生命保険会社は長年、日本の20年国債や30年国債などを購入する代表的な投資家でした。
ところが現在、生保の資金が10年以下の国債へ向かい始めています。
生保にとっては、負債の短期化に合わせた合理的な運用の変化です。
しかし国債市場から見ると、別の問題が生まれます。
これまで生保が大量に購入してきた20年債や30年債を、今後誰が買うのかという問題です。
超長期国債とは何か
日本国債にはさまざまな償還期間があります。
2年国債、5年国債、10年国債などに加えて、20年国債、30年国債、40年国債も発行されています。
このうち20年、30年、40年などの国債は一般に超長期国債と呼ばれます。
国にとって超長期国債を発行するメリットの一つは、非常に長い期間の資金を確保できることです。
一度30年国債を発行すれば、基本的には30年間その元本を償還する必要がありません。
大量の国債残高を抱える国にとって、資金調達期間を長くすることには意味があります。
なぜ生保が超長期債を買ってきたのか
生命保険会社には、超長期国債を購入する明確な理由がありました。
終身保険などを大量に保有していたからです。
若い契約者が終身保険に加入すれば、死亡保険金を支払うまで数十年になる可能性があります。
生保から見ると非常に長い負債です。
この負債に対応するため、資産側にも20年国債や30年国債などの長い資産を持つ必要がありました。
資産と負債の期間を合わせるALMの観点から、生保と超長期国債は相性がよかったのです。
生保の負債が短くなっている
ところが、その前提が変わっています。
国内生保の負債デュレーションは、2003年度の20.1年から2025年度には16.3年まで短縮したとの試算があります。
第一生命保険では2021年3月末の21.2年から2026年3月末には13.8年となりました。
かんぽ生命保険でも2022年3月末の12.7年から2026年3月末には9.8年まで短くなっています。
若年層の生保離れによる契約者の高齢化や、販売商品の変化などが背景にあります。
負債が短くなれば、生保は以前ほど長い国債を必要としなくなります。
実際に超長期債の購入が減っている
保険会社の国債購入には変化が表れています。
日本証券業協会によると、損保を含む保険会社は2026年1月から8月に満期2年から10年の中長期国債を約1兆3,000億円買い越しました。
買越額は2011年以来15年ぶりの高水準です。
一方、15年以上の超長期国債の買越額は約1,000億円にとどまりました。
生保マネーの重点が短い年限へ移っていることが分かります。
買い手が減ると国債価格が下がりやすくなる
国債も市場で売買される金融商品です。
買いたい投資家が多ければ価格は上昇しやすくなります。
反対に買い手が少なければ、国債価格には下落圧力がかかります。
生保という巨大な投資家が20年債や30年債の購入を減らせば、超長期国債の需給は緩みやすくなります。
財務省が国債を発行しても、それを購入する投資家が十分にいなければ、より魅力的な利回りを提示する必要が出てきます。
国債価格が下がれば金利は上がる
国債価格と利回りは反対方向に動きます。
超長期国債の買い手が減り、価格が下落すれば、20年金利や30年金利は上昇する方向に働きます。
例えば10年国債には生保の買いが入る一方、30年国債では生保の買いが減ったとします。
すると10年金利は比較的安定していても、30年金利だけが大きく上昇することがあります。
日本の金利全体が一様に動くとは限らないのです。
超長期金利が上がると国の負担にもつながる
超長期国債の金利が上昇すれば、新しく国債を発行するときの利払い負担にも影響します。
もちろん、既に発行されている固定金利国債の利息が途中で増えるわけではありません。
しかし新規発行や借換えを行う国債については、その時点の市場金利の影響を受けます。
高い金利で国債を発行する状態が続けば、時間の経過とともに政府の利払い費が増えていきます。
そのため財務省にとって、超長期国債の安定した投資家を確保することは重要です。
生保以外の買い手が必要になる
では、生保が購入を減らした場合、誰が超長期国債を買うのでしょうか。
候補としては銀行、年金基金、投資信託、海外投資家などがあります。
ただし、それぞれ国債を購入する目的が異なります。
生保は長期の保険負債に合わせるという明確な理由から超長期国債を保有してきました。
一方、海外投資家などは日本国債を長期間保有するとは限りません。
金利差や為替、相場環境によって売買を大きく変える可能性があります。
単純に生保の代わりとなる投資家がすぐ現れるとは限らないのです。
安定的な買い手であることが重要
国債市場では、単に買い手の金額が大きければよいわけではありません。
長期間にわたって安定的に購入する投資家が存在することも重要です。
生命保険会社は、将来の保険金支払いに合わせるため、超長期国債を長期間保有する合理性がありました。
そのため市場環境が多少変化しても一定の需要が期待できる投資家でした。
こうした投資家が購入を減らすことは、超長期国債市場の価格変動を大きくする可能性もあります。
国債管理政策にも影響する
財務省は国債を発行するとき、単純に必要な金額だけを決めるわけではありません。
2年債、5年債、10年債、20年債、30年債、40年債などをどの程度発行するのかという年限構成も重要になります。
投資家の需要が変化すれば、国債の発行計画についても市場との対話が重要になります。
生保の超長期国債需要が構造的に低下するのであれば、国債の年限構成や投資家層の多様化も課題になります。
生命保険市場の変化が、国の資金調達戦略にまでつながるわけです。
結論
生命保険会社が超長期国債を買わなくなることは、生保だけの問題ではありません。
これまで生保は、長期の保険負債に対応するため20年国債や30年国債などを大量に購入してきました。
しかし若年層の生保離れや契約者の高齢化、保険商品の変化によって負債デュレーションが短くなっています。
さらに10年国債でも相応の利回りを確保できるようになり、生保が超長期国債を購入する必要性は低下しています。
その結果、超長期国債では生保に代わる買い手を確保することが重要になります。
買い手が不足すれば国債価格には下落圧力がかかり、20年金利や30年金利には上昇圧力がかかります。
それが長期間続けば、政府の新規発行や借換えに伴う利払い負担にも影響します。
若者の生命保険離れから始まった変化が、生保の資産運用を変え、超長期国債の買い手構造を変え、最終的には国の資金調達にも関係してくる。
生保の運用短期化は、日本の国債市場を考えるうえで重要な構造変化なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月25日 朝刊 生保運用、「短い国債」に食指