NISAは、かつては投資をする一部の人が利用する制度という印象がありました。
しかし、その姿は大きく変わっています。
参考記事によると、NISA口座数は2025年末時点で約2826万口座に達しました。
3000万口座が現実的に見える規模です。
1人が複数のNISA口座を自由に持てる制度ではないことを考えると、極めて大きな利用者基盤です。
ここまで利用者が増えると、NISAは単なる投資優遇制度ではなくなります。
NISAの制度を少し変更するだけでも、多くの家計の資産形成や投資行動に影響する可能性があります。
税制改正でありながら、巨大な家計政策でもあるのです。
NISAは一部の投資家だけの制度ではなくなった
NISAが始まった当初は、
株式投資をする人のための制度
という印象を持っていた人も少なくなかったでしょう。
しかし現在のNISAでは、つみたて投資枠を使って投資信託を積み立てることもできます。
毎月少額から始めることもできます。
投資経験の少ない人でも利用しやすい制度へと変化してきました。
さらに非課税保有期間が無期限となったことで、老後などを見据えた長期的な資産形成にも利用しやすくなりました。
利用者の裾野が広がれば、制度変更による影響を受ける人も増えていきます。
3000万口座とはどのくらい大きいのか
3000万という数字は、金融制度として考えると非常に大きな規模です。
NISAは原則として1人1口座です。
つまり3000万口座に近づくということは、それだけ多くの個人がNISAという税制優遇制度と接点を持つことを意味します。
もちろん口座を開設したすべての人が毎年投資しているとは限りません。
口座を持っていても、ほとんど利用していない人もいるでしょう。
それでも約3000万という利用者基盤を持つ制度になれば、政策としての重みは大きく変わります。
制度を変更したときに影響する可能性のある人数が、それだけ大きくなるからです。
一人の小さな変更でも全体では大きくなる
例えば制度変更によって、NISA利用者一人当たりの投資行動が年間1万円変わったとします。
一人だけなら1万円です。
しかし3000万人なら、単純計算で3000億円になります。
一人当たり10万円なら3兆円です。
もちろん実際には全員が同じ行動をするわけではありません。
制度変更によって行動を変えない人もいます。
それでも利用者が数千万人規模になれば、一人一人の小さな行動変化が金融市場全体では大きな資金移動になる可能性があります。
NISAの制度設計が重要になる理由です。
非課税投資枠そのものも大きい
現在のNISAでは、年間投資枠は最大360万円です。
つみたて投資枠が年間120万円。
成長投資枠が年間240万円です。
さらに非課税保有限度額は総枠で1800万円です。
すべての利用者が上限まで使うわけではありません。
それでも数千万人が利用する制度に大きな非課税枠が用意されていることを考えれば、NISAを通じて動く可能性のある資金は非常に大きくなります。
NISAの商品範囲を変更することは、その巨大な資金の行き先に影響を与える可能性があるのです。
NISAの商品変更が市場を動かす可能性
例えばNISAで購入できる商品の範囲を広げたとします。
新しく対象になった商品に100万人が10万円ずつ投資すれば、単純計算で1000億円です。
500万人なら5000億円です。
つまり、
「NISA対象商品を一つ増やす」
という一見小さな制度変更でも、資金の流れに大きな影響を与える可能性があります。
これが3000万口座時代のNISAです。
制度をつくる側は、
どの商品が利用者にとって便利か
だけではなく、
その変更によって家計のお金がどこへ向かうのか
まで考える必要があります。
個人向け国債を加える意味も大きくなる
個人向け国債をNISAの対象に加える議論も、この規模で考える必要があります。
NISA利用者の一部が個人向け国債を購入するだけでも、巨額の資金が動く可能性があります。
例えば3000万人のうち1割に当たる300万人が、一人50万円ずつ個人向け国債を購入したとします。
単純計算では1兆5000億円です。
これはあくまで仕組みを理解するための仮定です。
実際にこれだけ購入されるという意味ではありません。
重要なのは、利用者が数千万人規模になると、わずかな割合の人が行動を変えるだけでも資金移動が大きくなるということです。
国債市場にも影響する可能性がある
個人向け国債をNISAで優遇し、購入者が増えれば、個人による国債保有を増やすことにつながる可能性があります。
政府にとっては国債の買い手が増えます。
日本銀行が国債保有を減らしていく局面では、誰が国債の新たな買い手になるのかが重要になります。
銀行。
保険会社。
年金基金。
海外投資家。
個人。
さまざまな投資主体があります。
NISAという巨大な制度を通じて個人の国債購入を促せば、国債の保有構造そのものに影響する可能性もあります。
だからこそNISAへの国債追加は、単なる商品ラインアップの問題ではありません。
株式市場への資金配分も変わる可能性
一方で、家計のお金には限りがあります。
個人向け国債へ向かう資金がすべて新しい投資資金とは限りません。
銀行預金から移ってくるかもしれません。
課税口座で保有していた国債から移ってくるかもしれません。
そしてNISAで保有する予定だった株式や投資信託から移ってくる可能性もあります。
特にNISAには非課税投資枠の上限があります。
その枠を国債に使えば、同じ枠を株式や投資信託には使えなくなる場合があります。
数千万人規模の制度では、この資産配分の変化も無視できません。
税収への影響も大きくなる
NISAは税制優遇制度です。
