高齢者から次の世代へ多額の金融資産が移る大相続時代を迎え、金融機関も相続への対応を強化しています。
その一つが遺言代用信託です。
名前に遺言と付いているため、遺言書の一種と思うかもしれません。
しかし、遺言代用信託は遺言書そのものではありません。
本人が元気なうちに信託の仕組みを利用して、亡くなった後に誰へどのようにお金を渡すのかをあらかじめ決めておく金融サービスです。
相続手続きを円滑にする方法の一つとして、銀行や信用金庫などでも活用されています。
信託は財産を管理してもらう仕組み
遺言代用信託を理解するには、まず信託について知る必要があります。
信託とは、自分の財産を信頼できる相手に託し、決められた目的に従って管理や処分をしてもらう仕組みです。
例えば、自分のお金を信託し、自分が亡くなった後は妻に渡すという仕組みをあらかじめつくることができます。
通常の預金では、預金者が亡くなると相続手続きが必要になります。
一方、信託では契約時に財産を誰へ渡すのかなどを決めておくことができます。
自分が生きている間だけでなく、死亡後のお金の渡し方まで設計できることが信託の特徴です。
遺言のような機能を契約で実現する
遺言代用信託という名称は、遺言と似た機能を信託によって実現することから来ています。
例えば、夫が自分の財産の一部について遺言代用信託を利用し、死亡後の受取人として妻を指定するとします。
夫が生きている間は本人のために財産を管理し、夫が亡くなった後は契約で決めた方法に従って妻へ金銭を渡すという設計ができます。
誰に財産を渡したいのかという本人の意思を、あらかじめ契約に組み込むわけです。
ただし、遺言代用信託と遺言書は同じものではありません。
すべての相続財産について自由に処分方法を決める遺言とは異なり、基本的には信託した財産について契約に従って管理や給付が行われます。
通常の預金相続では手続きが必要になる
通常の銀行預金では、金融機関が預金者の死亡を確認すると、原則として相続手続きを経て預金を払い戻すことになります。
相続人の確認や必要書類の提出などが必要です。
遺産分割について相続人同士で話し合わなければならない場合もあります。
このため、亡くなった直後に家族がお金を必要としても、自由に預金を引き出せないことがあります。
もちろん、相続預金については一定の要件のもとで遺産分割前に一部を払い戻せる制度もあります。
それでも通常の預金では、死亡後に相続手続きを行うことが基本です。
遺言代用信託では、あらかじめ決めた受取人に対して契約に基づき金銭を給付できる点に特徴があります。
葬儀費用などに備える使い方もできる
人が亡くなると、家族にはさまざまな支出が発生します。
葬儀費用だけでなく、当面の生活費などが必要になることもあります。
夫婦の生活費の多くを夫名義の預金で管理していた場合、夫が亡くなった直後に妻が資金面で困る可能性もあります。
そこで、一定額について遺言代用信託を利用し、死亡後に妻などへ金銭を渡せるようにしておく方法があります。
相続財産のすべてを信託するのではなく、死亡直後に家族が必要とする資金を準備するという使い方も考えられます。
相続税対策だけではなく、残された家族の生活を支える仕組みとして見ることが重要です。
受取人をあらかじめ指定できる
遺言代用信託では、本人が生前に受取人を指定します。
例えば、配偶者や子どもなどを受取人として決めておくことができます。
さらに商品によっては、一度に全額を渡すのではなく、一定期間にわたって定期的に金銭を渡す仕組みを設けられる場合もあります。
まとまったお金を一度に渡すことが必ずしも適切とは限りません。
高齢の配偶者の生活費として毎月一定額を渡したいというニーズもあります。
信託は、誰に渡すかだけではなく、どのように渡すかまで設計できる点に特徴があります。
遺留分など相続法との関係には注意が必要
もっとも、遺言代用信託を利用すれば、相続に関する法律をすべて無視して自由に財産を渡せるわけではありません。
相続には遺留分などの制度があります。
遺留分とは、一定の相続人について法律上保障されている最低限の遺産取得割合です。
特定の人だけに多額の財産を渡すような設計をすれば、死亡後に他の相続人との間で問題になる可能性があります。
また、相続税など税金の問題も別途検討する必要があります。
遺言代用信託は便利な仕組みですが、家族構成や財産状況によって適切な設計は異なります。
信用金庫が信託業務に注目する理由
参考記事では、信用金庫が信託業務へ参入し、相続関連のサービスを強化している動きが紹介されています。
その背景には、信用金庫の預金者の高齢化があります。
高齢の顧客が亡くなれば、預金は相続人へ引き継がれます。
しかし、相続人が都市部に住んでいれば、その資金を自分が普段利用している銀行へ移してしまう可能性があります。
信用金庫から見れば、顧客が亡くなることによって預金だけでなく、何十年も続いてきた取引関係そのものを失うことになります。
そこで相続が発生する前から資産承継の相談に関わることが重要になります。
相続サービスは次世代との接点になる
遺言代用信託などの相続サービスには、金融機関にとってもう一つ重要な意味があります。
子ども世代との接点をつくれることです。
親が金融機関へ相続について相談すれば、将来財産を受け取る子どもも話し合いに参加する場合があります。
そこで金融機関と相続人との関係が生まれます。
親が亡くなって初めて信用金庫の存在を知る場合と、親が元気なうちから資産承継について相談している場合では、相続後の関係は大きく違います。
相続サービスは手数料を得るための商品であるだけでなく、親世代から子ども世代へ顧客関係をつなぐ役割も持っているのです。
相続は発生してからでは遅い場合がある
相続については、亡くなった後に家族が考えればよいと思われがちです。
しかし、遺言や信託のように本人の意思が重要になる仕組みは、本人が元気なうちに考える必要があります。
誰にどの財産を残したいのか。
配偶者の生活費をどのように確保するのか。
不動産や預金をどのように分けるのか。
こうした問題を事前に整理しておけば、相続発生後の家族の負担を軽減できる可能性があります。
金融機関にとっても、相続発生後の預金払い戻しだけに対応するのではなく、相続前から資産承継を支援することが重要になっています。
結論
遺言代用信託とは、本人が生きている間に信託契約を結び、亡くなった後に指定した家族などへ金銭を渡せるようにする仕組みです。
遺言書そのものではありませんが、死亡後の財産の渡し方について本人の意思を反映できるため、遺言に似た役割を果たします。
残された配偶者の生活資金や葬儀費用などを準備する方法として利用することもできます。
そして信用金庫にとっては、もう一つ重要な意味があります。
相続が発生する前から本人と家族の資産承継に関わることで、都市部などに住む子ども世代との接点をつくることができるからです。
年間数十兆円規模の資産が次世代へ移る大相続時代では、金融機関の仕事もお金を預かるだけでは足りません。
そのお金を誰に、どのように引き継ぐのかまで支援することが、地域金融機関の重要な役割になっていくでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年9月10日 朝刊 信金の個人預金、初の2年連続減 昨年度