中小企業のオーナーにとって、自社株は会社そのものに近い重要な財産です。
ところが、上場会社の株式と違って、非上場会社の株式には毎日の市場価格がありません。
相続や贈与によって自社株を引き継ぐとき、いくらの価値があるのかを決めなければなりません。
そこで長年使われてきたのが、国税庁の財産評価基本通達です。
現在、この非上場株式の評価方法について、60年以上続いてきた体系を抜本的に見直す議論が進んでいます。
今回の見直しを理解するためには、まず現在の評価制度がどのような考え方で成り立っているのかを知る必要があります。
非上場株式には市場価格がない
上場会社の株式であれば、証券取引所で株式が売買されています。
例えば、ある会社の株価が1株3,000円であれば、その時点の市場における価格を確認できます。
しかし、中小企業の多くは株式を証券取引所に上場していません。
株主も創業者一族や経営者、役員などに限られているケースが多く、日常的に株式が売買される市場もありません。
そのため、相続人が経営者から非上場株式を相続したとしても、証券取引所を見れば株価が分かるというわけではありません。
そこで必要になるのが、一定のルールに基づく株式評価です。
相続税法が定める財産の時価
相続税や贈与税の計算では、財産をいくらとして評価するのかが重要になります。
相続税法では、相続などによって取得した財産の価額について、原則としてその財産を取得した時における時価によるとされています。
問題は、非上場株式のように市場価格が存在しない財産について、時価をどのように計算するかです。
そこで国税庁は、財産評価基本通達によって、さまざまな財産の評価方法を具体化しています。
土地、建物、株式などについて、それぞれ評価方法が定められています。
非上場株式についても、この通達に評価方法が示されています。
財産評価基本通達とは何か
財産評価基本通達は、相続税や贈与税の財産評価について、国税庁が税務上の取扱いを統一するために定めている基本的なルールです。
全国の税務署が同じような財産を評価するときに、担当者によって評価額が大きく違ってしまえば、納税者にとって予測が難しくなります。
そこで一定の計算方法を定め、同じような財産についてできるだけ同じ基準で評価する仕組みが作られています。
非上場株式についても、会社の規模や株主の立場などに応じて評価方法が定められています。
これによって税理士や企業経営者は、相続や贈与の前に自社株の評価額をある程度計算できるようになりました。
なぜ通達が必要だったのか
非上場株式の評価をすべて個別に調べて決める方法も考えられます。
しかし、日本には非常に多くの中小企業があります。
相続が発生するたびに、その会社の将来利益や資産価値、経営状況などを個別に調査して株価を決めるとなれば、納税者にも税務当局にも大きな負担になります。
しかも、評価する人によって結果が変われば、課税の公平性にも問題が生じます。
そこで、一定の客観的な計算方法を設けることに意味があります。
財産評価基本通達は、こうした実務上の必要性から長年利用されてきました。
非上場株式の評価には複数の方法がある
非上場株式といっても、すべての会社を同じ方法で評価するわけではありません。
会社の規模や事業内容、株主の立場などによって、評価方法が異なります。
代表的な方法の一つが類似業種比準方式です。
これは、上場している同じような業種の会社と比較して、非上場会社の株式価値を算定する方法です。
配当、利益、純資産などの要素を使って評価します。
一方、会社の資産内容などを重視する場合には、純資産価額方式が使われます。
実際の評価では、会社の規模などに応じてこれらの方法を組み合わせることもあります。
つまり、非上場株式の評価は単純に会社の預金や不動産を合計すれば終わるものではありません。
会社の収益力や資産、配当などを一定のルールに基づいて評価する仕組みになっています。
60年以上の積み重ねがある
今回の議論で重要なのは、現在の評価体系が突然作られたものではないということです。
60年以上にわたって制度が運用され、その間に改正や判例、裁決などによる積み重ねが行われてきました。
税理士などの実務家は、この評価体系を前提として事業承継や自社株対策を考えてきました。
例えば、経営者が後継者へ株式を移す場合には、株式の評価額がいくらになるのかを確認します。
その評価額を前提に、贈与税がどの程度になるのか、事業承継税制を利用できるのか、いつ株式を移転するのかなどを検討します。
つまり、財産評価基本通達は単なる税務署内部の計算マニュアルではなく、実務上の判断材料として長年利用されてきたわけです。
平成12年には大きな見直しが行われた
長い歴史の中でも、評価方法は何度も見直されてきました。
特に重要なのが平成12年の改正です。
このとき、類似業種比準方式における配当、利益、純資産の比重が1対3対1とされました。
