地域によって、そこに存在する資源は違います。
豊かな森林がある地域もあります。
農業が盛んな地域もあります。
伝統産業が残っている地域もあります。
茨城県つくば市の場合、大きな地域資源の一つが研究者です。
市内には約2万人の研究者がいます。
つくば市では、この研究者を学校教育につなげる「つくばSTEAMコンパス」という取り組みを進めています。
研究者が学校へ出向き、子どもたちと一緒に学びます。
研究学園都市という地域の特徴を、子どもの教育という価値に変える取り組みです。
つくば市には約2万人の研究者がいる
つくば市には大学や研究機関が集積しています。
そこで働く研究者は約2万人にのぼります。
研究者は、それぞれの専門分野について高度な知識や経験を持っています。
通常であれば、その知識は研究所や大学などの中で使われます。
しかし地域という視点で考えれば、研究者の存在そのものが大きな資源です。
その知識を学校教育につなげることができれば、子どもたちは通常の授業とは違った学びを経験できます。
つくば市では、地域に集まっている知的資源を教育に活用しようとしています。
つくばSTEAMコンパスとは何か
つくば市は2021年度から「つくばSTEAMコンパス」を始めました。
研究者が市内の公立小中学校へ出向き、子どもたちの学びに関わる取り組みです。
最初は1校から始まりました。
その後、対象となる学校が増え、2026年度には7校まで広がっています。
2025年度には17機関から35人の研究者が参加しました。
一部の研究者による単発的な特別授業ではなく、地域の研究機関と学校を結び付ける仕組みとして広がっていることが特徴です。
STEAM教育とは何か
STEAMは、科学、技術、工学、芸術、数学などを横断的に学ぶ考え方です。
従来の学校教育では、算数、理科、図工など科目ごとに授業が分かれています。
しかし実社会の問題は、一つの科目だけでは解決できません。
例えば環境問題を考える場合でも、科学的な知識が必要です。
データを分析する数学的な力も必要です。
新しい技術を考える工学的な発想も必要になります。
さらに、それを人に伝えたり形にしたりする力も求められます。
複数の分野を組み合わせながら問題を考えることがSTEAM教育の特徴です。
研究者から答えではなく考え方を学ぶ
研究者の役割は、子どもたちに難しい専門知識を教えることだけではありません。
研究とは、まだ答えが分からない問題を考える仕事です。
疑問を持つ。
仮説を立てる。
調べる。
実験する。
結果を分析する。
うまくいかなければ別の方法を試す。
こうした過程を繰り返します。
学校教育でも、正解を覚えるだけでなく、どのように考えたのかという過程が重要になります。
研究者と接することで、子どもたちは答えそのものだけではなく、答えに近づくための考え方を学ぶことができます。
生成AI時代には問いをつくる力が重要になる
生成AIを使えば、多くの質問に短時間で答えを得られるようになりました。
知識を調べること自体のハードルは大きく下がっています。
だからこそ、何を調べるのかが重要になります。
どのような問いを立てるのか。
AIが出した答えは正しいのか。
別の見方はないのか。
どの情報を組み合わせれば問題を解決できるのか。
つくば市の五十嵐立青市長も、生成AI時代だからこそ研究者と一緒に考えることの価値を重視しています。
知識を受け取る教育から、自分で問いをつくり考える教育への変化です。
本物の研究者と接する意味は大きい
教科書で科学者について読むことと、実際の研究者と話すことには違いがあります。
研究者は何を疑問に思っているのか。
研究で失敗したときにどうするのか。
なぜその研究を始めたのか。
研究結果が社会でどのように使われるのか。
実際に研究している人から聞くことで、学問と社会のつながりが見えやすくなります。
子どもにとって研究者という仕事が身近になる効果もあります。
将来の進路や職業を考えるきっかけになる可能性もあります。
地域にあるものを教育資源へ変える
つくば市の取り組みで重要なのは、新しい教育資源を外部から持ってきたわけではないことです。
研究者はもともと地域にいます。
研究機関もすでにあります。
それまで別々に存在していた学校と研究機関を結び付けたわけです。
地域にはさまざまな資源があります。
しかし、そこに存在するだけでは教育資源にはなりません。
学校とつなぎ、子どもたちが利用できる仕組みをつくることで、初めて教育の価値になります。
東川町や川上村とは違う教育の魅力になる
北海道東川町では、広い学校敷地や体験水田、体験農園、果樹園などを教育環境に生かしています。
奈良県川上村では、自然環境や少人数教育を生かした学校づくりが行われています。
つくば市の場合は研究者と研究機関です。
どの地域も同じ教育を提供する必要はありません。
むしろ地域ごとに異なる資源を教育に取り込むことで、その場所でしか得られない学びをつくることができます。
自然の豊かな地域が研究都市と同じことをする必要はありません。
研究都市も山村と同じ教育をする必要はありません。
地域の違いそのものが教育の特色になります。
教育の特色が居住地選択につながる可能性がある
つくば市では15歳未満人口が5年間で1,600人以上増えています。
背景には、つくばエクスプレスによる交通利便性や比較的住宅用地を確保しやすいことなどがあります。
教育だけが人口増加の理由ではありません。
しかし子育て世帯が住む場所を比較するとき、教育環境は重要な判断材料になります。
研究者と一緒に学べる。
地域の研究機関と学校がつながっている。
その地域ならではの教育を受けられる。
こうした特徴が明確になれば、教育が地域の魅力の一つになります。
地域資源は学校だけで完結させない
研究者が学校へ行く取り組みには、地域社会と学校をつなぐ意味もあります。
学校教育を教員だけで担うのではありません。
研究者や専門家、企業、地域住民などが、それぞれの専門性を子どもの学びに生かします。
学校側にすべての知識や設備をそろえる必要はありません。
地域にある知識や経験を学校へ取り込めばよいからです。
人口減少によって学校運営の資源が限られる地域でも、この考え方は参考になります。
研究者がいない地域でも応用できる
もちろん、全国すべての自治体に2万人の研究者がいるわけではありません。
つくば市と同じ仕組みをそのまま導入することはできません。
しかし考え方は応用できます。
農業地域なら農家があります。
漁業地域なら漁業者がいます。
製造業が集積する地域なら技術者がいます。
伝統産業がある地域なら職人がいます。
観光地なら歴史や文化に詳しい人がいます。
地域の大人が持つ知識や経験を、子どもの学びへつなげることはできます。
重要なのは、自分たちの地域に何があるのかを見つけることです。
結論
つくば市には約2万人の研究者がいます。
市は2021年度から「つくばSTEAMコンパス」を始め、地域の研究者を公立小中学校の教育につなげています。
最初は1校から始まり、2026年度には7校まで広がりました。
2025年度には17機関から35人の研究者が参加しています。
この取り組みの価値は、研究者から高度な知識を教えてもらうことだけではありません。
疑問を持ち、問いをつくり、仮説を立て、試しながら答えを探していく研究者の考え方そのものに触れられることです。
生成AIによって簡単に情報を得られる時代だからこそ、自分で問いを立てて考える力の重要性は高まります。
そして、つくば市の事例が示しているもう一つのポイントがあります。
魅力的な教育をつくるために、すべてを新しく用意する必要はありません。
地域にすでにある資源を見つけ、それを学校と結び付ければよいのです。
つくば市にとって約2万人の研究者は、研究学園都市を支える人材であると同時に、子どもたちの学びを豊かにする地域の教育資源でもあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月19日 朝刊 中央区、子ども増に対応 晴海の小学校、新校舎急ぐ