金融資産を1000万円持っていると聞けば、
「お金に余裕がある人」
という印象を持つかもしれません。
しかし金融資産1000万円を持っていても、毎月の生活費に困ることはあります。
例えば1000万円のうち950万円が株式や投資信託で、普通預金が50万円しかなかったらどうでしょうか。
突然200万円が必要になれば、預金だけでは対応できません。
投資商品を売却して現金をつくる必要があります。
反対に金融資産が同じ1000万円でも、500万円を預金として持っていれば状況は大きく異なります。
資産がいくらあるのかと、今すぐ自由に使えるお金がいくらあるのかは別の問題です。
この違いを理解するうえで重要なのが、資産とキャッシュ、そして流動性という考え方です。
資産とキャッシュは違う
資産とは、自分が持っている経済的な価値のあるものを幅広く指します。
金融資産であれば、現金や預金だけでなく、株式、投資信託、債券などがあります。
一方、キャッシュとは日々の支払いにすぐ利用できる現金や預金などのお金です。
例えばNISAで800万円の投資信託を持ち、普通預金で200万円を持っている人なら、金融資産は合計1000万円です。
しかし今すぐ銀行口座から200万円を支払えるとしても、投資信託の800万円をそのまま店頭で支払いに使うことはできません。
まず売却して現金化する必要があります。
資産の金額と、すぐ使えるお金の金額は一致しないのです。
流動性とは何か
資産と現金の違いを考えるときに重要なのが流動性です。
流動性とは、資産をどの程度容易に現金へ換えられるかという考え方です。
現金そのものは、すぐに支払いに使えます。
普通預金も比較的容易に引き出したり振り込んだりできます。
一方、株式や投資信託は売却することで現金化できますが、価格は常に変動しています。
不動産ならさらに時間がかかる場合があります。
買い手を探し、契約や登記などの手続きを経なければ現金になりません。
資産額が大きくても流動性の低い資産ばかり持っていれば、急に現金が必要になったときに困ることがあります。
金融資産1000万円でも中身で大きく違う
例えばAさんとBさんが、それぞれ金融資産1000万円を持っているとします。
Aさんは、
普通預金50万円
投資資産950万円
です。
Bさんは、
普通預金500万円
投資資産500万円
です。
資産総額は同じです。
しかし突然300万円が必要になった場合、Bさんは普通預金から支払うことができます。
Aさんは250万円不足します。
そのため投資資産を売却して現金を用意する必要があります。
同じ1000万円の金融資産を持っていても、家計の現金余力はまったく違うのです。
現金不足はどうして起こるのか
現金不足が起こる原因の一つは、資産形成を優先しすぎることです。
例えば毎月の手取りが40万円あり、生活費が30万円かかるとします。
残った10万円をすべてNISAへ投資します。
毎月の収支だけを見れば問題がないように思えます。
しかし家電の買い替えに20万円必要になるかもしれません。
旅行や帰省、自動車関係の支出、税金など、毎月発生しない支出もあります。
こうしたお金を考えずに余剰資金をすべて投資すると、投資資産は増えているのに普通預金は増えません。
場合によっては預金が徐々に減っていきます。
これが資産はあるのに現金がない状態につながります。
資産残高が増えると安心してしまう
NISAなどで投資を続けていると、金融資産全体は増えていくことがあります。
例えば、
普通預金100万円
NISA900万円
となれば、金融資産は1000万円です。
さらにNISAの商品が値上がりして1100万円になれば、金融資産は合計1200万円になります。
数字だけを見れば資産形成は順調です。
しかし普通預金は100万円のままです。
翌月に150万円の支払いが必要になれば、預金だけでは足りません。
資産残高が増えていることによる安心感と、実際の家計の支払い能力には差が生じることがあります。
含み益があっても現金不足になる
前回取り上げた含み益も同じです。
例えばNISA口座に200万円の含み益があるとします。
投資では大きな成果が出ているように見えます。
しかし含み益は投資商品を保有している間の利益です。
普通預金の残高が増えたわけではありません。
その200万円を生活費として使うには、投資商品の一部を売却して現金化する必要があります。
さらに売却する前に相場が下落すれば、200万円あった含み益が減る可能性もあります。
含み益が多いことと、生活に使える現金が多いことは別なのです。
現金不足で投資商品を売ることになる
現金が不足すると、最終的には何らかの方法で現金を用意しなければなりません。
投資資産を持っていれば、その一部を売却する方法があります。
問題は、売却する時期を選べるとは限らないことです。
例えば子どもの入学金を3月までに支払わなければならないとします。
株式市場が大きく下落しているからといって、
「相場が回復するまで入学金の支払いを待ってください」
とはできません。
生活費や教育費、住宅費などには支払期限があります。
現金がなければ、相場が悪くても投資商品を売却せざるを得なくなる場合があります。
流動性があるから投資商品だけでもよいとは限らない
