企業が商品を作るためには、原材料や部品を安定して調達する必要があります。
そのため、品質が高く、価格も安く、納期も守ってくれる優良な仕入先が見つかれば、そこへ発注を集中させることには大きなメリットがあります。
取引量が増えれば価格交渉もしやすくなり、発注や品質管理の手間も減らせます。
しかし、気候変動による豪雨、洪水、猛暑、干ばつなどによって供給網が突然止まる可能性が高まると、この効率的な仕組みが企業の弱点になることがあります。
そこで重要になるのが「サプライチェーンの分散」です。
サプライチェーンとは何か
サプライチェーンとは、原材料の調達から製造、物流、販売を経て商品が顧客へ届くまでの一連のつながりです。
例えば自動車であれば、鉄鋼、樹脂、半導体、タイヤ、ガラスなど、多くの材料や部品が必要です。
さらに、それぞれの部品を作る企業にも仕入先があります。
完成車メーカーから見れば直接取引している企業だけでなく、その先に存在する企業まで含めて巨大な供給網が形成されています。
そのどこか1カ所が止まっただけでも、最終製品を作れなくなる場合があります。
サプライチェーンは企業同士がつながった巨大なネットワークなのです。
仕入先を1社に集中するメリット
仕入先を絞り込むことには多くのメリットがあります。
例えば、年間1万個の商品を2社から5,000個ずつ購入するより、1社から1万個購入する方が値引きを受けやすい場合があります。
取引先が少なければ発注管理も簡単です。
品質基準や納期について何社とも調整する必要がなく、企業間の関係も深めやすくなります。
そのため、平常時の効率性だけを考えれば、優秀な仕入先へ発注を集中することには合理性があります。
問題は、その仕入先が供給できなくなった場合です。
1社が止まると自社まで止まる
重要部品を1社からしか購入していない場合、その会社の工場が停止すると自社の生産も止まる可能性があります。
例えば、仕入先の工場が洪水で被災したとします。
設備の復旧まで数週間かかれば、その間は部品を受け取れません。
そこで別の企業から購入しようとしても、すぐに切り替えられるとは限りません。
製品の品質確認や仕様の調整が必要になることもあります。
特殊な部品であれば、そもそも同じものを作れる企業がほかに存在しない可能性もあります。
仕入価格が安いという理由だけで調達先を1社に集中させると、供給停止時に非常に大きな損失が発生することがあるのです。
複数の仕入先を持つ
そこで考えられるのが、同じ部品を複数の企業から調達できるようにしておく方法です。
例えば、必要量の大部分を主要な仕入先から購入しながら、一部を別の企業から購入しておきます。
平常時から取引関係を維持していれば、主要な仕入先が供給できなくなったときに発注量を増やしてもらえる可能性があります。
重要なのは、非常事態が起きてから初めて代替先を探すのではなく、平常時から使える状態にしておくことです。
仕入先を複数持つこと自体が企業の冗長性になります。
地域を分散することも重要
仕入先の数を増やすだけでは十分ではない場合があります。
例えば、3社から仕入れていても、3社の工場がすべて同じ地域にあればどうでしょうか。
その地域で大規模な洪水が発生すれば、3社とも同時に供給できなくなる可能性があります。
そこで重要になるのが地域の分散です。
国内の異なる地域から調達する。
国内と海外の両方から調達する。
海外でも複数の国や地域へ分散する。
仕入先の数だけでなく、どこに生産拠点があるのかまで確認する必要があります。
仕入先の仕入先まで見る
サプライチェーン管理を難しくしているのが、直接の仕入先だけを確認してもリスクの全体像が分からないことです。
例えば、自社が同じ部品をA社とB社の2社から購入しているとします。
一見すると調達先は分散されています。
しかし、A社とB社が使用する重要な原材料を、どちらも同じC社から購入している可能性があります。
この場合、C社が供給を停止すればA社もB社も生産できません。
自社から見ると仕入先を2社に分散していても、サプライチェーンの上流では1社に集中していることになります。
重要な部品については、仕入先のさらに先まで確認することが重要になります。
分散にもコストがかかる
もちろん、仕入先を増やせばよいという単純な話ではありません。
複数の企業と契約すれば、発注管理や品質管理の手間が増えます。
1社当たりの購入量が減れば、大量購入による値引きを受けにくくなる場合もあります。
新しい仕入先を開拓するためには、品質確認や監査などの費用も必要になります。
つまり、調達先の分散には一定のコストが伴います。
企業は、仕入価格だけでなく「供給が止まった場合の損失」も含めて判断する必要があります。
すべての仕入先を分散する必要はない
企業が購入するすべての商品や部品について、複数の仕入先を用意する必要があるわけではありません。
簡単に代替できるものなら、1社から調達しても大きな問題にならない場合があります。
一方、その部品がなければ主力商品を作れない場合は、供給停止の影響が非常に大きくなります。
重要なのは、部品や原材料を事業への影響度によって分けることです。
供給が止まったら何日で生産が止まるのか。
代替品はあるのか。
新しい仕入先へ切り替えるまでどれくらい時間がかかるのか。
こうした点を確認したうえで、重要なものから分散を進めることが現実的です。
気候変動でサプライチェーンを見る範囲が広がる
気候変動の特徴は、自社の所在地とは離れた場所で発生した災害でも企業経営に影響することです。
海外の干ばつによって原材料の供給量が減る。
洪水によって工場が停止する。
河川の水位低下によって船舶輸送が制限される。
こうした出来事が、最終的には日本企業の生産活動にも影響する可能性があります。
そのため企業は、自社工場の災害対策だけでなく、サプライチェーン全体がどの地域に依存しているのかを見る必要があります。
気候安全保障は、自社の防災だけでは完結しない問題なのです。
結論
サプライチェーンの分散とは、原材料や部品の調達を特定の企業や地域だけに依存しないようにすることです。
仕入先を1社に集中させれば、価格や管理面で効率を高められる場合があります。
しかし、その企業が被災して供給を停止すれば、自社の生産まで止まる可能性があります。
そこで重要な部品については複数の仕入先を確保し、さらに生産地域も分散させることが重要になります。
そして、直接の仕入先だけではなく、その先にある原材料や部品の供給元まで確認する必要があります。
これからの調達では「どこから最も安く買えるか」だけでは十分ではありません。
「そこから買えなくなったとき、事業を続けられるか」という視点が必要です。
効率性を追求するサプライチェーンから、止まっても代替できるサプライチェーンへ。
気候安全保障の時代には、調達先の分散そのものが企業の事業継続力を支える重要な経営戦略になるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月25日 朝刊 「気候安全保障」時代の企業経営