育児のために仕事を辞め、子どもが大きくなったら再び働く。
一見すると、働かなかった数年間の給与を失うだけのように思えます。
例えば年収400万円の人が5年間仕事を離れれば、単純計算では2000万円の給与を受け取らないことになります。
しかし、キャリアを中断することによる影響はそれだけではありません。
働いていれば経験を積み、昇給や昇進をしていた可能性があります。
退職すると、その機会も失います。
さらに数年後に再就職しても、退職前と同じ給与や役職から再開できるとは限りません。
このように、仕事を離れることによる長期的な影響を考えるうえで重要なのが、キャリアの中断コストです。
キャリアの中断コストとは何か
キャリアの中断コストとは、育児や介護などで一定期間仕事から離れることによって生じる経済的、職業的な不利益を広く捉えたものです。
最も分かりやすいのが、働かなかった期間の給与です。
しかし、それだけではありません。
仕事を続けていれば得られたはずの、
昇給。
昇進。
経験。
専門知識。
人脈。
退職金。
社会保険。
などにも影響する可能性があります。
さらに復職後の給与にも影響が残る場合があります。
そのため、キャリアを中断するコストは退職した期間だけで終わるとは限りません。
復職後まで続く可能性があるのです。
まず働かなかった期間の給与を失う
例えば年収400万円で働いていた人が、育児のために5年間仕事を離れたとします。
単純化すれば、
400万円掛ける5年間。
ですから、2000万円の給与収入を得ないことになります。
これが最も分かりやすい中断コストです。
ただし、実際には働き続けていれば給与が毎年同じだったとは限りません。
例えば昇給によって、
1年目400万円。
2年目410万円。
3年目420万円。
と収入が増えていた可能性もあります。
さらに賞与や各種手当もあります。
したがって、単純に退職直前の年収へ離職年数を掛けるだけでは、中断による収入への影響をすべて捉えることはできません。
昇給の機会も失われる
多くの会社では、経験や評価に応じて給与が上がります。
仕事を続けていれば、その期間も勤続年数や経験が積み上がります。
例えば30歳で退職し、35歳で再就職したとします。
同じ年齢の人が5年間働き続けていれば、その間に給与が上がっている可能性があります。
一方、再就職する人は、
5年間の実務経験がない。
という状態で労働市場へ戻ります。
年齢は35歳でも、職務経験は30歳で止まっています。
そのため、働き続けた人との給与差が生じる可能性があります。
そして、その差は復職した瞬間だけではありません。
その後の昇給も異なれば、長期間残ることがあります。
昇進機会にも影響する
キャリアの中断は、役職にも影響する可能性があります。
例えば30代前半が管理職候補として重要な経験を積む時期だったとします。
その時期に仕事から離れると、
プロジェクトリーダー。
部下の指導。
重要顧客の担当。
新規事業への参加。
海外勤務。
などの経験を積む機会が減ります。
復職後に同じ経験を積める場合もありますが、働き続けた人との間には時間差が生まれます。
昇進が数年遅れれば、管理職手当などの収入差も生じます。
つまり、キャリア中断の影響は、
何年間働かなかったか。
だけではなく、
その期間にどのようなキャリア機会を失ったのか。
によっても変わります。
経験や知識にも空白が生まれる
仕事の知識は、一度身につければ永久に同じ価値を持つとは限りません。
法律が変わります。
会計基準が変わります。
ITシステムが変わります。
商品やサービスが変わります。
仕事の進め方も変わります。
数年間職場を離れている間に、業界が大きく変化することがあります。
例えば退職前には使っていなかったデジタルツールが、復職時には標準になっているかもしれません。
すると復職時には、以前の経験を生かしながら新しい知識も学び直す必要があります。
仕事から離れる期間が長くなるほど、こうした知識の空白が大きくなる可能性があります。
人脈が途切れることもある
キャリアには、知識や技術だけでなく人とのつながりも重要です。
同僚。
上司。
取引先。
顧客。
業界の知人。
仕事を続けていれば、こうした人間関係も継続します。
しかし退職すると、職場とのつながりが弱くなることがあります。
数年後には以前の上司が退職しているかもしれません。
同僚が別の会社へ転職していることもあります。
取引先の担当者も変わります。
復職するときには、仕事だけでなく人間関係も新しく構築しなければならない場合があります。
これも金額には表れにくい中断コストです。
再就職すれば元の年収に戻るとは限らない
キャリア中断で特に重要なのが、復職後の給与です。
例えば退職前の年収が500万円だったとします。
5年間育児に専念した後、再就職したとします。
そのとき必ず年収500万円から再開できるわけではありません。
