人口を増やしたい自治体の政策というと、かつては企業誘致が代表的でした。
工場や事業所を誘致します。
雇用が生まれます。
働く人が地域へ移り住みます。
税収も増えます。
こうした考え方です。
もちろん企業誘致は現在でも重要です。
しかし働き方や家族の暮らし方が変化するなか、自治体が人を呼び込む方法も変わりつつあります。
特に子育て世帯では、勤務先だけではなく、住宅、保育、学校、交通などを含めて住む場所を選ぶことができます。
人口減少時代の自治体には、企業だけではなく人から選ばれる地域をつくるという視点が求められています。
日本全体では子どもが減っている
2026年1月1日時点の15歳未満人口は1,364万6,698人でした。
5年前と比べて10.9%減っています。
47都道府県すべてで子どもの数が減少しました。
市区町村別でも1,693自治体で減少しています。
一方、子どもが増えた自治体は48にとどまりました。
全国の自治体の約3%です。
つまり人口減少時代には、何もしなくても子どもが増える地域は例外的になっています。
子育て世帯から選ばれるための地域づくりが、これまで以上に重要になっています。
従来は仕事が人を呼び込んできた
人が住む場所を決めるうえで、仕事は大きな要因です。
工場ができれば従業員が必要になります。
企業の本社や事業所が集まれば、その周辺に住宅需要が生まれます。
自治体が企業誘致に力を入れてきたのは、企業を呼び込むことが雇用と人口の増加につながるからです。
企業が増えれば法人関係の税収なども期待できます。
そのため自治体間競争では、工業団地、補助金、税制上の優遇、交通インフラなどが重要な手段になってきました。
リモートワークが仕事と居住地を切り離した
ところが働き方が変わると、企業の所在地と居住地が必ずしも一致しなくなります。
リモートワークを利用できれば、東京の会社に勤めながら地方で暮らすこともできます。
北海道東川町では、関東の企業で働きながらリモートワークを活用して暮らす家庭もあります。
企業そのものを地域へ移転させなくても、そこで働く人に移住してもらえる可能性が出てきたわけです。
これは自治体の人口戦略を変える大きな変化です。
企業を誘致するだけでなく、人に直接選んでもらうという考え方が重要になります。
子育て世帯は教育環境でも住む場所を選ぶ
子育て世帯にとって、居住地は大人だけの問題ではありません。
子どもがどのような環境で育つのかも重要です。
奈良県川上村のかわかみ源流学園では、移住者の子どもが6割から7割を占めています。
北海道東川町でも、教育環境を理由に移住する家庭があります。
従来は住む場所を決め、その地域の学校へ子どもを通わせるという順番が一般的でした。
教育移住では、学校を調べ、その学校へ通わせるために住む場所を変えます。
学校が居住地選択の条件になっているのです。
都市部では交通と保育が競争力になる
子育て世帯から選ばれるために必要なのは、特色ある学校だけではありません。
都市近郊では通勤と子育てを両立できることも重要です。
千葉県流山市では、つくばエクスプレスの開業後に住宅開発が進みました。
認可保育所も2010年の17園から2026年9月には106園まで増えています。
さらに駅前送迎保育ステーションを設け、駅と保育所を結んでいます。
2026年の15歳未満人口は3万4,646人となり、5年前より2,788人増えました。
増加数では全国最多です。
交通、住宅、保育を組み合わせることが、地域の競争力になっています。
地域固有の資源が教育の違いを生む
教育環境を競うといっても、すべての自治体が同じ学校をつくる必要はありません。
北海道東川町には自然や広い教育環境があります。
奈良県川上村では少人数教育を生かすことができます。
茨城県つくば市には約2万人の研究者がいます。
つくば市では研究者を学校教育につなげる「つくばSTEAMコンパス」を進めています。
地域によって持っている資源は違います。
その違いを教育へ取り込むことで、ほかの自治体にはない魅力をつくることができます。
お金だけの競争には限界がある
自治体が住民を呼び込む方法として、移住支援金や子育て給付などの金銭的支援があります。
家計負担を軽くするという意味では重要です。
しかし、自治体同士が給付額だけを競い始めれば負担も大きくなります。
