逸脱の正常化とは何か ルール違反を続けても事故が起きないと安全だと思い込む理由編

会計
グレーとモスグリーン WEBデザイン 特集 ブログアイキャッチ - 1

会社にはさまざまなルールがあります。

製品の仕様を変更するときには顧客の承認を得る。

決められた検査を実施する。

異常が見つかった場合には上司へ報告する。

品質基準を満たさない製品は出荷しない。

本来であれば、こうしたルールに従って仕事をする必要があります。

ところが現場では、納期やコストなどの事情から、一度だけ例外的な処理をすることがあります。

今回は時間がないので検査を一部省略しよう。

性能に影響しないから顧客への変更申請は後にしよう。

そして、何も問題が起きません。

同じことをもう一度行います。

それでも事故は起きません。

こうした経験を繰り返すうちに、本来はルールから外れた行動だったものが、現場では普通の仕事として受け入れられることがあります。

このような現象を考える際に重要になるのが、逸脱の正常化という考え方です。

逸脱の正常化とは何か

逸脱とは、本来定められている基準や手順から外れることです。

そして逸脱の正常化とは、最初は例外だった基準や手順から外れた行為が繰り返されることで、次第に組織の中で普通の行為として受け入れられていく現象をいいます。

重要なのは、最初から全員がルールを無視しようと考えているとは限らないことです。

最初は、

今回だけ。

緊急だから仕方がない。

性能には問題ない。

後で正式な手続きを取ればよい。

という例外的な判断かもしれません。

しかし、例外が何度も繰り返されれば、それは例外ではなくなります。

最初の逸脱には理由がある

例えば、顧客の承認が必要な部品変更を考えてみます。

従来の部品が突然入手できなくなりました。

このままでは生産ラインが止まります。

顧客への変更申請には数週間かかります。

一方、代替部品は社内試験では従来品とほぼ同じ性能でした。

そこで現場が、

生産を止めるより、今回は代替品を使おう。

と判断したとします。

ルールには反していますが、担当者からすれば会社や顧客のためという意識かもしれません。

納期を守りたい。

顧客の生産を止めたくない。

会社に損失を与えたくない。

不正によって個人的な利益を得ようとしているわけではありません。

ここが組織的不正の難しいところです。

善意や責任感から始まった例外処理が、後に大きな問題へつながることがあります。

事故が起きなかったことが成功体験になる

代替部品を使って製品を出荷しました。

故障はありませんでした。

顧客から苦情もありません。

納期も守ることができました。

現場から見れば、判断は成功したように見えます。

すると次に似た問題が起きたとき、

前回も大丈夫だった。

という経験が判断材料になります。

本来なら、前回はたまたま問題が表面化しなかっただけかもしれません。

しかし、人は結果から判断を評価しがちです。

事故が起きなかったのであれば、この程度の変更は安全なのだと考えるようになります。

こうして最初の例外が次の例外を正当化します。

安全だったことと事故が起きなかったことは違う

ここには非常に重要な違いがあります。

安全だったことと、事故が起きなかったことは同じではありません。

例えば、安全確認をせず道路を横断したとします。

たまたま車が来なかったので事故には遭いませんでした。

しかし、それは安全な行動だったという意味ではありません。

品質管理でも同じです。

必要な検査を省略したけれど不良品は発生しなかった。

顧客の承認を得ずに材料を変更したけれど故障しなかった。

だから検査や承認は不要だった。

そう結論づけることはできません。

単にリスクが現実の事故として表面化しなかっただけかもしれないからです。

例外が標準作業へ変わっていく

逸脱が何度も成功すると、社員の意識が変化します。

最初は、

本当はルール違反だけれど今回は仕方がない。

と考えていたものが、

この程度なら問題ない。

へ変わります。

さらに、

この製品ではいつもこうしている。

となり、最終的には、

これが普通のやり方だ。

という認識になる可能性があります。

ここまで進むと、新しく職場へ配属された社員にも、その方法が引き継がれます。

新人は先輩から仕事を教わります。

先輩が日常的に行っている方法であれば、それが正式な手順だと思うかもしれません。

こうして、誰が始めたのかさえ分からないルール違反が何年も続くことがあります。

マニュアルと実際の仕事が違う状態になる

逸脱の正常化が進んだ職場では、二つのルールが存在するようになります。

一つは、会社の規程やマニュアルに書かれた公式のルールです。

もう一つは、現場で実際に行われている非公式のルールです。

マニュアルには顧客承認が必要と書いてある。

しかし現場では承認を取らない。

規程では全数検査すると書いてある。

しかし実際には一部しか検査していない。

異常があれば報告すると決められている。

しかし実際には重大な問題だけ報告する。

この状態が長期間続くと、公式ルールの方が現場から離れた建前になってしまいます。

監査の日だけマニュアルどおりに作業するという状況まで生まれる可能性があります。

なぜルールを守る社員が邪魔になるのか

逸脱が正常化した職場へ、新しい社員が異動してきたとします。

その社員がマニュアルを読んで、

この部品変更は顧客承認が必要ではないでしょうか。

と指摘しました。

本来なら正しい指摘です。

ところが周囲から見ると、

そんなことをしたら納期に間に合わない。

今まで問題なかった。

仕事を増やさないでほしい。

現場を分かっていない。

