介護サービスは、高齢者の生活を支える重要な社会インフラです。
そのため、介護事業者は利用者から申し込みがあれば、どのような場合でもサービスを提供しなければならないと思われることがあります。
一方、利用者や家族から職員への暴力や暴言、威圧的な言動が繰り返されるケースもあります。
職員に危険が及んでいるにもかかわらず、介護だからという理由だけでサービスを続けなければならないのでしょうか。
介護サービスを必要とする人を守ることと、そこで働く人を守ることをどう両立するかが重要になります。
介護事業者には正当な理由なく拒んではならない原則がある
介護保険サービスを提供する事業者には、利用申込者に対して正当な理由なくサービス提供を拒んではならないという基本的な考え方があります。
介護を必要とする高齢者が、事業者の都合だけで次々に断られてしまえば、必要なサービスを受けられなくなるからです。
例えば、単に対応が面倒だからという理由だけで利用者を拒むことは適切ではありません。
介護保険は社会全体で高齢者の介護を支える制度です。
指定を受けてサービスを提供する事業者にも、それに応じた責任があります。
しかし、この原則はどのような状況でも絶対にサービスを提供し続けなければならないという意味ではありません。
正当な理由とは何か
介護事業者がサービス提供を断ることが認められるかどうかでは、正当な理由があるかが重要になります。
例えば、事業所の人員では利用申込者に適切なサービスを提供できない場合があります。
通常の事業実施地域から大きく離れているなど、現実的にサービス提供が難しいケースも考えられます。
利用者に必要な医療的対応などを、その事業所では安全に提供できない場合もあります。
重要なのは、利用者を選別するために自由に断れるということではありません。
その事業所では適切なサービスを提供することが客観的に難しい事情があるかどうかを考える必要があります。
暴力やハラスメントがある場合はどうなるのか
さらに難しいのが、利用者や家族による暴力やカスタマーハラスメントがある場合です。
介護職員は利用者の生活を支える専門職ですが、暴力や脅迫を受けることまで仕事に含まれているわけではありません。
職員の安全が確保できない状態でサービス提供を続ければ、重大な事故につながる可能性があります。
また、一人の職員が長期間ハラスメントを受け続ければ、精神的に疲弊し、休職や離職につながることも考えられます。
利用者に介護が必要であることと、職員が危険な状況を受け入れなければならないことは別の問題です。
いきなり契約を打ち切るのではない
ただし、問題行動が一度あっただけで、直ちにサービスを打ち切ればよいということでもありません。
介護サービスが突然なくなれば、利用者の生活や生命に大きな影響が生じる可能性があります。
まず、どのような行為が問題になっているのかを利用者や家族へ具体的に説明することが重要です。
暴言をやめてほしい、契約にない要求には対応できないなど、事業者として守ってもらうルールを伝えます。
必要に応じて訪問方法を変更したり、複数人で対応したりする方法もあります。
担当者の変更によって関係を立て直せる場合もあります。
できる限りサービスを継続する方法を検討しながら、同時に職員の安全を確保することが必要です。
記録を残すことが重要になる
カスハラへの対応では、記録も重要です。
いつ、どこで、誰が、どのような言動を受けたのかを残します。
利用者や家族へどのような説明を行ったのか、その後も問題行動が続いたのかについても記録しておきます。
記録がなければ、後になって事業者と利用者側の主張が食い違ったときに事実関係を確認することが難しくなります。
さらに、職員が交代した場合にも過去の情報を共有できます。
担当者個人の記憶や我慢に依存するのではなく、組織として対応するためにも記録が必要なのです。
サービスを終了するなら次の支援も重要
どうしても安全を確保できず、現在の事業者ではサービスを続けることが困難になる場合も考えられます。
その場合にも、利用者を突然放置するような対応は避けなければなりません。
ケアマネジャーや地域包括支援センター、自治体などと連携し、今後どのような支援が可能なのかを検討することが重要です。
別のサービス提供方法であれば対応できる可能性もあります。
介護では、契約を終了することだけが目的ではありません。
職員の安全を確保しながら、利用者に必要な支援をどうつなぐかまで考える必要があります。
利用者の家族によるカスハラにも注意が必要
介護現場の特徴として、サービスを受ける本人以外との関係があります。
高齢者本人には問題がなくても、その家族が職員に過剰な要求をしたり、暴言を繰り返したりする場合があります。
本人には介護サービスが必要なのに、家族との関係によってサービス提供が難しくなるという複雑な問題です。
だからこそ、利用者本人だけを見て判断するのではなく、サービス提供を取り巻く環境全体を考える必要があります。
必要であれば事業所の管理者やケアマネジャー、自治体などが加わり、家族との対応方法を検討することも重要です。
職員を守ることは介護サービスを守ること
介護事業者が最も避けなければならないのは、利用者を断れないから職員が我慢するしかないという状態です。
一人の職員が辞めれば、別の利用者へのサービスにも影響します。
離職者が増えれば、事業所そのものがサービスを維持できなくなる可能性もあります。
職員を守ることと利用者を守ることは、本来対立するものではありません。
職員が安心して働けるからこそ、多くの利用者へ継続的にサービスを提供できます。
カスハラ対策は、一人の職員を守るだけではなく、介護サービス全体を維持するための対策でもあります。
結論
介護事業者には、利用申込者に対して正当な理由なくサービス提供を拒んではならないという基本的な考え方があります。
しかし、それは職員が暴力や脅迫、深刻なカスハラを受けても無条件にサービスを提供し続けなければならないという意味ではありません。
まず問題となる行為を明確にし、利用者や家族へ改善を求め、複数人訪問や担当変更などによってサービスを継続できる方法を検討することが重要です。
それでも職員の安全を確保できない場合には、関係機関と連携しながらサービス提供のあり方そのものを見直す必要があります。
大切なのは、利用者を守るか職員を守るかという二者択一にしないことです。
利用者に必要な介護をつなぎながら、そこで働く人の安全も守る。
この二つを両立させる仕組みがあってこそ、介護サービスを持続可能なものにできるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月10日 朝刊 ケアマネ8割に「カスハラ」