希望する勤務時間。
勤務地。
残業の可否。
子どもの送り迎え。
実務経験の空白。
求人市場の状況。
などによって、選べる仕事が限られることがあります。
その結果、年収350万円の仕事から再スタートすることも考えられます。
すると離職期間中の収入だけでなく、復職後にも毎年150万円の差が生じます。
この差が何年間も続けば、累積額は大きくなります。
社会保険や退職金にも影響する
働く期間が短くなれば、給与以外にも影響が出る場合があります。
例えば厚生年金です。
会社員として働いて厚生年金に加入している期間や給与水準は、将来受け取る年金額に関係します。
仕事を離れて厚生年金の加入期間が短くなれば、老後の年金にも影響する可能性があります。
会社の退職金制度でも、勤続年数が重要になることがあります。
いったん退職して別の会社へ再就職すれば、以前の会社で積み上げた勤続年数をそのまま引き継げるとは限りません。
つまりキャリア中断は、
現在の給与。
だけではなく、
将来受け取るお金。
にも影響することがあります。
短時間でも働き続ける意味
そこで選択肢になるのが、完全に仕事を辞めるのではなく、働き方を変えて仕事とのつながりを残すことです。
例えば、
育児短時間勤務を利用する。
勤務日数を減らす。
残業を減らす。
在宅勤務を利用する。
負担の少ない部署へ一時的に異動する。
といった方法があります。
もちろん勤務時間を減らせば、その期間の給与が減る場合があります。
昇進が遅れる可能性もあります。
それでも仕事を続けていれば、
実務経験。
職場とのつながり。
専門知識。
勤続年数。
などを維持できます。
完全な離職と比較すれば、キャリア中断の影響を小さくできる可能性があります。
離職しないことだけが正解ではない
ただし、
どんな状況でも仕事を辞めてはいけない。
ということではありません。
家庭の事情は人によって違います。
子どもの状況。
本人の体力。
配偶者の働き方。
親の介護。
職場環境。
経済状況。
さまざまな事情があります。
一時的に仕事から完全に離れることが、その家庭にとって最もよい選択になる場合もあります。
重要なのは、
数年間の給与を失うだけ。
と考えないことです。
離職する場合には、復職後まで含めた長期的な影響を理解したうえで判断することが大切です。
復職しやすい環境を残しておく
仕事から離れる場合でも、中断コストを小さくする方法を考えることはできます。
例えば、
専門知識の勉強を続ける。
資格を維持する。
業界の情報を確認する。
以前の同僚とのつながりを保つ。
復職支援制度を利用する。
などです。
数年間まったく仕事と接点を持たない場合と、一定のつながりを維持している場合では、復職時の負担が違うことがあります。
また企業側にも、退職した社員が再び働ける制度を整える動きがあります。
一度辞めたら完全に関係が終わるのではなく、再び戻れる仕組みがあればキャリア中断の影響を小さくできます。
キャリアは生涯所得で考える
キャリアの中断を考えるときには、現在の年収だけではなく生涯所得という視点も重要です。
例えば育児期に短時間勤務を利用すると、数年間は給与が減るかもしれません。
そのため、
短時間勤務は損だ。
と感じることがあります。
しかし、それによって退職を避け、その後20年、30年働き続けられるのであれば、長期的な結果は変わります。
反対に、短期間の給与を維持するために無理を続け、仕事そのものを辞めることになれば、その後の所得にも影響します。
重要なのは今年の年収を最大にすることではありません。
長い職業人生を通じて、どのような働き方なら継続できるのかを考えることです。
結論
キャリアの中断コストとは、仕事から一定期間離れることで生じる長期的な経済的、職業的な影響です。
仕事を5年間離れれば、まず5年間の給与を得られなくなります。
しかし影響はそれだけではありません。
その期間に得られたはずの、
昇給。
昇進。
実務経験。
専門知識。
人脈。
などを失う可能性があります。
さらに復職後も、退職前と同じ給与や役職から再開できるとは限りません。
厚生年金や退職金など、将来の収入にも影響する場合があります。
だからこそ、育児や介護で仕事との両立が難しくなったときには、
フルタイムで働く。
または、
退職する。
という二つだけで考える必要はありません。
勤務時間を短くする。
仕事量を減らす。
働き方を変える。
こうした方法によって仕事とのつながりを残すこともできます。
一時的にキャリアを減速することにはコストがあります。
しかし、完全に中断することにも別のコストがあります。
長く働く時代に重要なのは、目の前の給与だけではなく、10年後、20年後まで含めてキャリアを考えることなのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月3日朝刊 働き続けるため「手放す」選択も