と思われる可能性があります。

つまり、ルールを破る側ではなく、ルールを守ろうとする側が職場の秩序を乱す存在になってしまうのです。

これは逸脱の正常化がかなり進んだ状態といえます。

業績評価が逸脱を後押しすることもある

逸脱が続く背景には、社員の心理だけでなく会社の評価制度が関係する場合があります。

例えば、工場長が、

原価を前年比5パーセント削減する。

納期達成率100パーセント。

生産数量を10パーセント増やす。

といった目標を課されているとします。

一方で、品質上の問題を報告すると生産が止まり、目標を達成できなくなります。

すると、ルールを厳格に守る人ほど数字を達成しにくくなる可能性があります。

逆に、承認手続きを省略し、問題を現場で処理した人の方が良い業績を出すことがあります。

その人が昇進したり高く評価されたりすれば、周囲は何を学ぶでしょうか。

会社が口では品質第一と言っていても、実際には数字を達成する行動が評価されていると理解します。

管理職の黙認が事実上の承認になる

現場の逸脱を管理職が知っている場合も重要です。

上司が、

本当は駄目だが今回は仕方がない。

と黙認します。

次回も黙認します。

さらに次も黙認します。

すると現場の社員から見れば、上司が承認した仕事のやり方になります。

明文化されたルールを変更していなくても、管理職の行動によって事実上のルールが変更されるわけです。

特に長期間続いた慣行では、

歴代の上司も知っていた。

という事実が社員に安心感を与えることがあります。

しかし、多くの管理職が黙認してきたことと、その行為が正しいことは別です。

小さな逸脱が少しずつ大きくなる

もう一つ怖いのが、逸脱の範囲が少しずつ広がることです。

最初は性能にほとんど影響しない小さな部品変更だった。

次は材料変更。

その次は製造工程の変更。

さらに検査方法まで変更する。

一つ前の変更が認められているため、次の変更もそれほど大きな違いには感じなくなります。

境界線が少しずつ動いていくわけです。

最初の状態と最終的な状態を直接比較すれば大きな違いでも、一回ごとの変化が小さいため、現場では危険性を感じにくくなることがあります。

正常性バイアスとの違い

前回取り上げた正常性バイアスと逸脱の正常化は関係していますが、同じものではありません。

正常性バイアスは、異常や危険を過小評価して、今回も大丈夫だろうと考えてしまう心理的な傾向です。

一方、逸脱の正常化は、基準やルールから外れた行為が繰り返されることで、組織の中で普通の行動として受け入れられていく過程に注目します。

つまり、

大丈夫だろうと思ってしまう人の心理と、

例外だった行動が職場の慣行へ変わっていく組織の変化、

という違いがあります。

品質不正では、この二つが組み合わさることがあります。

不正を止めるには過去の成功を疑う

逸脱の正常化を防ぐために重要なのは、

今まで事故が起きなかった。

という事実だけで現在の行動を正当化しないことです。

なぜこの手続きになっているのか。

正式な規程と一致しているのか。

顧客との契約ではどうなっているのか。

いつからこの方法を使っているのか。

誰が承認したのか。

こうした点を定期的に確認する必要があります。

特に注意したい言葉があります。

昔からこうしている。

今まで問題なかった。

他の部署もやっている。

顧客も分かっているはずだ。

こうした説明が出てきたときには、正式な根拠を確認することが重要です。

現場だけを責めても解決しない

長年続いた逸脱が発覚したとき、実際に作業していた社員だけを処分して終わらせると、根本的な原因が残る可能性があります。

なぜ逸脱が始まったのか。

なぜ上司は止めなかったのか。

なぜ品質保証部門は発見できなかったのか。

なぜ内部監査で問題にならなかったのか。

なぜ正式な手続きを守ると業績目標を達成できなかったのか。

そこまで調べる必要があります。

逸脱が組織の中で正常化しているのであれば、それは個人の問題だけではなく、組織の仕組みの問題でもあるからです。

結論

逸脱の正常化とは、本来の基準や手順から外れた例外的な行動が繰り返されることで、次第に組織の中で普通の行動として受け入れられていく現象です。

最初は今回だけだった。

しかし事故は起きなかった。

次も同じことをした。

それでも事故は起きなかった。

こうした経験が積み重なることで、この程度なら安全だという認識が生まれます。

さらに上司が黙認し、周囲も同じ方法を使い、新しい社員にも引き継がれれば、ルール違反そのものが職場の標準作業になってしまう可能性があります。

ここで忘れてはいけないのは、事故が起きなかったことと、安全だったことは同じではないという点です。

たまたま問題が表面化しなかっただけかもしれません。

企業にとって本当に危険なのは、一人の社員が一度ルールを破ることだけではありません。

例外的だったルール違反を組織全体が当たり前だと思うようになり、誰も疑問を持たなくなることなのです。

参考

日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 ニデック、品質不正850件

日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 ニデックの品質不正「業績圧力が原因」 コスト低減、強く要求

日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 ニデック社長「顧客の信頼失った」 一問一答

日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 調査報告書要旨

タイトルとURLをコピーしました