国民年金の第3号被保険者制度について、「専業主婦を優遇するために作られた制度」というイメージを持つ人もいるかもしれません。
しかし、制度が作られた背景をたどると、少し違った姿が見えてきます。
第3号被保険者制度が始まったのは1986年です。
大きな目的の一つは、会社員の夫に扶養されている妻にも、自分自身の名義による基礎年金を保障することでした。
現在では共働き世帯が増え、第3号被保険者制度の公平性が問題になっています。
しかし制度を理解するには、現在の価値観だけで見るのではなく、なぜ当時この仕組みが必要だったのかを知ることが重要です。
制度創設前は夫婦単位の色彩が強かった
現在の公的年金では、夫婦それぞれが自分自身の年金を受け取ることが基本です。
しかし、第3号被保険者制度ができる以前は、現在とは仕組みが違いました。
当時の厚生年金は、会社員本人を中心に考える色彩が強い制度でした。
会社員の夫が厚生年金に加入し、その妻が専業主婦である場合、妻は国民年金に任意加入することができました。
ここで重要なのが「任意」という点です。
加入するかどうかを本人が選択できたため、国民年金に加入していない専業主婦もいました。
その結果、離婚した場合や高齢になった場合などに、妻自身の年金保障が十分でないという問題がありました。
専業主婦にも自分名義の年金が必要だった
1980年代ごろまでは、夫が会社員として働き、妻が家事や育児を担う世帯が現在より多く存在しました。
妻が家事や子育てを担うことで、夫が会社員として働くことができるという家族の役割分担が一般的だった時代です。
しかし、妻本人に十分な年金権がなければ、老後の生活保障が夫の年金に大きく依存します。
特に問題になるのが離婚や夫の死亡などです。
夫婦で生活している間は家計を一つとして考えることができても、夫婦関係が変化した場合、妻自身の社会保障が弱くなる可能性があります。
そこで、
夫の年金に付随する存在として妻を保障する
のではなく、
妻本人にも自分名義の年金を保障する
という考え方が重要になりました。
これが第3号被保険者制度につながっていきます。
1985年の年金改正が大きな転換点になった
日本の公的年金制度にとって大きな転換点となったのが1985年の年金制度改正です。
この改正によって基礎年金制度が導入され、1986年4月から新しい仕組みが始まりました。
それまで職業などによって分かれていた年金制度について、全国民に共通する基礎部分を設ける考え方が導入されたのです。
現在の公的年金はよく建物に例えられます。
1階部分が国民年金から支給される基礎年金です。
会社員などは、その上に2階部分として厚生年金があります。
1985年改正では、この1階部分となる基礎年金を国民共通の仕組みとして整備しました。
その中で誕生したのが第3号被保険者です。
基礎年金とは何か
基礎年金制度では、原則として20歳以上60歳未満の人が国民年金制度の中に位置付けられます。
自営業者などは第1号被保険者です。
会社員や公務員など厚生年金に加入する人は第2号被保険者です。
そして、第2号被保険者に扶養される一定の配偶者が第3号被保険者です。
つまり、専業主婦についても、
会社員である夫の年金の一部として保障する
のではなく、
妻本人を国民年金の被保険者として位置付ける
仕組みになりました。
これによって第3号被保険者である妻にも、自分自身の年金記録が作られることになります。
自分名義の基礎年金を受け取れる
第3号被保険者制度の重要な意味は、本人名義の老齢基礎年金につながることです。
例えば会社員の夫と専業主婦の妻がいるとします。
妻が第3号被保険者として必要な期間を満たしていれば、老後には夫の年金の一部としてではなく、妻自身が老齢基礎年金を受け取ります。
夫には夫の年金があります。
妻には妻の年金があります。
現在では当たり前のように見える仕組みですが、これは公的年金を個人単位で保障するうえで重要な意味を持ちました。
特に女性の年金権という観点から大きな改革だったといえます。
なぜ本人から保険料を徴収しなかったのか
では、専業主婦を国民年金の被保険者にするのであれば、なぜ本人から国民年金保険料を徴収しなかったのでしょうか。
当時の典型的な専業主婦には、自分自身の給与収入がありませんでした。
そこで、第2号被保険者に扶養される配偶者については、本人から個別に国民年金保険料を徴収するのではなく、被用者年金制度全体で基礎年金に必要な費用を負担する仕組みが採られました。