利益の比重を高めることで、会社の収益力をより強く評価へ反映させる考え方です。
当時は、こうした評価方法の見直しは法律改正ではなく、財産評価基本通達の改正として行われていました。
しかし、評価方法が納税者に与える影響が大きいことから、税制改正の議論の中でも取り上げられるようになりました。
平成29年には1対1対1へ戻った
その後、平成29年には再び大きな見直しが行われました。
配当、利益、純資産の比重が1対1対1へ変更されました。
つまり、利益だけを強く見るのではなく、配当や純資産も含めてバランスを取る方向へ変更されたことになります。
このように非上場株式の評価方法は、経済環境や企業の実態などを踏まえて調整されてきました。
今回の議論は、こうした過去の改正と比べても、より大きな転換になる可能性があります。
なぜ今回の見直しが注目されているのか
今回の特徴は、単なる計算式の微調整ではなく、評価体系そのものを見直す議論になっていることです。
特に注目されているのが、残余利益方式など新しい考え方です。
企業の収益力をより直接的に株式価値へ反映させる方向へ進めば、利益を安定して出している企業の評価額が上昇する可能性があります。
これまでの評価方法を前提として事業承継を計画してきた中小企業にとっては、大きな意味を持ちます。
しかも、非上場株式の評価額が変われば、その影響は相続税や贈与税に及びます。
会社の業績そのものが変わっていなくても、税務上の株式評価額が変わることで税負担が変わる可能性があります。
評価制度は事業承継とつながっている
ここを理解することが非常に重要です。
自社株の評価額が100万円なのか1,000万円なのか、あるいは1億円なのかによって、事業承継の方法は変わってきます。
後継者に株式を贈与する場合には贈与税が関係します。
経営者が亡くなってから株式を相続する場合には相続税が関係します。
株式の評価額が上がれば、それだけ税負担が重くなる可能性があります。
そのため、非上場株式の評価方法は、単なる税務計算の問題ではありません。
中小企業の経営権を誰に引き継ぐのかという、会社の将来そのものに関わる問題なのです。
通達だから影響が小さいとは限らない
財産評価基本通達は法律そのものではありません。
しかし、だからといって、その変更による影響が小さいとは限りません。
評価方法が変われば、相続税や贈与税の計算結果が変わる可能性があります。
つまり、形式としては通達の改正でも、納税者にとっては非常に大きな意味を持つ場合があります。
今回の議論で問題となっているのも、まさにこの点です。
高橋達也税理士は、評価方法の抜本的な変更が実質的な税負担の増加につながるのであれば、どのような手続きで決定するのかについても慎重に議論すべきだと指摘しています。
これは今後の制度改正を考えるうえで重要な論点です。
60年続いた制度だからこそ変更の影響も大きい
長く続いた制度には、メリットがあります。
税理士、金融機関、企業経営者などが、その制度を前提に実務を組み立てられるからです。
一方で、長期間使われてきた制度を大きく変更すれば、これまで積み上げてきた事業承継計画などにも影響する可能性があります。
特に中小企業の事業承継は、短期間で完了するものではありません。
後継者を決め、株式をどう移すのかを考え、税負担を試算し、必要な手続きを進めます。
こうした計画の途中で株式評価のルールが大きく変われば、計画を作り直す必要が生じることもあります。
だからこそ、今回の見直しでは、新しい評価方法そのものだけでなく、いつから適用するのか、どのような経過措置を設けるのかといった点も重要になります。
結論
非上場株式の評価は、上場株式のような市場価格が存在しないことから、一定の評価ルールに基づいて算定されています。
その中心となってきたのが財産評価基本通達です。
この制度は60年以上にわたって運用され、平成12年や平成29年にも評価方法の見直しが行われてきました。
その長い積み重ねが、税理士や中小企業経営者にとっての予見可能性を支えてきました。
今回の議論が注目されるのは、単なる計算方法の変更ではなく、その評価体系そのものを大きく変える可能性があるからです。
そして非上場株式の評価額が変われば、相続税や贈与税だけでなく、事業承継の方法や時期にも影響する可能性があります。
今後の議論を見るうえでは、まず現在の評価方法がどのような仕組みになっているのかを理解することが重要です。
次回は、現在の非上場株式評価の中心的な仕組みの一つである類似業種比準方式について、配当、利益、純資産という3つの要素がどのように株価評価につながるのかを詳しく見ていきます。
参考
税のしるべ 2026年9月14日 財務省主税局で相続税・贈与税等の企画・立案に従事した高橋達也氏に取引相場のない株式の評価見直しについて聞く