会社が銀行振込をするとき、経理担当者が作成した振込内容を社長や上司が確認している会社は多いでしょう。
二人で確認しているのだから安心だと思うかもしれません。
しかし、確認する数字が振込総額だけでは、不正を見逃す可能性があります。
給与振込なら、従業員全員への振込総額だけでなく、一人ひとりに実際にいくら振り込むのかを見ることが重要です。
さらに、給与台帳と銀行へ送る振込データが一致しているかを確認する必要があります。
ダブルチェックで大切なのは、二人が見たという事実ではありません。
何と何を照合したのかです。
ダブルチェックとは何か
ダブルチェックとは、一人が行った処理を別の人が確認することです。
例えば経理担当者が取引先への振込データを作り、上司が請求書と照らし合わせて確認します。
給与振込なら、経理担当者が給与データを作成し、社長や別の担当者が内容を確認します。
一人だけで処理するより、入力ミスや不正を発見できる可能性が高くなります。
ただし、単に二人が同じ画面を見るだけでは十分とは限りません。
確認するポイントを決めておくことが重要です。
振込総額とは何か
振込総額とは、複数の振込金額を合計したものです。
例えば従業員10人へ給与を振り込むとします。
一人30万円ずつなら、振込総額は300万円です。
給与計算表の合計が300万円で、銀行へ送る給与振込データの合計も300万円なら、数字は一致しています。
一見すると問題はなさそうです。
しかし、総額が一致しているだけでは、一人ひとりの金額が正しいことまでは確認できません。
総額が同じでも中身が違うことがある
例えば本来、
Aさん30万円
Bさん30万円
だったとします。
ところが振込データでは、
Aさん40万円
Bさん20万円
になっていたとします。
二人の合計はどちらも60万円です。
総額だけ確認していれば異常には気づきません。
もちろん実際の給与では、従業員への振込額を勝手に減らせば本人が気づく可能性があります。
しかし、この例が示しているのは、合計金額が一致することと、個別の取引が正しいことは別だという点です。
総額確認だけでは内部統制として十分でない場合があります。
給与台帳とは何か
給与台帳には、従業員ごとの給与計算結果が記録されています。
基本給や各種手当、残業代などから総支給額を計算し、社会保険料や税金などを差し引いて手取り額を求めます。
例えばAさんについて、
総支給額40万円
社会保険料など6万円
税金など4万円
差引支給額30万円
と計算されていれば、原則として銀行への給与振込額も30万円になります。
この給与台帳と銀行の振込データを比較することで、給与計算後に金額が変更されていないか確認できます。
給与台帳と振込データを照合する
給与振込のダブルチェックでは、給与総額だけでなく従業員ごとの金額を照合することが重要です。
例えば給与台帳でAさんの差引支給額が30万円なら、銀行の振込データも30万円になっているか確認します。
Bさんが28万円なら、銀行側も28万円か確認します。
こうして従業員ごとに照合すれば、特定の社員への振込額だけが変更されている場合に発見しやすくなります。
人数が多くすべてを詳細に確認するのが難しい場合には、前月から大きく増減した人などを重点的に確認する方法も考えられます。
前月比較を組み合わせる
給与には毎月ある程度の連続性があります。
基本給が毎月大幅に変わることは通常ありません。
そのため前月との比較が有効です。
例えばAさんの手取り額が、
4月30万円
5月31万円
6月30万円
7月82万円
となっていれば、7月だけ大きく増えています。
賞与や多額の残業代など正当な理由があるかもしれません。
重要なのは、増えたこと自体を不正と判断することではなく、理由を確認することです。
異常値を見つけて理由を確認する。
これだけでもダブルチェックの効率は大きく変わります。
今回の事件ではなぜ社長の決裁をすり抜けたのか
参考記事で紹介された大阪市の人材派遣会社では、唯一の経理担当者だった男性社員が約11年間にわたって給与を水増しし、総額5108万円を不正に受け取っていました。
男性は全従業員の給与合計額を記載した振込依頼書を作成していました。
そして社長の決裁を受けた後、自分の給与を水増しした依頼書を銀行へFAXで送っていました。
会社には社長の決裁がありました。
それでも不正を防げなかったことが重要です。
決裁された内容と、銀行へ実際に依頼された内容が一致しているかを十分に確認できていなかったからです。
決裁書を見るだけでは足りない
例えば社長が、
今月の給与総額は1000万円です
という資料を確認したとします。
社長は1000万円という数字が妥当だと判断して承認します。
しかし、その後に銀行へ送られたデータについて個人別の金額を確認しなければ、特定社員の給与が不自然に増えていても気づけない可能性があります。
つまり、
社長が承認した資料
銀行へ送ったデータ
銀行が実際に振り込んだ結果
という三つをつなげて考える必要があります。
途中の一つだけ確認しても、別の段階で数字が変更されれば不正を防げません。
振込後の確認もダブルチェックになる
ダブルチェックは振込前だけに行うものではありません。
振込後にも確認できます。
例えば社長がインターネットバンキングの取引結果を確認します。
給与台帳では30万円。
承認した振込データも30万円。
実際の銀行振込も30万円。
この三つが一致していれば、途中で数字が変わっていないことを確認できます。
逆に給与台帳は30万円なのに、銀行では80万円振り込まれていれば異常が分かります。
振込後の確認は、最後の防波堤になります。
ダブルチェックを形だけにしない
会社ではチェック欄に印鑑を押すこと自体が目的になってしまうことがあります。
毎月同じ処理だから大丈夫だろう。
長年担当している社員だから間違えないだろう。
忙しいから総額だけ見ておこう。
こうした状態になると、ダブルチェックが形式だけになってしまいます。
重要なのは、すべての数字を細かく再計算することではありません。
どこにリスクがあるのかを考え、重要な数字を見ることです。
給与なら個人別金額や前月からの増減を見る。
取引先への支払いなら、新しい振込先や高額な振込を見る。
確認するポイントを絞れば、中小企業でも実効性のあるチェックを行いやすくなります。
結論
銀行振込のダブルチェックとは、経理担当者が作成した振込内容を別の人が確認する仕組みです。
しかし、二人で確認すれば何でもよいわけではありません。
特に給与振込では、総額だけを確認しても個人別の異常を見逃す可能性があります。
給与台帳と振込データを従業員別に照合する。
前月から大きく変化した金額を確認する。
承認したデータと実際の銀行振込結果を照合する。
こうした確認が重要です。
約11年間で5108万円もの給与水増しが続いた事件では、社長による決裁が存在していました。
それでも不正は防げませんでした。
この事例が示しているのは、承認者がいることと、実効性のあるチェックが行われていることは同じではないということです。
ダブルチェックで重要なのは、二人が書類を見たという記録ではありません。
正しい数字と実際に動くお金が一致しているかを確認することなのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月3日朝刊 中小企業リーガル処方箋 給料水増し5000万円 「お一人様」経理、振込依頼操作