長期投資では、
「相場が暴落しても慌てて売らないことが大切」
とよくいわれます。
理屈として理解することは難しくありません。
株価は上がったり下がったりする。
長期投資では一時的な下落もある。
安値で売却すれば、その後の回復による利益を得られなくなる可能性がある。
こうしたことを知っていても、実際に自分の資産が大きく減ると冷静でいられるとは限りません。
さらに問題なのは、売りたくないのに売らなければならない状況です。
生活費まで投資していれば、相場が暴落したときに現金が必要になっただけで投資商品を売却せざるを得ないことがあります。
暴落時に投資を続けられるかどうかは、投資知識だけでは決まりません。
家計にどれだけ現金の余裕があるかも重要なのです。
暴落すると人の心理は大きく変わる
例えばNISAで1000万円の投資資産を持っているとします。
相場が30パーセント下落すれば、単純化すると評価額は700万円になります。
300万円減ったことになります。
投資を始める前なら、
「長期投資だから30パーセントくらいの下落には耐えられる」
と思っていたかもしれません。
しかし実際に口座の数字が、
1000万円
900万円
800万円
700万円
と減っていけば、感じ方は変わります。
さらに、
「まだ下がるのではないか」
「500万円になるかもしれない」
「今売った方がよいのではないか」
という不安が生まれます。
知識として理解することと、実際の値下がりに耐えることは別なのです。
利益が出ているときと損失が出ているときでは感覚が違う
相場が上昇しているときには、長期投資を続けることはそれほど難しくありません。
100万円が110万円になる。
500万円が600万円になる。
1000万円が1200万円になる。
資産が増えていれば、投資を続けることに安心感があります。
ところが相場が下落すると状況が変わります。
1000万円が900万円になる。
さらに800万円になる。
毎日のように資産が減っていくと、
「これ以上損をしたくない」
という気持ちが強くなります。
暴落時には、投資家の心理そのものが売却を促す方向へ動きやすくなります。
初めての暴落では特に不安が大きい
投資を始めて間もない人は、大きな暴落を経験したことがない場合があります。
過去の株価チャートを見れば、大幅な下落が何度もあったことは分かります。
その後、長い時間をかけて回復した局面があったことも確認できます。
しかし過去のチャートを見ることと、自分のお金が実際に減っていくことは違います。
過去の暴落には結果が分かっています。
現在進行中の暴落には結果が分かりません。
いつ下げ止まるのか。
どこまで下がるのか。
いつ回復するのか。
その時点では誰にも分かりません。
この不確実性が不安を大きくします。
売りたい人と売らなければならない人は違う
暴落時の売却を考えるときには、二つの状況を分ける必要があります。
一つは、
怖くなったので売りたい
という心理的な問題です。
もう一つは、
生活費が必要なので売らなければならない
という家計上の問題です。
前者なら、長期投資の目的を確認したり、短期的な相場を見すぎないようにしたりすることで対応できる可能性があります。
しかし後者は違います。
家賃や住宅ローン、教育費などの支払いが迫っているのに現金がなければ、投資方針とは関係なく資産を売却する必要が生じます。
生活費まで投資することが危険な理由
例えば普通預金が30万円しかないのに、NISAで1000万円を保有しているとします。
毎月の生活費が30万円なら、現金は1カ月分しかありません。
その状態で失業し、給与収入がなくなったとします。
翌月以降の生活費を用意しなければなりません。
もし同じ時期に株式市場が暴落していたらどうなるでしょうか。
本当は、
「価格が回復するまで売りたくない」
と思っていても、生活するためには現金が必要です。
NISAの商品を売却することになります。
生活費まで投資する危険性はここにあります。
景気悪化と株価下落は同時に起こることがある
生活防衛資金が重要なのは、収入減少と相場下落が別々に起こるとは限らないからです。
景気が悪化すると企業業績が悪化することがあります。
企業業績への懸念から株価が下落することがあります。
同時に勤務先では、
残業が減る
賞与が減る
雇用が不安定になる
といったことが起こる可能性があります。
つまり、
収入が減ったので現金が必要になる時期
と
投資資産を売りたくない時期
が重なる可能性があります。
だからこそ、投資とは別に現金を確保しておく意味があります。
生活防衛資金が時間をつくる
例えば毎月の生活費が30万円の人が、180万円の生活防衛資金を持っているとします。
単純化すれば生活費6カ月分です。
突然収入がなくなったとしても、当面は現金で生活できます。
その間に、
再就職先を探す
家計を見直す
公的な給付を確認する
といった対応ができます。
そして投資資産については、
「今すぐ売らなくてもよい」
という選択肢を持てます。
生活防衛資金は単なる貯金ではありません。
投資資産を売却する時期を自分で選ぶための時間を確保する役割もあります。
現金があれば暴落を待てる
例えばNISAで1000万円を運用しているときに相場が30パーセント下落し、700万円になったとします。
生活防衛資金が十分にあり、近い将来必要になるお金も別に確保されているなら、
「この700万円は当面使わない」
と考えることができます。
相場がいつ回復するかは分かりません。
それでも今すぐ現金化する必要がなければ、運用を続ける選択肢があります。
一方、翌月の生活費が足りなければ、回復を待つことはできません。
長期保有を可能にするのは投資への忍耐力だけではありません。
待つことができる家計なのです。
投資知識だけでは暴落に耐えられない
投資について十分勉強していれば暴落に耐えられると思うかもしれません。
確かに知識は重要です。
長期投資の考え方を理解する。
分散投資を理解する。
過去に大きな下落があったことを知る。
こうした知識があれば、相場が下落したときに冷静に考えやすくなります。
