販売される地方債には、金融機関などの機関投資家を主な対象とするものがあります。
一方、個人が購入できる地方債もあります。
その代表的なものが住民参加型市場公募地方債です。
一般にはミニ公募債と呼ばれています。
名称に「住民参加型」とあるように、単に個人に地方債を販売するだけではありません。
地域住民やその地域に通勤する人などに購入者を限定したり、調達した資金の使い道を具体的に示したりするところに特徴があります。
地域の人が地域の事業にお金を出す仕組みと考えると分かりやすいでしょう。
最初のミニ公募債は病院整備だった
ミニ公募債が大きな注目を集めるきっかけとなったのが、群馬県の取り組みです。
群馬県は2002年3月、病院の整備費を調達するために住民参加型の地方債を発行しました。
発行額は10億円でした。
結果は非常に大きな反響を呼びました。
わずか20分足らずで完売したのです。
地方自治体が発行する債券を個人が積極的に購入するという動きは、当時としては注目されるものでした。
自分のお金が地域の病院整備に使われる。
そのうえ利息を受け取り、満期になれば元本も返済される。
寄付とは違う形で地域づくりに参加できることが、個人投資家に受け入れられました。
なぜミニ公募債は人気を集めたのか
ミニ公募債には、一般的な金融商品とは少し違った魅力があります。
通常、債券を購入するときには金利や信用力、満期までの期間などを比較します。
もちろんミニ公募債でもこうした条件は重要です。
しかし、それだけではありません。
「自分のお金が何に使われるのか」が見えることも大きな特徴です。
例えば学校を整備する。
病院を建設する。
道路を整備する。
環境対策を進める。
こうした具体的な目的を示して地方債を発行すれば、購入者は地域の事業に参加している感覚を持つことができます。
金融商品としての地方債と、地域貢献という価値が組み合わされたわけです。
発行額は3,500億円を超えた
群馬県の成功を受けて、住民参加型地方債を発行する自治体は増えていきました。
ピークとなった2006年度には、ミニ公募債の年間発行額が3,500億円を超えました。
その後も年間2,000億円前後の発行が続きます。
現在の発行規模と比較すると、かなり大きな市場だったことが分かります。
地方債というと金融機関が購入するイメージがありますが、この時期には個人が地域の地方債を購入する動きが広がっていました。
ミニ公募債は自治体の資金調達手段を多様化するとともに、住民に自治体の事業へ関心を持ってもらう手段にもなっていたのです。
大きな転機となった低金利
ところが、ミニ公募債の市場はその後縮小していきます。
大きな理由の一つが金利低下です。
債券という金融商品では、利回りが購入判断に大きな影響を与えます。
地域に貢献できるといっても、金利が非常に低くなれば金融商品としての魅力は低下します。
特に大きな転機となったのが2016年です。
日本銀行がマイナス金利政策を導入し、日本の市場金利は極めて低い状態になりました。
国債だけでなく地方債の利回りも低下します。
個人投資家にとって、ミニ公募債を積極的に購入する理由が弱くなっていきました。
ふるさと納税というライバルも登場した
もう一つ見逃せないのが、ふるさと納税の普及です。
ミニ公募債とふるさと納税は制度としてはまったく異なります。
ミニ公募債は投資です。
ふるさと納税は寄付です。
しかし、個人の立場から見ると共通する部分があります。
どちらも「地域にお金を出す」という行動だからです。
ふるさと納税では、寄付先の自治体から返礼品を受け取れる場合があります。
地域を応援しながら返礼品も受け取れるという分かりやすさから、多くの個人が利用するようになりました。
地域に関心を持つ個人の余裕資金が、ミニ公募債ではなくふるさと納税へ向かった面も考えられます。
2025年度は約320億円まで縮小
こうした環境変化によって、ミニ公募債の発行額は大きく減少しました。
ピークだった2006年度には3,500億円を超えていました。