第3号被保険者本人は、個別に国民年金保険料を納付しません。
それでも第3号被保険者であった期間は、原則として保険料納付済期間として扱われます。
これは単なる保険料免除ではなく、第3号被保険者という独立した制度上の区分です。
当時は合理性のある仕組みだった
現在の働き方から見ると、第3号被保険者制度に違和感を持つ人もいるでしょう。
しかし、制度が作られた当時の社会構造を考える必要があります。
夫が会社員として収入を得る。
妻が家庭で家事や育児を担う。
こうした世帯が多かった時代に、専業主婦にも自分名義の基礎年金を保障するという考え方には大きな意味がありました。
第3号被保険者制度は、単純に専業主婦の保険料を無料にするためだけに作られた制度ではありません。
それまで年金保障が弱かった専業主婦を、公的年金制度の中に明確に位置付ける役割を持っていました。
ところが社会の前提が変わった
問題は、その後の約40年間で日本社会が大きく変化したことです。
共働き世帯が増えました。
女性が結婚や出産後も働き続けることも一般的になりました。
単身世帯も増えています。
さらに短時間労働者への厚生年金の適用も広がってきました。
すると、1986年当時には合理性があった仕組みでも、現在では別の問題が生じます。
例えば共働き夫婦の場合、夫婦とも給与から厚生年金保険料を負担します。
一方、一方の配偶者が第3号被保険者であれば、その人自身は国民年金保険料を直接負担しません。
独身の会社員も厚生年金保険料を負担しています。
自営業者の配偶者なら、第3号被保険者にはなれず、第1号被保険者として国民年金保険料を負担する場合があります。
こうした違いから、公平性を巡る議論が強まっています。
制度が悪くなったのではなく社会が変わった
第3号被保険者制度を考えるときに重要なのは、
昔の制度だから間違っている
と単純に考えないことです。
社会保障制度は、その時代の人口構成、家族構成、働き方などを前提として設計されます。
第3号被保険者制度も、専業主婦世帯が多かった時代に女性自身の年金権を確立するという重要な役割を果たしました。
しかし、社会の前提が変われば制度にも修正が必要になります。
現在、第3号被保険者制度の縮小が議論されている背景には、この社会構造の変化があります。
第3号縮小と女性の年金権は矛盾しない
一見すると、第3号被保険者制度を縮小すれば、専業主婦などの年金保障が弱くなるようにも見えます。
しかし現在の改革では、働いている人について厚生年金への加入を広げる方向が重視されています。
第3号から第2号被保険者になれば、本人が社会保険料を負担する一方、自分自身の厚生年金を積み上げられます。
勤務先も厚生年金保険料を負担します。
つまり現在の改革は、
夫に扶養されることで年金を保障する
仕組みから、
本人が働くことによって自分自身の年金をさらに積み上げる
仕組みへ移行していく側面があります。
1986年の改革が女性に自分名義の基礎年金を保障する改革だったとすれば、現在の改革はさらに本人自身の厚生年金を広げる改革と見ることもできます。
結論
第3号被保険者制度は1986年に始まりました。
その背景には、会社員の夫に扶養される専業主婦について、本人自身の年金保障が十分ではないという問題がありました。
1985年の年金制度改正によって基礎年金制度が導入され、専業主婦なども第3号被保険者として国民年金制度の中に明確に位置付けられました。
これによって、妻は夫の年金に依存するだけではなく、自分自身の名義で老齢基礎年金を受け取れる仕組みになりました。
その意味で第3号被保険者制度は、女性自身の年金権を確立する重要な役割を果たした制度です。
しかし、制度創設から約40年が経過し、日本人の働き方や家族の形は大きく変わりました。
共働きが主流となった社会では、保険料を負担する人と負担しない人との公平性や、制度が働き控えにつながる問題が目立つようになっています。
第3号被保険者制度の見直しを理解するうえで重要なのは、1986年の制度創設が間違っていたと考えることではありません。
当時必要だった制度が、社会の変化によって新しい形への転換を求められていると考えることです。
社会保障制度は一度作れば終わりではありません。
家族と働き方が変われば、それを支える年金制度も変わっていく必要があるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 厚労省「年金3号」縮小へ調査 働き控えの実態把握