しかし生活費がなければ、どれほど知識があっても売却せざるを得ません。
知識は、
売らなくてもよい人が売らないため
には役立ちます。
しかし、
売らなければ生活できない人
を救うことはできません。
そこで必要になるのが現金の余裕です。
投資できる金額と暴落に耐えられる金額は違う
毎月10万円を投資に回せる家計だったとしても、本当に毎月10万円投資する必要があるとは限りません。
例えば毎月10万円余るとしても、預金がほとんどなければ、
5万円を生活防衛資金へ回す
5万円をNISAへ回す
という方法があります。
生活防衛資金が十分にできた後で、投資額を増やすこともできます。
投資できる最大金額を投資額にするのではなく、
暴落しても売らずに済む金額
を考えることが重要です。
自分のリスク許容度は金額で考える
投資ではリスク許容度という言葉が使われます。
どの程度の値下がりまで受け入れられるかという考え方です。
例えば、
「30パーセントの下落には耐えられる」
と割合だけで考えると実感しにくいことがあります。
100万円の30パーセントなら30万円です。
1000万円なら300万円です。
3000万円なら900万円です。
同じ30パーセントでも、実際に減る金額は大きく違います。
自分の資産が1000万円から700万円になっても本当に保有を続けられるのか。
金額に置き換えて考えることが大切です。
投資額が大きくなるほど心理的な負担も変わる
積み立てを始めたばかりの頃は、暴落しても損失額が比較的小さい場合があります。
投資額100万円が30パーセント下落すれば30万円の減少です。
しかし長年積み立てて3000万円になった後なら、同じ30パーセントの下落で900万円減ります。
投資経験が長くなるほど暴落に強くなるとは限りません。
資産額が増えることで、値動きの金額も大きくなるからです。
資産形成が進んだ後も、自分がどの程度の価格変動に耐えられるのかを確認する必要があります。
NISAの枠を埋めることより継続できることが重要
NISAには年間投資枠があります。
そのため、
「せっかくの非課税枠だから全部使いたい」
と考えることがあります。
しかし年間投資枠は投資しなければならない金額ではありません。
生活防衛資金を減らしてまで年間投資枠を使えば、相場下落時に現金不足になる可能性があります。
そして現金が必要になって安値で売却すれば、長期投資を続けられなくなることもあります。
年間投資枠を最大限利用することより、暴落しても継続できる投資額を設定する方が重要です。
暴落を予測する必要はない
生活防衛資金を持つ目的は、
「次の暴落がいつ起こるか予測する」
ことではありません。
暴落の時期を正確に予測することは困難です。
だからこそ、
いつ暴落しても生活費には困らない
という家計をつくります。
相場を予測して現金を増減させるのではなく、自分の生活に必要な現金をあらかじめ確保しておくのです。
投資の世界を予測するより、自分の家計を整える方が自分でコントロールしやすい部分です。
現金を持つことは投資をしないことではない
現金を多く持つと、
「投資機会を逃している」
と感じる人もいます。
確かに長期間使わない資金まで必要以上に現金で持てば、投資による収益を得る機会を逃す可能性があります。
しかし生活防衛資金には別の役割があります。
暴落時に投資資産を売らなくて済む。
突然の支出に対応できる。
収入が減っても投資方針を変更せずに済む。
つまり現金を持つことが、結果として長期投資を支える場合があります。
現金と投資は対立するものではありません。
現金が投資を続けるための土台になるのです。
長期保有できる家計を先につくる
長期投資で重要なのは、
長期保有すべき商品を選ぶこと
だけではありません。
長期保有できる家計をつくることも重要です。
生活費を確保する。
生活防衛資金を確保する。
数年以内に必要になる大型支出を準備する。
そのうえで長期間使わない余裕資金を投資する。
この順番であれば、相場が大きく下落しても投資資産に手を付けずに済む可能性が高まります。
長期投資を続けるための準備は、証券口座の中だけで行うものではありません。
銀行口座も含めた家計全体で行うものなのです。
現金枯渇民にならないことが暴落対策になる
元の記事で取り上げられた現金枯渇民は、NISAなどへの投資を優先するあまり、手元の現金が不足してしまう状態です。
相場が上昇している間は、この問題が目立たないことがあります。
投資資産が増えているため、資産形成が順調に見えるからです。
しかし暴落すると状況が変わります。
投資資産は値下がりします。
現金もありません。
そこへ生活上の支出が発生すれば、値下がりした投資資産を売却することになります。
現金枯渇を防ぐこと自体が、暴落時の重要な対策になるのです。
結論
暴落時に投資資産を売らずに済むかどうかは、投資知識だけでは決まりません。
長期投資や分散投資について十分な知識があっても、生活費が不足すれば投資商品を売却せざるを得ないからです。
特に景気悪化では、株価下落と収入減少が同じ時期に起こる可能性があります。
そこで重要になるのが生活防衛資金です。
生活防衛資金があれば、相場が下落していても当面の生活費を現金で支払えます。
投資資産を今すぐ売らなくてもよいという選択肢を持つことができます。
つまり現金には、相場の回復を待つための時間をつくる役割があります。
NISAの年間投資枠を最大限使うことよりも、暴落しても売らずに済む家計をつくることの方が重要です。
生活費を確保する。
生活防衛資金を確保する。
近い将来使うお金を確保する。
そのうえで余裕資金を長期投資する。
長期投資を成功させるために必要なのは、値上がりする商品を探す知識だけではありません。
相場が大きく下落しても待ち続けられる家計の余裕です。
投資を長く続けるための力は、証券口座の残高だけではなく、銀行口座に残した現金からも生まれるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月7日 夕刊 現金枯渇民 NISAを優先するあまり