企業経営では、長い間「無駄をなくすこと」が重要だと考えられてきました。
余分な在庫を減らす。使っていない設備をなくす。仕入先を絞り込む。生産拠点を集約する。
こうした取り組みによってコストを削減し、利益率を高めることができます。
しかし、気候変動による豪雨や洪水、猛暑、干ばつなどが企業活動に直接影響するようになると、この常識を少し変える必要があります。
平常時には無駄に見えるものが、非常時には会社を守るからです。
そこで重要になるのが「冗長性」という考え方です。
冗長性とは何か
冗長性とは、必要最低限を超える余裕や代替手段をあらかじめ持っておくことです。
例えば、ある部品を1社だけではなく複数の会社から調達できるようにしておくことが考えられます。
工場で必要な部品を一定量余分に在庫しておく方法もあります。
生産設備についても、通常必要な能力を少し上回る余力を確保しておけば、設備の一部が停止しても生産を続けられる可能性があります。
ITシステムなら、重要なデータを別の場所にも保存しておくことが冗長化になります。
つまり「1つが使えなくなっても、別の方法で続けられる状態」をつくることです。
なぜ冗長性は無駄に見えるのか
冗長性にはコストがかかります。
在庫を増やせば、保管場所や管理費用が必要になります。
複数の仕入先と取引すれば、1社から大量購入する場合より価格交渉力が弱くなることもあります。
予備設備を持てば、その設備が通常は使われないこともあります。
そのため、平常時の損益だけを見ると冗長性は非効率に見えます。
企業が効率性を追求するほど、こうした余裕は削減対象になりやすくなります。
ところが、非常時になると評価が逆転します。
在庫は本当に少ないほどよいのか
企業にとって在庫は資金が寝ている状態でもあります。
そのため在庫をできるだけ減らし、必要なものを必要なときだけ仕入れることには大きなメリットがあります。
しかし、物流が止まった場合はどうでしょうか。
通常は毎日届いていた部品が、豪雨による道路寸断によって1週間届かなくなる可能性があります。
在庫をほとんど持っていなければ、部品が届かなくなった時点で生産ラインが止まります。
一方、一定量の安全在庫を持っていれば、その間も生産を続けることができます。
在庫には「売れるまで保管する商品」という役割だけでなく「供給が止まったときの時間を買う」という役割もあるのです。
仕入先を1社に絞るリスク
調達先についても同じことがいえます。
品質が高く価格も安い企業があれば、その会社に発注を集中させる方が効率的です。
発注量が増えれば価格交渉もしやすくなります。
しかし、その仕入先の工場が洪水などで停止した場合、自社も生産できなくなる可能性があります。
重要な部品であれば、代わりの企業を探してもすぐには調達できない場合があります。
そこで、平常時から複数の仕入先を確保しておきます。
多少コストが上昇したとしても、1社が供給できなくなったときに別の会社へ発注できれば、事業停止の可能性を下げられます。
調達先の冗長性とは、仕入先そのものを予備として持つ考え方なのです。
生産設備にも余裕が必要になる
生産能力についても、従来は設備をできるだけ高い稼働率で使うことが効率的だと考えられてきました。
ところが、設備能力にまったく余裕がなければ、一部の設備が停止したときに代替することができません。
別の工場や生産ラインに余力があれば、生産を振り替えられる可能性があります。
もちろん、常に使わない設備を大量に保有する必要があるわけではありません。
重要なのは、自社の事業がどこで止まる可能性があるのかを確認し、止まった場合の代替手段を準備することです。
冗長性は単純に設備や在庫を増やすことではなく、事業継続に必要な余裕を設計することなのです。
効率性と冗長性はどちらが正しいのか
ここで難しいのが、効率性と冗長性のバランスです。
冗長性を高めれば高めるほどよいわけではありません。
在庫を大量に持てば保管費用が増え、商品によっては陳腐化や廃棄のリスクも高まります。
複数の工場を持てば固定費も増えます。
企業があらゆる事態に備えて無制限に予備を持つことは現実的ではありません。
一方、効率性だけを追求して余裕を完全になくせば、小さなトラブルでも事業全体が止まる可能性があります。
重要なのは「どこまでのリスクなら受け入れられるのか」を企業自身が決めることです。
気候変動が冗長性の価値を変える
冗長性の価値は、災害がどの程度の頻度で発生するかによって変わります。
非常事態がほとんど起きなければ、余分な在庫や設備は単なるコストになりやすいでしょう。
しかし、豪雨、洪水、猛暑、干ばつなどによる供給網の混乱が繰り返されるようになれば事情は変わります。
非常時のために用意していた仕組みを実際に使う機会が増えるからです。
さらに、自社が被災しなくても、取引先や物流網が被災すれば影響を受けます。
気候変動によって企業が直面するリスクの範囲が広がれば、冗長性を持つ意味も大きくなります。
無駄ではなく事業継続のための投資と考える
企業経営では、使われていないものを「無駄」と判断しがちです。
しかし、非常用発電機は普段使われていなくても無意味ではありません。
バックアップデータも、通常は利用しなくてもシステム障害が起きたときに会社を救います。
複数の仕入先や安全在庫も同じです。
平常時の利用率だけで価値を判断すると、非常時に必要なものまで削減してしまう可能性があります。
冗長性にかかる費用は、単なる余分なコストではなく、事業停止による大きな損失を避けるための投資として考える必要があります。
結論
冗長性とは、企業が必要最低限を超える一定の余裕や代替手段を持つことです。
在庫、仕入先、生産設備、物流ルート、電力、情報システムなど、さまざまな分野で考えることができます。
平常時だけを見れば、こうした余裕はコストや無駄に見えるかもしれません。
しかし、災害によって仕入先や物流網が止まったとき、その余裕が企業の事業継続を支えます。
これからの企業経営で重要なのは、効率性を捨てることではありません。
どこまで効率化し、どこに意図的な余裕を残すのかを判断することです。
すべてをギリギリまで削る経営から、止まったときの代替手段まで考える経営へ。
気候安全保障の時代には、一見すると無駄に見える「余白」が、企業の強さを生み出す重要な経営資源になっていくのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月25日 朝刊 「気候安全保障」時代の企業経営