より高い給付金を出す自治体が現れれば、さらに上乗せするという競争にもなりかねません。
財政力の小さい自治体ほど不利になります。
一方、自然、学校、地域コミュニティー、研究機関などは、その地域に蓄積された資源です。
地域固有の資源を活用すれば、単純な金額競争とは違った魅力をつくることができます。
人口を集めるだけでは地域は持続しない
人口政策では転入者数が注目されます。
しかし重要なのは、その人たちが長く暮らすことです。
子どもが小さい時期だけ住み、卒業すると転出するのであれば、人口増加は一時的なものになります。
働く場所があります。
地域とのつながりがあります。
子どもが成長しても暮らしやすい環境があります。
親が高齢になっても住み続けられます。
人口を呼び込む政策から、住み続けてもらう政策へつなげる必要があります。
人口増加に成功すると新しい問題も生まれる
人を呼び込むことに成功すれば、それで終わりではありません。
東京都中央区では晴海フラッグなどへの人口流入によって子どもが増え、学校施設の拡充が必要になっています。
流山市でも、子どもが増えれば保育所や学校などの需要が高まります。
人口増加には道路、公園、学校、保育所などの追加的な行政需要が伴います。
人口を増やす政策と、増えた人口を受け入れるインフラ政策を同時に考えなければなりません。
成功そのものが次の行政課題を生むわけです。
人口獲得競争だけでは日本全体の問題は解決しない
自治体が子育て世帯を呼び込むことには意味があります。
しかし日本全体で考えると注意が必要です。
ある自治体へ家族が移住すれば、その自治体の人口は増えます。
一方、転出元の自治体では人口が減ります。
日本全体の子どもの数が増えるわけではありません。
自治体の人口政策と国全体の少子化対策は別の問題です。
地域間で人を奪い合うだけでは、人口減少そのものを止めることはできません。
競争によって生活環境が改善することには意味がある
それでも自治体間競争には意味があります。
自治体が子育て世帯から選ばれるために保育を改善します。
学校教育を充実させます。
交通を便利にします。
公園を整備します。
地域資源を教育に活用します。
その結果、移住者だけではなく、すでに住んでいる住民の生活環境も改善する可能性があります。
人口を奪い合うだけの競争ではなく、住民にとって暮らしやすい地域をつくる競争へ変えられるかが重要です。
企業誘致と人材誘致は二者択一ではない
これから企業誘致が不要になるわけではありません。
地域に仕事があることは依然として重要です。
むしろ企業誘致と人材誘致を組み合わせて考える必要があります。
企業が働きやすい地域をつくる。
同時に、そこで働く人と家族が暮らしやすい地域をつくる。
学校や保育環境を整えることは、企業にとっても人材を確保しやすい環境につながります。
産業政策と子育て政策、教育政策を別々に考えるのではなく、一つの地域戦略として考える時代になっています。
結論
人口減少時代の自治体間競争は、企業や工場を誘致する競争だけではなくなっています。
リモートワークの普及などによって、企業の所在地と人が暮らす場所を分けられる可能性が広がりました。
その結果、自治体には企業から選ばれるだけでなく、家族から選ばれる地域をつくることが求められます。
流山市では交通、住宅、保育を組み合わせています。
東川町では自然と学校教育を結び付けています。
川上村では少人数教育を地域の魅力に変えています。
つくば市では研究者という知的資源を学校教育へ取り込んでいます。
重要なのは、ほかの自治体と同じ政策を競って導入することではありません。
自分たちの地域に何があるのかを見つけ、それを住宅、仕事、子育て、教育と結び付けることです。
人口減少時代に自治体が競うものは、単なる人口の数ではありません。
そこで家族がどのように暮らし、働き、子どもを育てられるのかという生活環境そのものです。
企業誘致から人材誘致へ。
そして人材誘致から、長く暮らしたいと思われる地域づくりへ。
自治体の人口戦略は、そうした方向へ広がっていくと考えられます。
参考
日本経済新聞 2026年9月19日 朝刊 教育移住で子ども増 奈良の山村など48自治体
日本経済新聞 2026年9月19日 朝刊 中央区、子ども増に対応 晴海の小学校、新校舎急ぐ