それが2025年度には約320億円となっています。
ピーク時の10分の1以下です。
かつて地方自治体の資金調達と住民参加を結び付ける仕組みとして注目されたミニ公募債ですが、その存在感は大きく低下しました。
ただし、これで個人向け地方債の役割が終わったと考えるのは早いでしょう。
環境が再び変わり始めているからです。
金利のある世界が戻ってきた
長く続いた超低金利の時代から、日本の金利環境は変化しています。
金利が上昇すれば、債券の利回りも上昇する可能性があります。
これは地方債にとって重要な変化です。
低金利の時代には、地域貢献という付加価値があっても、金融商品として十分な魅力を感じてもらうことが難しい面がありました。
しかし、一定の利回りを確保できるようになれば状況は変わります。
「利息を受け取りながら地域にも貢献する」というミニ公募債本来の特徴が、再び評価される可能性があります。
そこにデジタル化が加わる
さらに2027年4月からは、デジタル証券方式による地方債の発行が可能になります。
デジタル地方債は、ミニ公募債の一種として商品化される予定です。
ここでミニ公募債に新しい仕組みが加わります。
例えば1万円単位などの小口化です。
従来よりも少額から参加しやすくなれば、これまで地方債を購入していなかった若い世代にも対象を広げられる可能性があります。
さらに自治体が保有者を把握しやすくなります。
地方債を販売して終わりではなく、購入者との関係を継続できるようになるわけです。
過去のミニ公募債との違いは購入後にある
従来のミニ公募債でも、資金の使い道を示して住民に購入してもらうことはできました。
例えば病院をつくるために地方債を発行する。
住民がその地方債を購入する。
自治体が病院を建設する。
これだけでも住民参加という意味はあります。
デジタル地方債では、さらにその先へ進める可能性があります。
病院の建設が始まった。
工事がここまで進んだ。
病院が完成した。
開院イベントを開催する。
こうした情報を地方債の保有者に継続的に届けることが考えられます。
投資したお金が地域でどのように使われたのかを、購入後も確認できるわけです。
ミニ公募債復活の条件は金利だけではない
今後、デジタル地方債によってミニ公募債が再び拡大するかどうかは、単純に金利だけでは決まらないでしょう。
重要なのは、なぜその地方債を買うのかという理由を自治体がつくれるかどうかです。
金利だけで競争すれば、個人向け国債や銀行預金など他の金融商品との比較になります。
しかし、
自分の地域の防災設備をつくる。
学校を整備する。
子育て施設をつくる。
再生可能エネルギーを導入する。
地域交通を維持する。
といった具体的な目的があれば、金融商品の利回りだけでは測れない価値が生まれます。
デジタル化によって、その事業と投資家を継続的につなぐことができれば、かつてのミニ公募債とは違った市場に成長する可能性があります。
結論
ミニ公募債とは、地方自治体が地域住民などに購入してもらう住民参加型の地方債です。
2002年に群馬県が病院整備のために発行した地方債は20分足らずで10億円を完売し、その後全国へ広がりました。
2006年度には年間発行額が3,500億円を超えました。
しかし、長期的な金利低下や2016年のマイナス金利政策、さらにふるさと納税の普及などによって市場は縮小し、2025年度の発行額は約320億円となっています。
それでも、ミニ公募債という仕組みそのものが役割を終えたわけではありません。
金利のある世界が戻り、2027年4月からはデジタル地方債という新しい仕組みも加わります。
かつてのミニ公募債が「住民に地方債を買ってもらう仕組み」だったとすれば、これからは「住民が地域のプロジェクトに継続的に参加する仕組み」へ発展できるのか。
デジタル地方債の成否を考えるうえで、かつて3,500億円を超えたミニ公募債の歴史は重要なヒントになりそうです。
参考
日本経済新聞 2026年9月29日朝刊 「デジタル地方債の可能性 地域に投資、裾野広げる 個人の購入、増やす契機」