給与マスターとは何か 基本給を書き換える権限を経理担当者だけに持たせてはいけない理由編

経営

給与計算ソフトを使えば、毎月の給与を効率よく計算できます。

基本給や各種手当を登録しておけば、残業代や社会保険料、税金などを反映して給与を計算できます。

しかし、給与計算ソフトを導入しただけで給与不正を防げるわけではありません。

特に注意したいのが給与マスターです。

給与マスターには、従業員の基本給や手当など給与計算の土台となる情報が登録されています。

この情報を一人の担当者が自由に変更でき、その変更を誰も確認していなければ、給与計算ソフトが正確に計算していても間違った給与が支払われる可能性があります。

給与マスターとは何か

給与マスターとは、給与計算に必要となる従業員ごとの基本情報を登録したデータです。

会社や給与計算ソフトによって登録内容は異なりますが、例えば、

基本給

役職手当

資格手当

家族手当

通勤手当

従業員の銀行口座

社会保険に関する情報

税金に関する情報

などが管理されます。

毎月の給与計算では、この給与マスターに登録された情報をもとに給与額を計算します。

つまり給与マスターは、給与計算の出発点になる重要な情報です。

基本給を書き換えると何が起きるのか

例えばAさんの基本給が30万円だったとします。

給与マスターにも30万円と登録されています。

ところが何らかの理由で給与マスターが50万円に変更されたとします。

給与計算ソフトから見れば、登録されている50万円が正しい基本給です。

そのため、ソフトは50万円を前提に社会保険料や税金などを計算します。

計算そのものは正確でも、出発点となるデータが間違っているため、給与も間違います。

これは給与計算ソフトの故障ではありません。

入力された情報を正しく計算した結果です。

システム化すれば不正がなくなるわけではない

紙で給与計算をしていた時代には、数字を書き換えることが不正の一つの手段でした。

給与計算ソフトを導入すれば、こうした紙の書き換えリスクは減ります。

しかし、不正の可能性そのものがなくなるわけではありません。

紙の数字を書き換える代わりに、システムのデータを書き換えることができるからです。

特に、

給与マスターを変更できる

給与計算を実行できる

振込データを作成できる

銀行振込を実行できる

という権限を一人がすべて持っていれば、デジタル化しても一人経理の問題は残ります。

重要なのは、ソフトを導入したかどうかではなく、誰が何を変更できるのかです。

給与マスターはいつ変更するのか

給与マスターを変更すること自体は通常の業務です。

例えば昇給があれば基本給を変更します。

昇進すれば役職手当が変わることがあります。

引っ越しによって通勤手当が変わることもあります。

従業員が銀行口座を変更する場合もあります。

したがって、給与マスターを変更できないようにするわけにはいきません。

問題は、変更する権限と、その変更が正しいことを確認する仕組みです。

変更する人と決める人を分ける

例えば社長がAさんの基本給を30万円から32万円へ昇給すると決定したとします。

経理担当者はその決定を受けて、給与マスターを32万円へ変更します。

ここで重要なのは、経理担当者が自分の判断で給与額を決めたわけではないことです。

給与を決定する人とシステムへ登録する人を分けています。

さらに変更後、

Aさん

変更前30万円

変更後32万円

変更理由は昇給

という情報を社長や人事担当者が確認すれば、誤入力や不正な変更を発見しやすくなります。

自分の給与マスターを自分で変更できる状態

特に注意したいのが、給与担当者自身の給与です。

経理担当者が給与マスターを自由に変更できる会社で、その担当者自身の基本給や手当も変更できるとします。

さらに誰も変更内容を確認していなければ、自分の基本給や手当を増やせる可能性があります。

給与計算ソフトは、その変更が会社の正式な決定によるものなのか、不正な変更なのかを自動的に判断できるとは限りません。

登録されている数字を前提に計算します。

そのため少なくとも経理担当者本人の給与変更については、別の人による確認が重要になります。

変更履歴を残す意味

給与マスターでは、現在の金額だけを見るのではなく、変更履歴を確認できることも重要です。

例えば現在の基本給が50万円だったとします。

50万円という数字だけを見ても、それが正しいのか判断できないことがあります。

そこで、

以前はいくらだったのか

いつ変更されたのか

誰が変更したのか

なぜ変更されたのか

を確認します。

例えば前月まで30万円だった基本給が突然50万円になっていれば、確認すべき変化だと分かります。

正当な昇給なら問題ありません。

理由を説明できない変更なら調査する必要があります。

前月比較が有効な理由

給与不正を発見するために、毎月すべての給与を一から計算し直す必要はありません。

前月と比較するだけでも異常を見つけやすくなります。

例えば従業員30人について、

基本給

各種手当

残業代

総支給額

手取り額

を前月と並べます。

基本給が変わっていない人は確認を簡略化し、大きく変化した人を重点的に見ます。

特に基本給は残業代ほど頻繁に変動しないため、突然大きく変われば目立ちます。

給与マスターの変更一覧と組み合わせれば、さらに確認しやすくなります。

銀行口座の変更にも注意する

給与マスターには給与額だけでなく、振込先の銀行口座が登録されている場合があります。

この情報も重要です。

例えば退職した従業員の情報を残したまま、振込先口座だけを別の口座へ変更すれば、不正な給与振込に利用される可能性があります。

そのため銀行口座を変更するときにも、

本人から正式な届出があるか

誰がシステムを変更したか

変更後の口座は正しいか

を確認する仕組みが必要です。

給与マスター管理では、金額だけでなく振込先にも注意する必要があります。

今回の事件から分かること

参考記事では、大阪市の人材派遣会社で唯一の経理担当者だった男性社員が約11年間にわたり自分の給与を水増ししていた事例が紹介されています。

水増し総額は5108万円に上りました。

この事例で使われたのは振込依頼書を操作する方法でした。

給与マスターを書き換えた事件ではありません。

しかし、内部統制上の問題には共通点があります。

給与に関係する重要な処理について、一人の担当者が大きな権限を持ち、その処理を別の人が十分に確認できなければ、不正が長期間発見されない可能性があるということです。

紙でも給与計算ソフトでも、この基本は変わりません。

結論

給与マスターとは、基本給や各種手当、銀行口座など、給与計算の土台となる情報を管理するデータです。

給与計算ソフトは便利ですが、登録されている情報が間違っていれば、間違った情報をもとに正確に計算してしまいます。

だからこそ、

給与を決定する人

給与マスターを変更する人

変更内容を確認する人

給与振込を承認する人

を可能な範囲で分けることが重要です。

特に給与担当者自身の基本給や手当を、その担当者だけの判断で変更できる状態は避ける必要があります。

さらに変更前と変更後の金額、変更日、変更者、変更理由を確認できるようにしておけば、異常な変更を発見しやすくなります。

経理のデジタル化で重要なのは、紙をソフトに置き換えることだけではありません。

誰が数字を変更でき、その変更を誰が確認するのかまで設計することです。

給与マスターを守ることは、会社のお金を守る最初の入口なのです。

参考

日本経済新聞 2026年9月3日朝刊 中小企業リーガル処方箋 給料水増し5000万円 「お一人様」経理、振込依頼操作

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