株式や投資信託は比較的売却しやすい金融商品です。
そのため、
「必要になったら売ればよいので、現金を持つ必要はない」
と考えることもできます。
しかし投資商品の問題は、現金化するときの価格が事前には分からないことです。
100万円で購入した投資商品が、必要になったときに120万円になっているかもしれません。
80万円になっているかもしれません。
売却できることと、希望する価格で売却できることは違います。
そのため生活費など確実に必要になるお金については、価格変動のある資産とは分けて考える必要があります。
現金には支払い能力を維持する役割がある
現金を持つメリットは、投資のような大きな収益を期待できることではありません。
必要なときに必要なお金を支払えることです。
例えば生活費が月30万円なら、300万円の現金があれば単純計算で10カ月分に相当します。
その間、投資資産を売却しなくても生活できる余地があります。
もし株式市場が大幅に下落していても、
「生活費は現金で支払える」
と考えることができます。
現金は家計の支払い能力を維持するための資産でもあるのです。
収入が多くても現金不足は起こる
現金不足は収入の少ない人だけに起こる問題ではありません。
高収入でも、収入の大部分を投資や住宅ローンなどに回していれば、自由に使える現金が少なくなることがあります。
例えば手取り月収80万円でも、
生活費40万円
住宅ローン15万円
投資20万円
その他の支出5万円
なら、毎月ほとんど現金は残りません。
突然50万円の支出が発生すれば、預金を取り崩すことになります。
重要なのは収入の多さだけではありません。
収入からどの程度の現金を残せているかです。
NISA貧乏とは資産と現金のずれでもある
元の記事で取り上げられた現金枯渇民やNISA貧乏は、この問題を象徴しています。
NISAへの投資を優先することで、投資資産は着実に増えていきます。
しかし生活費や趣味、旅行などに使える現金が不足します。
資産形成という数字だけを見れば成功しているように見えます。
一方、日々の生活ではお金に余裕がありません。
つまりNISA貧乏とは、
資産がない状態
というより、
資産はあるが自由に使える現金が少ない状態
として捉えることもできます。
将来のための投資が現在の家計を圧迫する
NISAで資産形成をする目的は、将来の生活を豊かにすることです。
しかし非課税枠を早く埋めることを優先すると、現在の生活に使える現金が減っていきます。
例えば年間360万円を投資するために、
旅行をすべてやめる
趣味への支出を極端に減らす
必要な買い物を先送りする
生活防衛資金まで投資する
という状態になれば、将来のための投資が現在の生活を圧迫します。
投資は人生を支える手段であり、投資そのものが人生の目的ではありません。
資産を三つに分けて考える
現金不足を防ぐためには、お金を目的別に分ける方法があります。
まず日常生活に使うお金です。
毎月の生活費や近いうちに支払うお金を確保します。
次に生活防衛資金や数年以内に使う予定のお金です。
失業や病気への備え、住宅購入や教育費などがあります。
最後に長期間使う予定のない余裕資金です。
この部分をNISAなどで投資します。
この順番で考えれば、銀行口座にあるお金をすべて投資するという状態を避けやすくなります。
資産額だけで家計を評価しない
資産形成では、
1000万円達成
2000万円達成
といった資産額が目標になることがあります。
もちろん金融資産を増やすことには意味があります。
しかし資産額だけでは家計の健全性を判断できません。
1000万円の金融資産を持ちながら毎月の支払いに困る人もいます。
500万円しか金融資産がなくても、十分な現金と安定した収入があり、無理なく生活している人もいます。
見るべきなのは資産額だけではありません。
現金残高、毎月の収支、将来の支出、投資資産の割合などを合わせて考える必要があります。
結論
資産はあるのにお金がないという状態は、決して矛盾ではありません。
金融資産には現金や預金だけでなく、株式や投資信託なども含まれるからです。
金融資産1000万円を持っていても、そのほとんどが投資商品で普通預金が少なければ、突然の支出に対応するため投資商品を売却しなければならないことがあります。
重要なのが流動性です。
資産には、
どれだけ価値があるか
だけでなく、
必要なときにどれだけ容易に現金として使えるか
という側面があります。
NISAで投資資産が増えていても、生活防衛資金や近い将来使う現金が不足していれば、家計は苦しくなる可能性があります。
これがNISA貧乏や現金枯渇民につながる問題です。
資産形成では、金融資産の総額を増やすことだけを考えるのではありません。
現在使う現金を確保する。
突然の出来事に備える現金を確保する。
近い将来使うお金を確保する。
そのうえで長期間使わない余裕資金を投資する。
この順番が重要です。
資産1000万円という数字より、その1000万円をいつ、何のために使えるのかを見ることが、家計の本当の余裕を考えるうえで大切なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月7日 夕刊 現金枯渇民 NISAを優先するあまり