利用者にとっては運用益が非課税になるメリットがあります。
一方、政府から見れば、本来得られた可能性のある税収を得ないことになります。
利用者が少なければ、その影響も限定的です。
しかし利用者が数千万人となり、NISAで保有される資産が増えていけば、非課税措置の財政的な意味も大きくなります。
さらに対象商品を増やせば、新たな非課税対象が生まれる可能性があります。
前に取り上げた租税支出の視点が重要になるのはこのためです。
NISAの拡充には利用者へのメリットだけでなく、政策コストもあります。
制度変更が家計の資産形成を左右する
NISAが3000万口座規模になると、制度変更は家計政策としての性格を強めます。
例えば対象商品を変更する。
投資上限を変更する。
年齢要件を変更する。
非課税対象を広げる。
こうした変更によって、数千万人の資産形成の方法が変わる可能性があります。
特に長期投資では影響が何十年にも及ぶことがあります。
毎年の小さな投資判断の違いが長期間積み重なれば、老後に保有する金融資産にも大きな差が生じる可能性があります。
NISAの制度設計は、現在の投資額だけではなく将来の家計資産にも影響するのです。
政治家がNISAに注目する理由
ここまで利用者が増えれば、政治家がNISAに注目するのも不思議ではありません。
NISAに関する政策は、数千万人の有権者と接点を持つ可能性があります。
非課税枠を拡大する。
対象商品を増やす。
子ども向けの仕組みをつくる。
相続時の扱いを変える。
こうした政策は、多くの人に分かりやすいメリットとして伝わる可能性があります。
参考記事がNISAを巡る政治の動きに注目しているのも、この利用者規模と無関係ではありません。
NISAは金融政策であると同時に、政治的にも非常に大きな制度になっているのです。
人気のある制度ほど政策を載せやすくなる
利用者が多い制度には、さまざまな政策目的を載せたくなります。
若者の資産形成を支援したい。
子育て世帯を支援したい。
国債を個人に買ってもらいたい。
相続を促したい。
国内企業への投資を増やしたい。
それぞれに政策上の理由があります。
そして、
「NISAを使えば多くの人に届く」
と考えれば、NISAを政策手段として利用したくなるでしょう。
しかし、ここに注意点があります。
目的を追加するたびに、NISAという制度が複雑になっていくからです。
何でもNISAにすると制度目的がぼやける
NISAが成功した制度だからといって、あらゆる政策をNISAで実現しようとすれば問題も生じます。
資産形成。
国債の安定消化。
相続対策。
子育て支援。
国内投資促進。
それぞれの目的が同じ方向を向くとは限りません。
例えば国債への投資を増やす政策が、株式への資金供給を減らす可能性もあります。
相続税の優遇を大きくすれば、資産を多く持つ人ほど恩恵が大きくなる可能性があります。
政策目的が増えるほど、
NISAは何のための制度なのか
という原点が重要になります。
3000万口座は政治的な力にもなる
利用者が3000万人近くになれば、制度を縮小することも難しくなります。
一度利用者が税制優遇を前提として長期的な資産形成を始めれば、制度変更は多くの人に影響します。
これはNISAに限った話ではありません。
利用者が増えた政策は、政治的にも変更しにくくなる傾向があります。
制度を拡充するときには歓迎されやすい。
一方、将来その優遇を縮小するときには強い反発が起きる可能性があります。
したがってNISAを拡大するときには、
今人気があるから
だけではなく、
何十年も維持できる制度なのか
という視点が必要になります。
巨大制度ほど小さな変更を慎重に考える
3000万口座時代のNISAでは、小さく見える制度変更でも影響は小さくありません。
一人当たりの影響がわずかでも、それが数千万人に広がれば大きな金額になります。
さらに家計の投資先が変われば、
株式市場
投資信託市場
銀行預金
国債市場
政府の税収
などにも影響が及ぶ可能性があります。
だからこそ、対象商品を一つ追加する場合でも、
誰が利用するのか。
どこから資金が移ってくるのか。
どの市場へ資金が向かうのか。
税収はいくら減る可能性があるのか。
本来の政策目的と整合しているのか。
という検証が必要になります。
結論
NISAが3000万口座に近づくということは、単に人気の投資制度になったというだけではありません。
NISAの制度変更が、数千万人の家計行動を動かす可能性を持つようになったということです。
一人一人の投資額が小さくても、利用者が数千万人になれば巨額の資金になります。
その資金が、
預金へ向かうのか。
株式へ向かうのか。
投資信託へ向かうのか。
国債へ向かうのか。
によって、金融市場や経済への影響も変わります。
同時に、非課税制度が拡大すれば財政への影響も大きくなる可能性があります。
だからこそ3000万口座時代のNISAでは、
「利用者が喜ぶ制度改正か」
だけでは十分ではありません。
数千万人の家計のお金を、税制によってどの方向へ動かそうとしているのか。
その政策目的は明確なのか。
将来にわたって維持できる制度なのか。
そこまで考える必要があります。
NISAが巨大な制度になったことは、資産形成政策の成功を示す一面があります。
しかし成功した制度だからこそ、何でもNISAに載せることには慎重さが求められます。
3000万口座時代のNISAは、もはや一部の投資家だけの税制ではありません。
日本の家計、金融市場、財政、そして政治まで動かし得る巨大な政策インフラになりつつあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月6日 朝刊 「なんでもNISA」の陥穽